第286話 予期せぬ訪問者(9)

 近しい者が幸せだと自分も嬉しい。

 それは、シュヴァルツ様の考えと似ている。全く出自は違うけど、将軍と第三王子は意外と波長が合うのかもしれない。

 オリヴァー殿下は続けて、


「僕はね、生まれた時に次の誕生日は迎えられないだろうって言われたんだって」


「え!?」


 驚く私に、他人事のようにクスクス笑いながら、


「それから『三歳まで生きられない』『五歳までもたない』『十歳まで』『成人まで』『二十歳まで』って事あるごとに言われてたんだけど」


 彼は指折り数えていく。


「なんだかんだで今日まで生き延びちゃったんだよね」


 絶句する私達に、「僕、空気読まないから」とあっけらかんと笑う。


「僕の人生は最初から余生みたいなものだから、死ぬのは怖くない。でもティアを置いていくのは心残りかな」


 声に寂しさが滲む。


「彼女は情が深いから、僕が居なくなったらきっと落ち込む。いずれ立ち直ると思うけど、時間が掛かるかもしれない。そうなった時、少しでも多くの支えがあった方がいい」


 澄んだ緑色の瞳に私が映る。


「ミシェル、ティアの友達になってくれる? 強制できることじゃないのは解ってるけど、この先も仲良くして欲しい」


 切実な声に、私は……、


「私、ベルナティア様のこと好きです」


 慎重に言葉を選ぶ。


「身分の差もありますし、友達と呼んでいいのかは判りませんが、この数日、一緒に過ごしていてとても楽しかったです。ベルナティア様もそう思ってくれていたら嬉しいです。もしベルナティア様がわたくしを頼ってくださるなら、お力になりたいと思っています」


 私の回答に、オリヴァー殿下は糸になるまで目を細め、


「ミシェルはいい子だね」


 輝く白い歯を見せた。


「今日はここに来て良かったよ」


 王子は「ん〜!」と強張った腕を天に上げ伸びをすると、なんの脈略もなくポロリと、


「早く子どもを作りたいな」


 ……はい?

 ぎょっとする私達にオリヴァー殿下は爽やかに、


「無条件に自分を愛し愛されてくれる存在って大事だよ。僕の代わりというわけじゃないけど、ティアにはたくさんの愛情に包まれて欲しい。あと、絶対僕とティアの子は可愛い!」


 絶世の美男美女夫婦候補が断言しました。

 言いたいことを言い切ったオリヴァー殿下は紅茶を一口飲んで息を整えると、矛先を変えた。


「で、君達の関係はどこまで進んでるの?」


 ブホッ!!

 私の隣でシュヴァルツ様が盛大に紅茶を噴いた!


「シュ、シュヴァルツ様! 大丈夫ですか!?」


 慌ててタオルを渡して背中を擦る私。さっきリネン室から多めにタオルを持ってきておいて良かった。


「関係も何も、わたくしはただの使用人ですし」


 噎せて喋れないご主人様の代わりにメイドが答えると、王子はやれやれと首を竦めた。


「人生は短いんだよ。欲しい物は死ぬ気で手に入れないと後悔するよ」


「……肝に命じます」


 病と戦場、二つの異なる死線を越えてきた二人。

 大きく深呼吸したシュヴァルツ様はようやくそれだけの言葉を吐き出した。

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