④
ヒロイン弁当(勝手に命名)は一体どんな中身が入っているのか。ふたを開けると、そこにはまさかのおかずが並んでいた。
「何これ、もしかして肉じゃがと卵焼き!?」
この世界では初めて見た日本の味に
まさかククリカ・ラリーも転生者なの!? そうとしか思えない!
「変わった料理ですね。異国の料理かなぁ」
シドは
「これは、和食よ」
「お嬢がいつも言ってる夢の世界の? あの
ヤバイ味とは、失礼な。この世界にも味噌や
シドは味噌汁が好きじゃないので、和食という言葉に
「色は悪くないですね。
「あなた和食をなんだと思っているのよ」
「危険物です」
警戒中のシドは放っておき、私はフォークで卵焼きを刺し、
「んうっ!!」
だ、だし巻たまごぉぉぉ!?
このまろやかな
目を閉じて
「まさかだし巻きたまごが食べられるなんて……! なんで今まで作ってみなかったのかしら。昆布と卵なら手に入るのに」
自分の
「うまいですね、これならイケます」
「私、昆布の
ラウッスー産昆布はお高いけれど、マーカス公爵家ならお金持ちだから買い放題だ。それどころか工場を買収できる。よし、絶対にお取り寄せするぞ。
「肉じゃがもおいしいわ。本格和食ね」
あっという間におかずを平らげてしまった。
あぁ、この味を我が家の料理人が再現してくれないかな。
「お嬢? どうしたんですか、ぼんやりして」
お弁当を完食したシドが、私の顔を覗き込む。
「なんでもないの。ただ、ククリカも転生者なんだなって確信したわ」
「ククリカ・ラリーも、お嬢の話す夢の世界のことを知っている……。彼女もお嬢と同じで未来視ができると……?」
こんなに和食を再現できるなんて、日本人としか思えない。
ククリカは、小説の世界だってわかっていて学園に入学しなかった? それとも、ここが小説の世界だっていうことには気づいていない?
まだまだわからないことだらけだ。でも、日本人だってわかったら今度こそククリカと話をしてみたくなった。
当然、話をしたところで私がバロック殿下から逃げられるわけではないことは理解している。
もう一度会いに行きたい。二人でじっくり話がしたい。
その一方で、私の行動がきっかけで彼女の幸せが壊れたらと思うと、心のままに行動することは
「会いに行きますか?」
シドは、私の気持ちをすべてわかったようにそう問いかける。
私は少し悩んだ後、静かに首を横に振った。
「…………もういいの。ヒロインのことは忘れて婚約解消する別の作戦を考えるわ」
私はシドを連れ、参考
* * *
学園に入学して、早三カ月。
ヒロイン不在のまま、日々は過ぎていった。
私は品行方正、成績優秀な悪役令嬢らしからぬ真面目な生徒だ。
ただし、殿下が更生する気配はまったくない。やはりヒロインがいないとダメなのだろうか?
『おまえは本当におもしろみのない女だ』
『そろそろ私からの
『王家に媚びを売りたいなら、もっと可愛げのある態度を取ったらどうなんだ』
もう慣れてしまい、挨拶にしか思えない。
それに、相変わらず女子生徒をいつも侍らせていて、一応は婚約者である私の前でも堂々としたものだ。
笑顔で対処している私は、自分で言うのもなんだけれどとても
「はぁ……」
「ため息、出てますよ」
授業を受けている間、従者や護衛は基本的に専用の部屋で待機しているか、一度邸に戻るかしているのだが、休み時間には共に行動することが許されているのだ。
カフェテラスに行ってもいいんだけれど、殿下とばったり会うなんてことになったら私の平和が乱れてしまう。
殿下はシドを見ると「公爵家の犬が
理由は単純で、シドの魔導士の階級が
シドは笑って受け流しているけれど、私の方が聞くに
カフェテラスの方がおいしい食事はあるけれど、殿下に
「ねぇ、
私は隣をちらりと見て、ふと思ったことを口にした。
「そんな都合のいい魔法があったら、もう使ってますって」
シドは、苦笑いでそう答える。
「たとえば精神を操作するような魔法とか、心を
「んー、人の精神に
「それは困る!」
驚いて目を丸くする私を、シドは優しい笑みで見つめた。
「大丈夫です、きっとなんとかなりますって」
「だといいんだけれど」
「俺は
「そのヤるって、具体的には何をする気なのよ」
シドはニコニコするだけで、明確な答えを
二回目、三回目のため息をどうにか引っ込め、早起きして
「はい、今日はローストビーフのサンドよ」
「お嬢、なんで俺は毎日
「あら、いらない?」
「いります。すっごく腹減ってます」
おいしいものを食べさせて、好きになってもらおうとは……ちょっとだけ思っている。
シェフからは「おっしゃってくだされば作りますから」と言われているけれど、和食の味をミックスしたおいしい食べ物を作って、シドを喜ばせたいのだ。
「あ、ハニーマスタードの風味がいいですね〜」
「わかる? ソースを改良してみたの!」
あぁ、もぐもぐと食べるシドの様子を眺めるだけで癒される。
うっとりとその姿を見つめていると、ふと何かに気づいたシドが突然こちらを向いた。
「あ、ヴィー様」
珍しくシドが私の名前を呼ぶ。どきりとして、すぐに反応できずにいると彼の顔がとても近い位置にあった。
「なっ……」
驚いてぎゅっと目を
「食べないんならもらいまーす」
「はぁぁぁ!?」
主人のお昼を奪うってどういうこと!?
