第271話 ガスターギュ家の食卓(2)

「で、作業はどこでやるんだ?」


「ファインバーグ侯爵邸は親戚の出入りが多く怪しまれそうなので、どこかに部屋を借りるとのことですが」


「それなら、うちでやればいい」


 またもあっさり言われて、私はびっくりまなこだ。

 そりゃあ材料の準備や移動時間を考えると、この屋敷で作業できれば効率がいいのだけど。


「いいんですか? これは私への頼み事で、シュヴァルツ様に関係のない事ですが……?」


「問題ない。部屋は余っているのだから好きに使えばいい。あと、ドレス作りが終わるまでは家の事は後回しで構わんぞ」


「いえ、構いますよ!」


 私は思わず声に出してツッコんでしまう。


「私はあくまでガスターギュ家の使用人ですから、この家の事が最優先です。ベルナティア様のお手伝いは業務外の時間を使います」


「業務外の時間なんて殆どないだろう。休憩や睡眠を削って身体を壊しては意味がない。それなら、彼女の手伝いを我が家の業務時間で済ませばいい」


「でもそれでは、家の事が疎かになってしまいます」


 今日だって、夕食の支度の時間がなくて納得のいく料理が作れなかった。


「たかが半月のことだ。ゼラルドもいるし、どうとでもなる」


 なあ? と水を向けられ、「お任せあれ」と答える老家令。


「でも……」


「ミシェル」


 それでも食い下がろうとする私に、ご主人様は厳かに宣言する。


「ミシェルとアレックスはベルナティア卿の用事を優先させる、これは命令だ。それと、彼女の事で何か問題が生じた場合は俺に言え。俺はお前達の雇用主として間に入る」


 これは、仮にベルナティア様に無理難題を押し付けられた場合、私達が身分差で断れない事のないようにとのシュヴァルツ様の配慮だ。

 相変わらず、ガスターギュ家の福利厚生は手厚いです。でも……。


「でも、なんでシュヴァルツ様はそんなにベルナティア様に親切なの? 弱みを握られてるとか?」


 私の疑問をはっきり問い質したのはアレックスだ。


「アレックス!」


 色を失くす私の対面で、シュヴァルツ様はフォークで鶏肉を刺しながら、


「いや、特には」


 さらりと受け流した。


「彼女とは軍事会議で話したり、合同訓練で手合わせすることはあるが、個人的な関わりはない。恩があるならオリヴァー殿下の方だな」


「オリヴァー殿下?」


 意外な名前に鸚鵡返しする私に、彼は頷く代わりに目を細める。


「王都に来てすぐの頃、城に行くと何かと気にして声を掛けてくれた。できれば力になりたい」


 ……その頃のシュヴァルツ様の風体は山から下りてきたトロルそのもので、『戦場の悪夢』の二つ名は恐怖の象徴として城下にまで轟いていて……。

 私はオリヴァー殿下の柔らかな笑顔を思い出す。

 不慣れな王城で気さくに話し掛けてくれた殿下に、シュヴァルツ様は心救われたのかもしれない。


「解りました。ではドレス作りを優先しますね」


 私はシュヴァルツ様に微笑んでから、家令に目を向ける。


「ゼラルドさん、暫く負担が増えると思いますが、よろしくお願いします。大変な時は声を掛けてくださいね」


「情けは人の為成らずです。善い行いの為なら多少の苦労は厭いませぬ」


 頭を下げる私に、快く引き受けるゼラルドさん。その様子を眺めながら、シュヴァルツ様がボソリと、


「いっそ作業期間中は臨時の使用人を雇うか」


 …………。

 いくらなんでもそれは本末転倒が過ぎるのではありませんか? シュヴァルツ様。

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