第230話 星繋ぎの夜会・出発(5)
「では、行きましょうか」
そうトーマス様に促されてはたと気づく。踵を返す彼の背中に、私は疑問を投げかけた。
「何故、トーマス様がこちらに? 夜会には出席しないはずでは……?」
「今夜は皆さんの送迎役です。この時期、御者の人手が足りなくて代わりに俺が。夜会中は馬車で待ってて帰りも送りますよ」
「……」
あ、コレ、騙された。
『招待されてないから行けない』は方便で、単に他の誰かにシュヴァルツ様のパートナー役をやらせたかっただけだ。
現にトーマス様はパーティーに飛び入りしても遜色ない正装をしている。彼は貴族だ。きっと御者として会場に行っても、上流階級の顔見知りに会った時に失礼のない格好をしてきたのだろう。
だったら、最初からトーマス様がシュヴァルツ様の補佐として夜会に出席しても良かったのでは?
戸惑う私に、彼は悪戯っぽく笑う。
……この人って、絶対愉快犯だよね。
釈然としないながらも、ここまできたら仕方がない。私はそれ以上追求せずに馬車に乗り込む。
シュヴァルツ様の隣に腰を下ろすと、暗鬱なため息を零す。
……夜会に行くのはいいのだけど、心配事が一つ……。
「どうした? 気乗りしないのか?」
ため息に気づいたのか顔を覗き込んでくるシュヴァルツ様に、私は笑って取り繕う。
「そんなことはありません。ただ、ちょっと……私には社交界で目立ちたくない事情がありまして……」
彼は少し眉根を寄せて、
「実家のことか?」
……うぎゅっ、鋭い。
私が実家のことで大暴れしたのは半年前のこと。……まだ記憶に新しいですよね。詳しいことは何も話していないけど、事情があると言われれば察しがついてもおかしくない。
王室イベントである『星繋ぎの夜会』に父が招待されることはまずないだろうし、『テナー』は王国ではよくある家名な上に実家の子爵家は知名度が低いから問題ないとは思うのだけど……。
…………それでも不安は拭えない。
私の実家のことでシュヴァルツ様に迷惑をかけたくない……。
「心配するな」
俯く私に、彼は穏やかな声で言う。
「今回、ついてきてもらったのは俺の我儘だ。最大限ミシェルに配慮する」
「シュヴァルツ様……」
顔を上げた私に目を細め、シュヴァルツ様が絹の手袋に包まれた掌を私の頭に近づける。指先がふわりと前髪に触れかけた……瞬間!
「いけません!」
鋭く重厚な声が和みかけた空気を切り裂いた。
「シュヴァルツ様、どうかご自重ください。今、ミシェル殿の頭を撫でるとせっかく美しく盛られた髪型が崩れます」
「う、うむ。そうだな……」
ゼラルドさんの言葉に、ばつが悪げに引っ込めた手で頬を掻くシュヴァルツ様。思わず止めてしまったことに気が咎めたのか、家令は続けて、
「しかしながら、帰宅後ならばいくらでも髪を乱す行為をなさっても……」
「やらん!」
「しません!」
同時に叫んだシュヴァルツ様と私に、ゼラルドさんの隣りに座ったアレックスがケラケラ笑う。
いつもどおりのやり取りに、私も思わす笑ってしまって……。
ちょっと肩の力が抜けた。
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