「あの、少しよろしいでしょうか?」


 そちらに目を向けると、サロンのとびらを少し開けた状態でラーナ様が顔を出しているのが見える。

「どうかなさいましたか? ラーナ様」

 私は彼女に中へ入るようすすめ、再び隣同士で座る。

 シドが温かい紅茶を淹れてくれて、二人だけのお茶会が延長された。

「ヴィアラ様が私たちをさそってくれたのは、殿下の婚約者候補を探すためでございましょう? できればご自分と代わってほしいとお考えなのでは?」

「っ!」

 動揺する私を見て、ラーナ様はくすりと笑う。おこっている雰囲気はまったくない。

「そんな顔なさらないで。そうだろうなと思っていましたから」

 ラーナ様によると、呼び出されたときにメンバーの名前を見てすぐにかんづいたそうな。

多分、気づいているのは自分だけだから安心して、とも言ってくれた。

「ヴィアラ様のお気持ちは、察するに余りあります。あの殿下から逃げたくなるのは、当然だと思いますわ」

「ラーナ様……」

「でも、ごめんなさい。他のお二方はともかく、わたくしは殿下の婚約者にはとうていなれない身の上なのです」

 侯爵令嬢のラーナ様が? と、私もシドもきょとんとした顔になる。今から新たに王太子妃候補を探すとすれば、ダントツでラーナ様が有力なのに。

 彼女は少し伏し目がちに、自分の身の上を話し始めた。


「わたくしは、おおやけにはなっていませんが実は養女なのです。ヴィアラ様は、ローゼリア王国のはるか北方にあるアーバンという国をご存じですか? そちらがわたくしの祖国です」

 おくこすと、アーバンという国は国家というより街と言った方が近いくらいの小国だ。ダイヤモンド鉱山があることから、周辺国からは常に狙われている。

 今はローゼリア王国の下にあるので、周辺国からしんこうされずに済んでいる。

「ローゼリア王国のお城には、周辺国から預けられたひとじちの子どもたちが暮らしています。わたくしはアーバンの第七王女で、人質としてこの国へやってきました。各国の外交官や使者、王族の側近候補になれる男児の人質と違い、女児でしかもとるに足りない小国のひめであったわたくしは人質としての価値が低いですから、十歳になれば祖国へ帰るはずだったのです。けれど、祖国に帰ってもここより暮らしぶりはよくならないとわかっていました。それで、今お世話になっているクラーク侯爵家のに語学の才をいだされて、養女として引き取られることになったのです」

 つまり、クラーク侯爵家の養女であり異国の王女であったラーナ様が、この国の王太子妃になるのはまずいと。そんなことになれば、あちらの国から何かしらの要求がある可能性はきにしもあらずってことだろうか。

 小国だからとんでもない要求はしてこないだろうけれど、国同士の力関係なんて数十年で変わる。今後、アーバンがどこかきょだいうしだてを持たないとも限らないし。

「それにわたくしは、いずれクラーク侯爵家のご子息にとつぐことが決まっております。婚約はまだなのですが、卒業したらそのようにすると義父から聞いています」

「そうですか……」

「この茶会の意図はすぐにわかりました。やんわりと辞退することも考えましたが、ヴィアラ様なら人質として送られたわたくしの事情をご理解いただけるかと思いまして」

 私なら理解できるって、どういうこと?

 小首をかしげると、ラーナ様は「あら?」と私と同じような反応をする。


「マーカス公爵家にも、わたくしと同じように引き取られた他国の人質がいると義父から聞いたのですが、ヴィアラ様はご存じないのでしょうか?」


 何それ、知らない! うちに異国の王子様やご令息っぽい、高貴な感じの人はいたかな?

 私はシドを振り返り、そんな人物に心当たりがあるかと尋ねた。

「ねぇ、シド。うちに王子様っぽいわかしゅうなんていたかしら」

「う〜ん、王子様っぽいヤツはいません」

 私の頭には、あの人相の悪い『いっぱんじんが近づきたくないオールスターズ』の姿が浮かぶ。

 誰一人として、王子様に結びつかない。

「そうよね。高貴な雰囲気の人なんていないわよね。そもそも異国から来た人質なんてそんな訳ありキャラがいたら、さすがに私の耳にも入るだろうし」

「いや、お嬢。昔から言いますよね『訳ありを隠すならマフィア』って」

 うん。それは、木を隠すなら森の中では?

