「ようやくなおになったか」

 ありえない。なぜ私が殿下を好きなことが前提なの!?

 指でこうでられ、背筋がこおりそうになる。

「仕方ない、おまえのこともたまには相手にしてやろう」

「ひっ」

 とりはだが立ち、私は急いでその手を引っこいた。

 さすがにカフェテラスで何かあるとは思えないけれど、今すぐ殿下からげたくなった。

「し、失礼いたします! 急ぎの用事を思い出しました!!」

「おいっ」

 私は本をテーブルに置いたまま、あわててその場からとうそうする。

「ヴィアラ!」

 カフェテラスを出て、私は早歩きでろうを進む。

 カツカツと高いくつおとひびき、もうれい作法や貴族令嬢らしさとかそんなことが頭からぶくらい必死で足を動かした。


「待て!」


 なんで追ってくるの!?

 いつもは私に関心なんてないくせに!?

 必死で逃げる私。どこかかくれられそうな場所を探すも、うまく思考がまとまらない。

 あぁ、もうどうすればいいの!?

 そう思ったしゅんかん、白いきりまたたに広がっていく。

「おじょう、こっちです」

 おどろいて足を止めると、シドの声がしてすぐにうでを引かれる。

 建物の中なのに、数メートル先すら見えなくなっていた。魔法で作り上げた霧は、私たちの姿を隠してくれている。

 私はシドの胸にすがりつくようにして身をひそめ、廊下のすみで息を殺す。

 背中に回された腕は力強くて安心するが、同時にシドのにおいがして心音が速くなる。


「ヴィアラ! どこへ行った!」


 殿下の声が、だいに遠ざかっていく。気配も足音も完全に消えたとき、ようやく私は深く息をつくことができた。

「はぁ……、もう大丈夫みたいね」

 私を包み込んでいた腕がそっとゆるみ、どちらからともなく身をはなす。

 シドは指先を鳴らして霧を晴らすと、がおで言った。

「あのバ……、殿下は別の場所にゆうどうしました」

 今バカって言おうとしたわね? バロックのバである可能性もあるけれど、ごまかしたってことは多分そういうことだろう。

「助かったわ。ありがとう」

 見上げると、シドはめずらしくしんけんな顔をしていた。

「いえ、すぐに出ていけなくてすみません」

「仕方ないわ、従者は入れる場所が決まっているもの。それに、ちょっと手を握られたくらいでなぐり飛ばすわけにはいかないからまんしなきゃね」

 苦笑いで左手をひらひらさせると、シドは「はぁ!?」と言っていらちをあらわにした。

じょうします」

 シドはすぐに私の左手を取り、自分の両手で包み込むようにした。ふわっと風が巻き起こり、聖属性魔法の浄化がかけられたことがわかる。

 しかもキラキラと光のつぶっていて、どう見ても最上級の浄化魔法を使って消毒されていた。

 すごくさっぱりして、教会でお清めやおはらいでも受けたみたいなそうかい感がある。

「大げさじゃない? すっきりして嬉しいけれど」

 少しあきれてそう言えば、シドは不満げにまゆを寄せる。

「しますよ。お嬢がせんされるなんて、一生の不覚です」

「もうちょっとましな表現はないのかしら!?」

 あまりの言い草に、ぎょっと目を見開く。

 今日はずいぶんしんらつな冗談を言うのね、と思ったら、シドは私の手をぎゅうっとつかむと悲しそうな目をして言った。


「お嬢は、俺がずっと守ってきたのに……」


 その切なげな声に、胸がどきんと高鳴る。

 それは自分が仕える主人への親愛?

 それとも、主従以上の気持ちを持ってくれているの?

 いたわるように手を撫でられ、さらにドキドキが加速する。

「ねぇ、シド。そのことなんだけれど……」

 私のこと、どう思っているの? そう尋ねようとした矢先、シドの顔つきがぞうゆがむ。

「あのろくでなし王子め……! お嬢が暴力にうったえることしかできないか弱い女の子だからって、好き放題しやがって」

「それをか弱いって言うのはおかしいわ」

 今にもやみちしかねないシドに、私は冷静にっ込む。

「か弱いですよ。権力をたてにされたら殴れないでしょう? 使えない力は、ないも同然なんです」

 確かに、殿下を殴ると大問題になる。

 シドは私の手を離すと、あごに手を当てて真剣に考え始めた。

「あのアホの目を、お嬢以外に向けさせないと……」

 彼の頭の中は、殿下への対策でいっぱいだ。ちょっといいふんかも、と思って期待した自分がからりしたみたいでずかしい!

 私は目をせ、コホンとせきばらいをして気を取り直す。

「来週にはお茶会があるわ」

「でも、手段は多い方がいいです」

 その言葉に、ヒロインの顔がふと頭に浮かぶ。

 シドも同じことを考えていたのか、じっと私の目を見て無言で訴えてきた。

「ダメよ、あの子は」

 首を振り、縋るような目でシドを見る。けれど彼は、真剣なこわで提案した。

「なぜ? せっしょくして、編入する気があるかどうかだけでも確かめましょう」

「でも、ククリカは幸せそうにしているのよ?」

「聞いてみてダメだったら、また別の方法をさぐればいい。話だけでもしてみませんか?」

 じっくり話がしたいとは思っていたものの、ククリカをにえにするのは気が引ける。

 でも万が一、彼女が乗り気になってくれたら? あぁ、私って誘惑に弱い!

「婚約を取りやめたいんでしょう?」

 そして、従者が誘惑上手。うっかりすべてを委ねたくなるからこわい。

「だとしても、ククリカにいはしたくないの」

「わかっていますよ。洗脳したりしたりはしません」

「発想が怖い! あなたどこでそんな考えを」

「マーカス公爵家です」

「うちだった!」

 そうだ、シドは八歳からうちで育っている。

 裏社会特有の危ないことも、教えたのは全部うちだった。

 シドはまっすぐに私を見下ろし、低い声で宣言する。


「絶対に、婚約解消させますから」


 まるで、手段を選ばないと言われているようで私は身構える。

「まずはお茶会が先よ。ククリカのことは、またそれから考えるわ。お弁当屋さんにいるってわかっているんだから、逃げられることはないでしょう」

 シドは不服そうだったけれど、しばらくしてうなずいてくれた。

 すべては、お茶会にかかっている。私は戦いにでも行くようなかくで、その日を待った。

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