第7話 黄金の布陣

 格樹は、既に名の知れたシナリオライターや小説家、漫画家、ミュージシャン達に声を掛けていた。

 了承を得られた者達は、次の通り。

 シナリオ……飯蛸拓太郎いいだこたくたろう筒抜海作つつぬけかいさく焼畑陸智やきはたりくち

 キャラクターデザイン……烏峰明春からすみねあきはる

 音楽……音波狂研おんぱきょうけん炎代譲治えんだいじょうじ

 ――我ながら素晴らしい布陣だ。

 格樹は自分のデスクで悦に入っている。

 プレゼンテーションを行った時には、既にこれらの作家達から了承済み。

 要するに以前から根回ししていた。

 彼は、例え反対する者がいても、強引にプロジェクトを進めるつもりでいるのだ。



 閑静な町中にあるマンション。外壁には赤レンガ風のタイルが張られている。

 この一室に、シナリオライターの飯蛸拓太郎が住んでいる。

 彼の部屋には、本棚付きの机があり、その本棚には小説、実用書、辞典、図鑑、漫画本等、様々な本が詰まっている。

 机の上には、ノートパソコンがあり、二つの手がキーボードを叩いている。

 ノートパソコンのディスプレイと向かい合っている人物は、飯蛸拓太郎。丸顔に眼鏡を掛けたスポーツ刈りの中年男性である。

 彼は、これまでにいくつものロールプレイングゲームやアドベンチャーゲームのシナリオを手掛けてきており、いずれも好評を博している。

 ――Web小説界隈かいわいでは「追放ざまぁ系」が流行しているな。そうだ、これを取り入れたシナリオを書こう。

 飯蛸は何かをひらめいたようだ。言うまでもなく、今作のシナリオの内容だろう。

 キーボードを叩く指の動きが、加速していく。

 それに伴い、ディスプレイ内の文字が、増えていく。


 格樹は飯蛸がシナリオを書いたゲームに触れた事があり、高く評価していた。

 飯蛸にシナリオ作成を依頼したのは、このような理由である。

 もちろん、OKの返事をもらえた時は大いに喜んだ。



 落ち着いた雰囲気の高級住宅街に一軒の豪邸がある。

 外装は和風で、庭には池やししおどしがあり、古き良き建築物という印象を受ける。

 この中にあるいくつかの和室の内、一つは書斎になっている。

 書斎の壁側には本棚があり、その中には様々な本が詰まっている。本によっては古くなりすぎて褐色になってしまったものもある。

 書斎の中央には木製の漆塗りテーブルがある。

 そのテーブルの上に置いたノートパソコンのキーボードを叩いている着流し姿の老人がいる。筒抜海作である。

 御年七十歳以上、髪は白銀色。しかし、まだまだ元気そうであり、周囲にはオーラがみなぎっているようにすら思える。

 老齢であるにもかかわらず、情報機器に疎いという事はなく、むしろしっかりと使いこなしている。

 彼はシナリオライターではなく、小説家。日本屈指の文豪として有名である。

 彼が書く作品のジャンルは主に、SF、ファンタジー、ホラー等であり、リアリティ重視の現代ものや時代小説等は、あまり書かない。

 また、彼の書く作品は、怪作が多い事で有名である。これらの怪作は、ファンの間では大いに楽しまれているが、一般人からは賛否両論である。エログロ要素が強く、人を選ぶのだ。


