第269話 ベルナティア総長の来訪(11)
「――ということで、こちらが造花を担当したアレックスです」
「ども」
「これは君達の手作りだったのか! 凄いな!」
事のあらましを説明する私の横でペコッと頭を下げるアレックスと、花のドレスを手に大袈裟に驚くベルナティア様。
「よく出来ているな。近くで見ても本物の花のようだ」
「そこは職人の拘りですから」
しきりに感心する彼女に、鼻高々のアレックス。……私は失言しないかドキドキしています。
「で、侯爵様はこのドレスをいつまでに作りたいんですか?」
「ベルナティアと呼んでくれ。そうだな。今月中には」
「こん!?」
悲鳴を上げそうになって、私は慌てて口を噤む。今月って、もう月の半分に差し掛かっているのに。今から生地からドレスを縫って花まで作るなんてとても素人にできる作業じゃない。
「あの、私とアレックスで造花の作り方をお教えしますので、ベルナティア様のお家で職人を雇って仕上げて頂いた方がいいかと」
私の提案に、彼女は表情を曇らせる。
「そうしたいのは山々だが、挙式は内々で済ませたいので、準備をしていることを周囲に知られたくない」
ファインバーグ邸に頻繁にドレス職人が出入りしていると何か大きな催し物があるのではと勘ぐられてしまう。
「ここまで結婚式が延びてしまったのは、オリヴァー殿下の体調もあるが、参列者が日程に口を出してきたことが大きい」
自国の王子と権威ある侯爵との結婚。貴族というのは見栄張りな生き物だ。権力者同士で「あいつが呼ばれてこっちが呼ばれないなんて!」という子供じみた喧嘩をさもお上品に繰り広げる。巻き込まれた方は堪まったものではない。
「だから今回の式は二人で挙げる。式が終わって籍を入れてから、周囲には大々的な披露宴をすると告知して茶を濁す。そちらはもういくら日程が延びても問題ないからな」
物凄い強行策ですね。
「一応、互いの両親の許可は取ってある」
両親って、国王夫妻と前侯爵夫妻ですよね。さりげなくいちいち雲の上の人々が絡んでくる日常会話に脳の処理が追いつきません。……いえ、私も多分貴族令嬢なのですが。多分。
「つまり、今月までにこっそり花のドレスを作ればいいってことですね?」
あっさり確認するアレックスの物怖じしない性格が羨ましい。
「そうだ。できるか?」
「無理っす」
ケロリと言い放った年下同僚に私はソファから飛び上がった。
「ちょっと、アレックス!」
もう少し言い方を考えて!
焦る私を片手を挙げて制すると、彼女は落胆する侯爵に顔を向けたまま飄々と続ける。
「
「どういうことだ?」
前のめりになるベルナティア様にアレックスも顔を近づけ、
「延期された最初の挙式の時のドレス、残ってますよね?」
「ああ」
「それに造花をつけましょう」
「しかし、私のドレスにあの花は合わないと思うが」
困惑するベルナティア様に、アレックスは余裕で返す。
「ベルナティア様はミシェルのドレスに拘ってるけど、婚約者様は何かブルースターの花に思い入れがあるの?」
「いいや、ただ花がたくさん付いたドレスが可愛かったとだけ」
「じゃあ、他の花でもいいんじゃない? ベルナティア様が持っているドレスに合った花でも」
「……そうかもしれない」
あ、なんか丸め込まれてきてる。
「因みに、ベルナティア様のドレスってどんな色と形?」
「白のシンプルなマーメイドドレスだ」
星繋ぎの夜会のドレスの色違いな感じかな? あれも彼女にはとても似合っていた。
「白なら同系色の薔薇や百合で飾るのはどうだろう? 今の時期ならデイジーもいいな。……あっ!」
ぶつぶつと悩んでいたアレックスは、突然閃いた! と瞳を輝かせた。
「ね、こんなのはどうかな?」
小声で思いつきを発表する最年少者に、頭を寄せて耳を澄ませていた私達の顔はどんどん綻んでいく。
「それはいい考えだ!」
「素敵! 是非やりましょう」
女子三人がはしゃぐ声に、新しい紅茶を持ってきたゼラルドさんがドアを開け掛けたまま応接室に足を踏み入れようか迷っている。
……斯くしてここに、秘密のウェディングドレス同盟が結成されました。
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