まだバスケットにたくさんあるのに!
不可解な行動に
「やっぱり。マスタードがこっちに
「うっ!」
胸が苦しい! 私のために、わざとマスタードの多い方を取ってくれたんだ!!
こういう優しいところが好き! と思いつつも自分の料理の詰めの甘さを反省する。
「お嬢? 食が進みませんか? ほら、おいしいですよ?」
そう言って、パンを私の口元に近づけてくる。
こんなシチュエーションを
「ちゃんと食べないと身体がもちませんよ?」
今危険なのは、身体じゃなく私の
でもこんなところを
あくまで穏便に、平穏な婚約解消がしたいから。
隣に座るシドとの距離は、今日も一人分空いている。普通の従者とお嬢様よりは近いけれど、
従者のシドとは、どう考えても結婚なんてできるはずはないってわかっているけれど、それでも好きな気持ちは消せなかった。
「お嬢、俺のことは気にせずに、ご友人とカフェテラスでお食事なさっていいんですよ?」
シドは友人ができない私のことを心配して、そんなことを言う。
前世の私ならともかく、公爵令嬢であり王子の婚約者という身分の暴力がすごい私に、友人なんてできる気がしない。
しかも、授業時以外はシドが従者
「私が友人とランチなんてしていたら、シドが寂しいでしょう?」
シドは控えめに微笑むと、残りのサンドウィッチに手を伸ばした。
私としては、学園で友人ができなくても構わない。シドがいればそれでいい。
好きになればなるほど、二人の身分差がなければと想像せずにはいられなかった。
彼は
それを受け取った私は、彼の
「ねぇ、もしも、私が……普通の街娘だったらどうする?」
「お嬢が普通の街娘?」
シドと身分差がなく、なんの障害もない普通の女の子だったなら。
しばらく悩んだ後、シドは真剣な顔で答えた。
「お嬢が普通だったことはありませんから、普通の街娘は無理かと」
「はぁぁぁぁん!? 表出なさいよ、コノヤロー!」
「もう表に出ています」
「あぁ言えばこう言うー!」
シドはどこまでもシドだった。
「…………何?」
ふと視線に気づいて隣を見れば、シドがじっとこちらを見ている。
「綺麗な髪だなと思って」
「えっと、あの、その…………いる?」
「発想がホラー!」
なんなら髪だけじゃなく、
こんな風にシドと二人でずっと生きていけたらなぁ、と思った。
「ずっとこうしていたいわ」
ついそんな言葉が口から漏れる。
「え、ダメですよ。授業が始まります」
意味が伝わっていない。私はシドと一緒にいたいっていう意味で言ったのに。決して裏庭にずっといたいという意味ではない。
普段は
もういいや、と
「ずっとこうしていたい、か……」
その
シドは、私のことをどう思っているんだろう? 大切にしてくれているのはわかるけれど、それは従者として? それとも――――
恋をするのが、こんなにももどかしくて苦しいものだったとは思わなかった。
そばにいたらドキドキするし、いなければどこにいるのかと気になって仕方がないし、シドの一挙一動に心を乱されては喜んだり
恋の力ってすごい。まるで洗脳ね。そう思ったとき、私はふと
「恋だわ、そうよ、恋よ」
「へ? 恋がどうしたんです?」
私は勢いよくシドに
「恋よ! 殿下が本気の恋をするように、誰か相手を差し向ければいいのよ!」
名案だ、そう思った私は急いで対策を練ることにした。
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