やしきに戻ってきた私は、シドと一緒にサロンでお弁当を広げた。買いすぎた分は、後でお兄様やエルザにおすそけしよう。

 ヒロイン弁当(勝手に命名)は一体どんな中身が入っているのか。ふたを開けると、そこにはまさかのおかずが並んでいた。


「何これ、もしかして肉じゃがと卵焼き!?」


 この世界では初めて見た日本の味にがくぜんとする。

 まさかククリカ・ラリーも転生者なの!? そうとしか思えない!

「変わった料理ですね。異国の料理かなぁ」

 シドはきょうしんしんといった顔で覗き込む。

「これは、和食よ」

「お嬢がいつも言ってる夢の世界の? あのしるとかいうヤバイ味のするスープを生み出した国ですか?」

 ヤバイ味とは、失礼な。この世界にも味噌やしょうはあるけれど、日本人とは味覚が違うのかいっぱん的にはあまり好まれておらず、ちん扱いになっている。

 シドは味噌汁が好きじゃないので、和食という言葉にけいかい心を見せた。

「色は悪くないですね。げきしゅうもなし」

「あなた和食をなんだと思っているのよ」

「危険物です」

 警戒中のシドは放っておき、私はフォークで卵焼きを刺し、躊躇ためらいなく口の中へ運んだ。

「んうっ!!」

 だ、だし巻たまごぉぉぉ!?

 このまろやかなこんだしの味わい……脳がうまいと叫んでいる。

 目を閉じてたんのうしていると、シドもようやく口へ運んで「あ、うまい」と呟いていた。

「まさかだし巻きたまごが食べられるなんて……! なんで今まで作ってみなかったのかしら。昆布と卵なら手に入るのに」

 自分のあやまちに、愕然とする。

「うまいですね、これならイケます」

「私、昆布のかんぶつを取り寄せるわ。ラウッスー産昆布なら、となりの領地で採れるもの、すぐに手に入るはずよね」

 ラウッスー産昆布はお高いけれど、マーカス公爵家ならお金持ちだから買い放題だ。それどころか工場を買収できる。よし、絶対にお取り寄せするぞ。

「肉じゃがもおいしいわ。本格和食ね」

 あっという間におかずを平らげてしまった。

 あぁ、この味を我が家の料理人が再現してくれないかな。

「お嬢? どうしたんですか、ぼんやりして」

 お弁当を完食したシドが、私の顔を覗き込む。

「なんでもないの。ただ、ククリカも転生者なんだなって確信したわ」

 しんけんな顔でそう告げると、シドもあごに手を当てて真剣に考え始める。

「ククリカ・ラリーも、お嬢の話す夢の世界のことを知っている……。彼女もお嬢と同じで未来視ができると……?」

 こんなに和食を再現できるなんて、日本人としか思えない。

 ククリカは、小説の世界だってわかっていて学園に入学しなかった? それとも、ここが小説の世界だっていうことには気づいていない?

 まだまだわからないことだらけだ。でも、日本人だってわかったら今度こそククリカと話をしてみたくなった。

 当然、話をしたところで私がバロック殿下から逃げられるわけではないことは理解している。

 もう一度会いに行きたい。二人でじっくり話がしたい。

 その一方で、私の行動がきっかけで彼女の幸せが壊れたらと思うと、心のままに行動することははばかられた。

「会いに行きますか?」

 シドは、私の気持ちをすべてわかったようにそう問いかける。

 私は少し悩んだ後、静かに首を横に振った。

「…………もういいの。ヒロインのことは忘れて婚約解消する別の作戦を考えるわ」

 えよう。巻き込んではいけない。

 私はシドを連れ、参考ぶんけんを探しにしょさいへと向かった。


 * * *


 学園に入学して、早三カ月。

 ヒロイン不在のまま、日々は過ぎていった。

 私は品行方正、成績優秀な悪役令嬢らしからぬ真面目な生徒だ。

 ただし、殿下が更生する気配はまったくない。やはりヒロインがいないとダメなのだろうか? じょう作用はないらしく、顔を合わせると何かと嫌味を言ってくる。


『おまえは本当におもしろみのない女だ』

『そろそろ私からのが欲しくなっただろう?』

『王家に媚びを売りたいなら、もっと可愛げのある態度を取ったらどうなんだ』


 もう慣れてしまい、挨拶にしか思えない。

 それに、相変わらず女子生徒をいつも侍らせていて、一応は婚約者である私の前でも堂々としたものだ。

 笑顔で対処している私は、自分で言うのもなんだけれどとてもえらいと思う。でも……。

「はぁ……」

「ため息、出てますよ」

 すさんだ心を癒してくれるのは、毎日一緒にいてくれるシドとのひととき。お昼はだいたい、シドと一緒に学園の校舎裏でのんびりと過ごしている。

 授業を受けている間、従者や護衛は基本的に専用の部屋で待機しているか、一度邸に戻るかしているのだが、休み時間には共に行動することが許されているのだ。

 カフェテラスに行ってもいいんだけれど、殿下とばったり会うなんてことになったら私の平和が乱れてしまう。

 殿下はシドを見ると「公爵家の犬がざわりだ」とか「平民がいると空気がまずい」とか、こちらが不快に思うことばかり言ってくるのだ。

 理由は単純で、シドの魔導士の階級がスピネルだから。殿下自身はルベライト止まりでそれを不満に思っていて、でも努力はしたくないからシドを見ると「なんでおまえが」とイライラするみたい。

