第14話 ビーフシチュー

 濃紺のワンピースに真っ白なエプロンドレスをキリリと締めて。栗色の髪はお団子にしてメイドキャップに仕舞う。

 完璧なガスターギュ家の使用人の完成です!

 やっぱり制服を着ると身が引き締まる気がする。私は一応令嬢なのでメイド服は初めて着たけど、思ったより動きやすい。襟や袖口が取り外し出来て、部分洗いできるのも機能的。

 お屋敷に来てから三日目。

 今日はシュヴァルツ様が早く帰ると仰っていたので、朝からビーフシチューを仕込みます!

 牛スネ肉と野菜でブイヨンを取るのに午前中いっぱい費やし、その間に作ったデミグラスソースと具材を入れて更に半日。火加減に注意しながら、煮込んでいる間に他の家事も手早く終わらせる。

 といっても、洗濯と空き部屋の掃除だけでタイムオーバーで、またも庭のお手入れまで辿り着けませんでした。

 ……早くお化け屋敷を脱したい。

 今夜のパンはバケットです。二本焼いて、一本はそのまま、二本目はガーリックトーストにするつもり。何もつけないバケットは、シチューに浸して楽しめるしね。

 蔵で見つけたワインはとりわけ上質な物ではないけど、普通に飲める味だったらしく。シュヴァルツ様が好きにしていいと言っていたので、ありがたくビーフシチューの材料にさせて頂きました。お酒が飲めない私でも、アルコールを飛ばした料理なら大丈夫です。

 ダイニングテーブルにアイロンがけしたクロスを敷いて、シルバーとお皿の準備は完了。寸胴鍋にはなみなみとビーフシチューがスタンバイしてます。

 そろそろかな? と思っていると、玄関の方から音がした。


「おかえりなさいませ!」


 跳ねるように玄関に向かうと、そこにはシュヴァルツ様の姿があった。

 彼は少し戸惑ったように、囁いた。


「……ま」


「はい?」


「……ただいま、っていうの慣れてなくて」


 え? 照れてます??

 所在なさげに俯く将軍に、私もなんだか頬が熱くなってしまいます。

 で、でも! これ以上玄関に居続けても料理が冷めるだけ!


「お食事が出来ていますので、ダイニングへどうぞ」


「うむ、さっきから堪らない匂いがしてた」


 私達はいそいそとダイニングルームへ向かった。


◆ ◇ ◆ ◇


「明日は午後から出掛けるから、朝は起こさなくていい」


 シュヴァルツ様がそう言ったのは、寸胴鍋のビーフシチューが半分になった頃でした。


「お仕事が遅い時間から始まるんですか?」


 空になった深皿に、レードルでビーフシチューをよそって差し出すと、


「城に呼ばれたんだ。王を交えた防衛会議に出席する」


 受け取ったシュヴァルツ様は、鼻にシチューがつくんじゃないかというほどお皿に顔を近づけて、スプーンで肉の塊を口に掻き込んでいく。

 さすが将軍閣下。王城で国王陛下や政府の首脳陣と祖国防衛の相談をなさるのですね。私まで誇らしい気分です。


「あれ? と、いうことは、明日は正装の軍服をご使用ですか?」


「ああ」


「では、アイロンを掛けておきますね」


 シュヴァルツ様のお部屋に掛かっていた勲章のたくさん付いた詰襟の軍服、あれが正装よね。


「別にそのままでいい」


「そんなわけにはいきません」


 入城して王と謁見なんて、一大イベントです。粗相のないようにしなくては。軍服は上質なウールで出来ていたから、シミがないか確認して、温度に気をつけてアイロンを掛けて……。

 段取りを考えながらふと目を上げると、懸命にシチューを頬張るシュヴァルツ様の顔が見えた。

 ブイヨン用のスネ肉の他に、追加でモモ肉を大量投入したのは正解だった。

 口の中でほろりと崩れるほど柔らかく煮込まれた牛肉を堪能する彼を、私も和やかな気持ちで眺めていると、


「はっ!?」


 突然、雷に撃たれたような衝撃を受けた。


「シュヴァルツ様……まさか、そのまま国王陛下にお会いになるおつもりですか?」


「ん?」


 将軍はスプーンを咥えたまま首を傾げる。


「何か問題が?」


「大ありです!」


 私は思わず叫んでしまう。

 だって、シュヴァルツ様の髪は、辛うじて目は見えるけど、全体的にボサボサで絡まり放題。髭だって伸びっぱなしだ。


「そんな格好で王様に謁見なんて出来ませんよ!」


 私の祖父だって、領主会合でお城に行く時は夜会以上に身なりに気を遣っていたのに。

 真っ青になる私に、将軍はけろりと、


「いつもこのままだぞ?」


「え!?」


 問題になってないの?


「衛兵に止められるが」


 なってるじゃん!!


「どうにかしないと。ええと……」


 私は両手で頬を挟んで思案して……、よし、と心に決める。


「シュヴァルツ様、理髪店に行きましょう!」

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