 苦笑いになる私に、シドはなやみながらある提案をする。

「えー、いっそ訳あり選手権でもやりますか? だいたい、うちってお嬢とイーサン様以外はほぼ全員訳ありなんですけれど」

「それ、誰も得しないから。だいたいうちみたいな家で、じょうを聞くのはタブーでしょう」

 素性なんて大きな問題ではない。そんなことを気にしたことなんてなかった。

 私たちの会話を聞いたラーナ様は目を丸くしていたけれど、人質として連れてこられた子どもが、貴族家に引き取られることはよくあることだと教えてくれた。

「義父によると、これまで七人ほど私のような者がいたそうです。貴族家のよめになったり、教育係になったり、騎士になったり。引き取られた後、ずっとそこにいるとは限りませんので、もしかするともういらっしゃらないのかも」

 当然、何年かで自国にもどることもある。代わりの人質が寄越されると、その子は戻っていくそうだ。

 ラーナ様はにこりと微笑むと、話題を変える。


「ところで話は殿下のことに戻りますが、アネット伯爵令嬢はわたくしと同じクラスですの。彼女はかなり権力欲が強いと耳にしておりますので、ヴィアラ様のご期待に沿えるかもしれませんわ。今日は具合が悪くて残念でしたけれど、またの機会に個人的にお誘いしてみては?」


 そういえば期待の星はアネット様だった。

 私はしっかりと頷いて、ラーナ様からのエールを受け取った。

 かえぎわ、ラーナ様はふとシドに視線を向ける。

「シドさんはずっとマーカス公爵家におられるお方でしょうか? ご当主であるお兄様がスピネルで、さらにヴィアラ様の従者もスピネルだなんてとてもめぐまれていると義父が申しておりましたわ」

 扉を開けたシドは、ラーナ様に向けてやわらかな笑みを返す。

「俺は先代様に拾われた身ですから、子どもの頃からずっとマーカス公爵家で育ちました。スピネルはたまたまですよ」

「まぁ、ごけんそんを。スピネルは才能だけではなれませんわ。きっと、わたくしには想像もつかない努力があったのでしょう。それほどまでに守りたい方がいた、ということでは?」

「ご想像にお任せします」

 おもいきり外向けの営業スマイルを作るシド。それは何か隠したいことがあるときに見せる顔だった。

 私は二人のやりとりとじっとながめていたけれど、入るすきがなくて静かに見守る。

 視線に気づいたラーナ様は、私を見てにっこりと微笑んだ。

「またお会いしましょう、ヴィアラ様。朗報をお待ちしておりますわ」

「ええ、本日はありがとうございました。ラーナ様」

 去っていく姿もまた、気品があって美しい。

 その背を見送ると、私は隣に立つシドを見て何気なく言った。


「そんなにお父様に恩を感じていたのね……。スピネルになって守りたいって思うほど」


 シドを拾ってきたのはきお父様だ。

 そう思うのも無理はない。事故で亡くなったときは、守れなくて無念だっただろうな。

「そこまでうちへの恩義を感じて、ずっと尽くしてくれているなんて。本当にありがとう」

 しみじみと感傷にひたっていると、シドがじとりとした目を向けてきた。

「お嬢、もう少し人の気持ちっていうものをわかってくださいませんかね」

「え、ねているの? 人の気持ちがわかるから、こんな風に切なくなっているんじゃないの。シドの忠義心は、痛いほど伝わってきたわ」

 大きなため息を吐いた彼は、ポリポリと右手で頭をいた。

 まるで私に呆れているみたいな反応だ。

 けれど、シドはすぐにいつもの明るい顔に戻りこれからのことを口にする。


「さ、もうこの話は終わりです。やしきへ戻って、アネット伯爵令嬢をどうやっておびすか考えましょう」

「誘き出すって言い方やめて?」


 私は軽く身だしなみを整えると、シドといっしょにサロンを後にした。

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