第262話 ベルナティア総長の来訪(4)
夜空のような深い藍色の瞳に見つめられて、私は思わず呼吸を止める。
「ミシェル嬢」
決して大きくはないのに印象深い澄んだ声が私の名前を呼ぶ。薄紅の瑞々しい唇が静かに息を吸い込んで――
「この度は我が婚約者を助けてくれたこと、大変感謝している!」
――いきなりガバっと、膝におでこがつくぐらい上半身を折り曲げた!
「あの場では満足に礼も出来ず失礼した。改めて言わせてもらいたい。君のお陰で助かった。本当にありがとう」
顔を上げてテーブル越しに両手でがしっと私の手を握るベルナティア様。
は、話が見えないんですけど!
「あの、婚約者とは……?」
戸惑う私に彼女は我に返ったように頬を赤らめ手を離した。
「す、すまない。つい」
「い、いえ……」
大丈夫です、なんか……すごくいい匂いしましたし。私もつられて赤くなってしまう。
ベルナティア様はソファに座り直すと咳払いで気を落ち着けた。
「先日の夜会でサンルームで倒れていた男性を君が介抱しただろう?」
「はい」
厳密にはお庭で行き倒れてましたが。
「それが私の婚約者、オリヴァー・クイーネ・フォルメーアだ」
成程、そうだったのですね。……って。
「フォルメーア!?」
聞き返す私に、彼女は厳かに頷く。
「彼は我が国の第三王子だ」
それは聞いてないですよ、ロクサーヌ! でも、王国民としてオリヴァー殿下のお名前は存じております。言われてみれば、綺麗なお顔立ちも髪も瞳も国王陛下によく似てらっしゃいました。
「あの、オリヴァー殿下のご容態は?」
「数日床に臥していたが、今は元気だ」
「それは何よりです」
気になっていたけど、回復されて良かった。
「あの夜から連日慌ただしくて、きちんと礼をする暇がなかった。今日まで伺えなかったこと申し訳ない」
「そんな、滅相もございません」
またも深々と頭を下げられて、こちらが恐縮してしまう。
国王の第十一子誕生間近に第三王子が倒れ、更に夜会会場が火事になったのだから、警備責任者のベルナティア様は大変だっただろう。
因みに、私達がガスターギュ家に着いた暫く後、王都中の教会の鐘が鳴り、王城の物見塔からは青い狼煙が上がり、王国民に六人目の王子の誕生を告げていました。それから数日は王城では門が開かれ、市民にも祝福のワインが振る舞われたそうで、祝祭期間も相俟って王城を守護する近衛騎士団の総長である彼女が今日まで大忙しだったことは想像がつく。
「それにしても、よくわたくしの居場所が分かりましたね」
「夜会の出席者に聞き込みをした。君と特徴の合う人物がシュヴァルツ卿と一緒にいたという情報を得て彼に確認したところ、特定に至った」
だからシュヴァルツ様の紹介というわけですね。
「本来ならば王家からも礼状が届くところではあるが……。オリヴァー殿下はあの夜会では早々に引き上げてしまった陛下の代わりに出席者の相手をする筈だったのだが、会場に入る前に倒れてしまったので、公式には星繋ぎの夜会には出席していないことになっている。なので婚約者の私が内々にお礼に伺ったのだ」
慶事と凶事が重なった国王主催の夜会。凶事ばかりを目立たせたくないという王家の意向も理解できる。
「解りました。わざわざお越し頂きありがとうございました。贈り物は遠慮なく頂戴致します」
口止め料は快く受け取りますので、この件は一切口外しませんよ。
物分りの良い微笑みを浮かべる私に、瞬きで頷くベルナティア様。
これで星繋ぎの夜会の後始末は終了ですね。
「新しいお茶をお持ちしましょうか? よろしければお菓子も」
緊張が解けて肩が軽くなった私は席を立つ、後はしっかりおもてなししてお客様に良い気分で帰って頂ければ……と思っていたら、
「待ってくれ」
ベルナティア様は、先程とは違う思い詰めた表情で私を引き止めた。
「実は、ミシェル嬢にもう一つお願いがあるのだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。