第225話 年越しの夜
遠くで教会の鐘が鳴っている。
今日は一年の終わりの日。
煌々と暖炉の火が燃え盛る居間で、私は曇った窓を指で拭って外に目を凝らした。深い藍色の空にはいくつもの星が瞬いている。この時期のフォルメーアの空は今にも降ってきそうな星々で溢れている。
お祭りムードの星巡りの祝祭期間の中で、年の終わりの
私も今日はフォルメーアの伝統に則り、昼間は王国教会へ礼拝に行き、午後は新年のお料理の仕込みをしていました。
他の家人はというと。生粋の王都っ子であるアレックスは私と一緒に礼拝についてきたけど、ゼラルドさんは教会へは一人で行きたいとのことで別行動。シュヴァルツ様は「葬式を思い出す」とのことで教会へは来ませんでした。
血の繋がらない他人同士が一つ屋根の下で迎える初めての年越し。……なんだか不思議な気分です。
基本的に、どのご家庭でも年越しの日は夕食後に揃って居間に移り、お茶やお酒を酌み交わしながら、新年になるまで今年一年を振り返って語り合う。
「シュヴァルツ様、こちらをどうぞ」
すでに何本かの果実酒のボトルを空にしたご主人様に、私はブリキのマグに注いだ温かい飲み物を差し出す。
ふわふわに泡立ったそれに口をつけると、シュヴァルツ様はカッと目を見開いた。
「甘い! 美味い! これは何という飲料だ?」
「エッグノックです。卵と牛乳と砂糖を混ぜて加熱して……」
「ほぼプリンだな!」
……というか、カスタードです。
「それにシナモンを少々とブランデーをたっぷり入れてあります」
「そうか。酒にも合うとは、さすが卵だ。今年は卵の偉大さを知った素晴らしい一年になった」
満足そうにエッグノックを飲み干すシュヴァルツ様。ますます信仰心が深まりました。……国教の主神が卵だったら、シュヴァルツ様も教会に通うのかしら?
「もう一杯もらえるか?」
「喜んで」
「ミシェル、オレも欲しい!」
マグを受け取る私の背後で、アレックスが声を上げる。
「はいはい。アレックスのはブランデー抜きだからね」
えー! と不満を叫ぶ十三歳の少女に苦笑して、私は部屋の隅に佇む老家令に目を向ける。
「ゼラルドさんもいかがですか?」
「……いただきましょう」
いつもの燕尾服の彼は、薄く微笑んで暖炉の前のソファまで歩いてくる。
「いやはや、今年はこんな優雅な年越しができるとは思いませんでした」
口髭のエッグノックの泡を拭いながら、ゼラルドさんは感慨深く息をつく。……初めて会った時は、洒落にならない怪我を負ってましたからね。元気になって何よりです。
「オレも! 毎日ご馳走が食べられる日が来るなんて思わなかったよ!」
アレックスも、一歩間違えば犯罪者かお庭の罠の犠牲者になるところでした。
そして私も……絶望から救い出してもらいました。それは何もかも……。
自分の温かいマグを両手で持って見上げると、黒い瞳と視線がぶつかる。長椅子に座った彼は柔らかく目を細めた。
「本当に……今までにない一年だったな」
噛みしめるように呟く。
「良い出会いがあった。良い一年だった。ミシェル、ゼラルド、アレックス。来年もよろしく頼む」
一人一人の顔を見ながら語りかけるシュヴァルツ様に胸がいっぱいになる。それはゼラルドさんもアレックスも同じ気持ちだ。
「はい、来年もよろしくお願いします」
「命の限り」
「任しとけ!」
各々の言葉で思いを返す。みんなを見回し微笑むシュヴァルツ様の膝に、べっこう色の猫がぴょんと飛び乗った。
「にゃあ」
見上げる猫の頭を大きな手が撫でる。
「ああ、お前もよろしくな、ルニエ」
なんともちぐはぐで……温かい私の家族。
教会の鐘が激しく鳴り、日付が変わったことを知らせる。
ブリキのマグを目の高さに上げるシュヴァルツ様に、私達も倣う。
合図がなくても、自然にみんなの声が揃った。
「新年、おめでとう!」
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