 格樹は、筒抜が超有名な作家だという、それだけの理由で、シナリオ作成を依頼してみた。ダメ元で。

 そうしたら、すんなりとOKしてくれた。

 格樹が喜んだのは、言うまでもない。

 だが、格樹は筒抜の作風を把握していなかった。



 閑静な住宅街にある洒落た洋風の一軒家。

 南側の庭には花壇があり、パンジー、アネモネ、デイジー、チェリーセージ等、様々な花が植わっている。

 その一軒家にあるいくつかの部屋の内、一つは書斎である。

 綺麗な木目の床、中央にある机と壁側にある本棚は木製、天井にはシャンデリアという、アンティークな雰囲気が漂う書斎である。

 もっとも、シャンデリアと言っても、ろうそくを使う昔ながらのものではなく、LEDを使う今風のものではあるが、それでも雰囲気は出ている。

 本棚には小説や実用書等の他に漫画本も詰まっている。少年漫画や青年漫画もあるが、とりわけ少女漫画の割合が多い。

 どこにでもいそうな中年女性が、机に向かい、ノートパソコンのキーボードを叩いている。焼畑陸智である。

 彼女は有名な小説家であり、これまで、いくつものベストセラーを世に送り出してきた。

 ジャンルは主に学園ものやファンタジー等が中心で、時折、他ジャンルのものも手掛けたりする。

 彼女の作品は、一般文芸として売り出されているが、その作風は良くも悪くも漫画的。リアリティよりもキャラクターの個性や面白さを優先している節がある。


 格樹は焼畑の作品を少しばかり読んだ事があり、作風を承知でシナリオ作成を依頼した。



 格樹がシナリオ作成を依頼した三人は、そろいもそろってノートパソコンでシナリオを書いている。

 停電した時でも内蔵バッテリーによってしばらく動作し続ける、いざとなったら外に持ち出せる等の理由が、あるのかもしれない。

 どの作家もパソコンを使う事ができ、インターネット環境も整っている事は、格樹にとって幸運な事である。

 格樹は彼らからの成果物――シナリオ――を心待ちにしながら、ドキュメント作成等の仕事を進めていく。



 都市部から離れた郊外。遠方には山が見え、家々の庭からは緑があふれている。

 のどかな住宅街。その中にひときわ大きな一軒家がある。

 有名漫画家、烏峰明春の邸宅である。

 この家の一階には、大きな部屋があり、そこが仕事場になっている。

 仕事場の中央で複数の机がくっついて一つの塊になっており、数名の人間が向かい合いながら作業をしている。

 各机の上にあるタワー型のデスクトップパソコン。それぞれのディスプレイにはモノクロのイラストが映し出されている。

「先生、が終わりました」

 一人の若い男が、五十代の眼鏡を掛けた男に声を掛ける。

「ご苦労、どれどれ……」

 眼鏡を掛けた男がディスプレイ内のイラストを確認する。この男が烏峰明春である。

 ディスプレイ内のイラストはラインがくっきりしていて、メリハリがあり、スクリーントーンの使用が控えめであるにもかかわらず、色彩まで伝わってくるようである。

「上出来だ」

「ありがとうございます」

「さて、例のキャラデザでも始めるとするか……」

「あのゲームの件ですね」

「そうだ」

 烏峰は液晶ペンタブレットを握りしめながら次の作業に取り掛かる。

 この仕事場ではデジタル化が進んでおり、下書き、ペン入れ、ベタ入れ、スクリーントーン貼り等、全てをパソコンのグラフィックツールで行っている。

 烏峰はベテランの漫画家であり、現役の漫画家の中では古参の部類に入るが、情報機器に関しては決して疎くない。むしろ、しっかりと使いこなし、デジタルな環境を肯定的にとらえている。

 かつては紙とペン等でアナログ的に漫画を描いていたが、効率化のため、十年以上前からパソコンを使って描いている。

 そのため、彼のアシスタントになるためには、パソコン及びグラフィックツールを使える事が、必須条件である。

 今日では彼に限らず、多くの漫画家が仕事場にパソコン等、デジタルな環境を導入している。アナログ同様に描くのが難しい等のデメリットがあるが、彼らにとっては、修正が楽で効率的等のメリットが勝っているのだろう。



 D社最寄駅近くにあるオフィス街。

 ここにある高層ビル。窓は太陽光の反射によって銀色に輝いている。

 そんなビルの一室に音波狂研(O社)という会社がある。

 O社は音楽制作会社であり、作る楽曲は、ゲームミュージックが中心である。

 また、楽曲の作成だけではなく、効果音の作成、録音の仕事も受け付けている。

 O社内には様々な機材がある。オーディオミキサーにスピーカー、ラックに積みあがったシンセサイザーモジュールやオーディオインターフェース、大小のMIDIキーボード等々……

 壁側にある机の上にデスクトップパソコンがあり、これらの機材の内、いくつかが接続されている。機材によってはパソコン同様に机上にあるものもある。

 この室内に何人かの男達がいる。

 彼らは全員私服姿で、トップスはシャツ、ボトムスはジーンズというような気取らない恰好をしている。

 彼らの内の一人が、男達と向かい合っている。O社の社長、音有奏也おとありそうやである。

 年齢は四十代。髪の毛はぼさぼさで、口の周りに髭を生やしている。

 向かい合っている男達は、音有の部下。すなわち、ここの社員である。


「お前ら、今回もディスクリミネーションソフトから仕事をもらったぞ」

 音有が社員達にD社から請け負った案件について話している。彼の話ぶりからすると、以前もD社からの依頼を受けて楽曲や効果音を提供していたようだ。

 D社とO社は徒歩でも労せずに行き来できる。そのためか、D社は昔からO社との取引があった。

「社長、その事ですけど、今回の案件、大量の楽曲が必要らしいですね。しかも、その割に納期が短いと聞きましたが、大丈夫でしょうか?」

「その事だが、オレ達だけではなく、炎代譲治えんだいじょうじさんも音楽を担当するそうだ」

 炎代譲治――その名前を社員達が耳にした途端、室内がざわついた。

「あの、ジャイアントサラマンダーの……」

「ああ、あの炎代譲治さんだ」

 ジャイアントサラマンダーとは大人気のロックバンドで、ミリオンセラーアルバムをいくつも世に送り出している。

 炎代譲治はそのバンドのギタリストで、リーダー格とされる人物だ。

 そんな人物に格樹は作曲を依頼したのだ。

「オレ達も、うかうかしてらんねえな」

「そうっすね、社長」

「というわけで、早速始めるぞ!」

「はいっ!」

 社員一同の元気良い返事が、室内に響いた。



 ある光信号が光ファイバーの中を駆け抜ける。

 それはD社の企画開発部に辿たどり着き、電気信号に変化する。

 そして、オフィス内にある電話――ビジネスホン――の着信音を鳴らし始める。

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