グラーヴェ夫妻は初恋に忙しい
稲井田そう
第1話
初めてその人に会ったとき、私は十五歳で、彼は二十歳。
国を守るため戦い、そしてその準備をする場所で出会ったその人は、それはそれは目立っていた。
「今日からこの騎士団をまとめることになりましたセレナード・グラーヴェです」
はっきりとした朱色の髪に、繊細なメタルフレーム。鮮やかな黄金色ながら、怜悧さも強さも感じさせる瞳は吸い込まれそうで、夢を見ているように美しい。女子も男子もないまぜに集められた訓練場で、あまりに神聖に、浮世離れしたその人に、誰もが息をのんでいた。
人が騎士団を志願する理由は、お金に困っている、家族を守りたい、勉強したくない等様々だ。私は下の妹弟が多く、さらに絶対医者になりたいなんて言われたことで、最も給金の高い騎士団を目指したに過ぎなかった。
しかしそんな不純な動機に、またひとつ不純が重なった次第である。
「最も重要なことをひとつ、訓練、戦に関わること以外で私に話しかけないで頂きたい」
しかし、夢は覚めるのだ。
寝起きの覚醒はゆっくりと言えど、意識ははっきりして眠りから遠ざかるように、憧憬は薄れていった。
騎士団を辞めたい、と彼の下へとついた人間が減っていくのと、比例して。
「騎士団の基本戦術は当然剣です。素早く振るうため、剣は従来より200倍重い特殊仕様を用意しました」
「まだ意識がある者が多いので外周300追加。最後になった者はさらに追加で500周」
「休暇明けは身体がなまり辛くなるので特別メニューを用意しました」
他の部隊と比べるまでもなく勝手に過酷にされていく訓練は、少しでもメニューを嫌がる素振りを見せれば、倍に増えた。
ちょっとでも機嫌を損ねれば、どんどん走らされるし、どんどん訓練に放り投げられるのだ。
実際に敵と戦うようになれば、当然彼の無茶苦茶も増した。
「危機的状況ですけれど、攻撃が当たらなければいいだけです。一人につき、200人倒しなさい。以上」
「武器を運んでいた隊がやられました。武器補充はありません。しかし撤退しても後ろからやられるだけ。農具が借りれました。これで戦ってください、以上」
「他の部隊がやられました。崖を下って奇襲を図りましょう。崖から落ちて死ぬ? 死なないように落ちればいいだけです、以上」
無茶苦茶な命令に従い、日々「今日が命日」と思いながらも月日は流れ、私は二十歳に、彼が二十五歳になり、戦は終わった。
◇◇◇
「グラーヴェ団長、今まで頂いた勲章、どうして一つもつけなかったんですか」
「全部必要ありません。こんなものあって何になるというのでしょう? くだらない、全部焼却炉に入れてしまいなさい」
終戦、そしてこれからの平和を祈る式典を終え、みな故郷に帰ることを喜んでいるというのに、執務室で後片付けをするグラーヴェ団長は、つまらなそうに勲章を私へ放ってくる。
団長は、本来もっと上の階級を国から与えられている。しかし自分が前線に出たほうが戦が早く終わると、国が与えようとした階級を蹴り続けていた。
私は、投げられた勲章を手にしながら、グラーヴェ団長に目を向ける。
騎士であることを抜きにしても体躯がよく、すらっと見えるのにしなやかな筋肉で覆われ、背も抜群に高い。
男女問わず、特に女性が惹かれる端麗な姿だ。しかし、職場でも、休暇中ばったり会っても、相手がどんなに位が高くとも──にこりとも笑わない。
近寄りがたいその雰囲気は全方位に発せられていて、出自問わず誰に対しても平等に傲慢だった。
さらに不用意に前を通れば嫌味まで飛んでくるものだから、分かりやすく避けられ、言伝はすべて私に回されていた。
グラーヴェ団長は国が秘密裏に開発した兵器で、その態度と強すぎる攻撃力は整備士のうっかりと言えば、100人中100人が頷くだろう。
実際、新入りにそう言うと本気で信じるし、二年目の人間は爆笑する。そして私がそう発言するのを、「ふざけないでください」と、団長が私に外周を命じるのがセットだ。
皆で願いが叶うと噂の泉へ行った時だって、皆が「お金がほしい」「結婚したい」「平和!」と叫ぶ中、ただ沈黙していた。
「そういえば、総統の護衛の話を蹴ったって本当ですか?」
私はグラーヴェ団長に勲章を押し付けながら問いかける。彼は勲章を受け取ることなく、「くだらないからです。私にはほかに、やるべきことがありますから」と、興味なさげに私を見下ろしてきた。
「でも、相手は総統ですよ……? 良かったんですか? そ、それに断っていいものではないはずでは……?」
「あまりに煩いようなら殺すと言ったら、謝罪を受けましたよ」
私は団長の言葉に絶句した。そんなことを総統に言うなんてありえない。しかし、彼は物差しが狂っており、さらに我が強く、ありえないことを言って実行し続けているのもまた事実だ。
一分の間に100人倒せば、この戦いに勝つことができるなんて宣い、敵に囲まれているにも関わらず一人も自決をさせず、最後まで馬車馬のように働かせたりする。
彼は一分で200人の敵を制圧し、部隊は全員生存した。
敵に追われている最中、氷点下を大幅に下回る川をくだると言い出し、「凍る前に渡ればどうということはない」なんて平然と私を川へ落としたこともある。ただ、私は今生きているし、あの時川をくだっていなければ死んでいた。
どんどん考えていくと、私は幾度となくグラーヴェ団長に救われているのでは……と、彼への感謝がいっぱいになってくる。そして複雑な胸の痛みに苛まれるのだ。そしてミスをして、団長に外周を命じられ、もやもやする。この繰り返しだ。この五年、ずっと。
「あの、団長……」
「なんです」
しかし、恐怖の訓練も無茶苦茶な争いも、この呪いのような憧憬も、すべて今日弔う。
国同士が話し合いをした結果、騎士団も解散させる運びとなった。例にもれずグラーヴェ団長が勝手に直属として統率する我々の部隊も、本日解散の運びとなったのだ。
「お元気で」
よって彼とも、この胸に巣食う想いとも、お別れである。
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