 シドは笑って受け流しているけれど、私の方が聞くにえなくて……。

 カフェテラスの方がおいしい食事はあるけれど、殿下にそうぐうするくらいならしばの上に厚手のしきものいて、シドと二人でピクニック気分で過ごす方がよほどいい。

「ねぇ、スピネルなら魔法で殿下を改心させられるんじゃないの?」

 私は隣をちらりと見て、ふと思ったことを口にした。ちゃりだという自覚はあるけれど、尋ねずにはいられない。

「そんな都合のいい魔法があったら、もう使ってますって」

 シドは、苦笑いでそう答える。

「たとえば精神を操作するような魔法とか、心をじょうする魔法とかは?」

「んー、人の精神にかんする魔法は、すべて闇魔法ですからね。かけられた方もかけた方もけっこうなだいしょうが必要になります。じゅじゅつ系の神具を使えば可能でしょうが、かけたらかけたで術者が力を吸われて死にます」

「それは困る!」

 驚いて目を丸くする私を、シドは優しい笑みで見つめた。

「大丈夫です、きっとなんとかなりますって」

「だといいんだけれど」

「俺はればできる子なんで」

「そのヤるって、具体的には何をする気なのよ」

 シドはニコニコするだけで、明確な答えをさない。

 二回目、三回目のため息をどうにか引っ込め、早起きしてちゅうぼうで私が自ら作ってきた昼食をバスケットから取り出す。

「はい、今日はローストビーフのサンドよ」

「お嬢、なんで俺は毎日けされてるんですか?」

「あら、いらない?」

「いります。すっごく腹減ってます」

 おいしいものを食べさせて、好きになってもらおうとは……ちょっとだけ思っている。

 シェフからは「おっしゃってくだされば作りますから」と言われているけれど、和食の味をミックスしたおいしい食べ物を作って、シドを喜ばせたいのだ。

「あ、ハニーマスタードの風味がいいですね〜」

「わかる? ソースを改良してみたの!」

 あぁ、もぐもぐと食べるシドの様子を眺めるだけで癒される。

 うっとりとその姿を見つめていると、ふと何かに気づいたシドが突然こちらを向いた。

「あ、ヴィー様」

 珍しくシドが私の名前を呼ぶ。どきりとして、すぐに反応できずにいると彼の顔がとても近い位置にあった。

「なっ……」

 驚いてぎゅっと目をつぶると、私の手の中にあったローストビーフサンドがスッと引きかれる。


「食べないんならもらいまーす」

「はぁぁぁ!?」


 主人のお昼を奪うってどういうこと!?

 まだバスケットにたくさんあるのに!

 不可解な行動にまゆを寄せると、サンドウィッチを口にしたシドが片方の目を瞑って苦しげな顔になった。

「やっぱり。マスタードがこっちにかたよってます。お嬢はそっちの大丈夫そうなのを食べてください」

「うっ!」

 胸が苦しい! 私のために、わざとマスタードの多い方を取ってくれたんだ!!

 こういう優しいところが好き! と思いつつも自分の料理の詰めの甘さを反省する。

「お嬢? 食が進みませんか? ほら、おいしいですよ?」

 そう言って、パンを私の口元に近づけてくる。

 こんなシチュエーションをのがすわけにはいかない。勢いよくパクッとかぶりつくと、シドは嬉しそうに笑った。

「ちゃんと食べないと身体がもちませんよ?」

 今危険なのは、身体じゃなく私のこいごころだ。

 でもこんなところをだれかに見られでもしたら……。残念だけれど、私は彼の手からそれを受け取って、続きは自分で食べた。王子の婚約者である以上、こちらにていわくじょうすることはけたい。

 あくまで穏便に、平穏な婚約解消がしたいから。

 隣に座るシドとの距離は、今日も一人分空いている。普通の従者とお嬢様よりは近いけれど、り添うこともかなわない関係がもどかしい。

 従者のシドとは、どう考えても結婚なんてできるはずはないってわかっているけれど、それでも好きな気持ちは消せなかった。

「お嬢、俺のことは気にせずに、ご友人とカフェテラスでお食事なさっていいんですよ?」

 シドは友人ができない私のことを心配して、そんなことを言う。

 前世の私ならともかく、公爵令嬢であり王子の婚約者という身分の暴力がすごい私に、友人なんてできる気がしない。

 しかも、授業時以外はシドが従者けん護衛として張り付いているのだ。そんな私に気さくに声をかける人がいたら、国民えい賞を差し上げたい。

「私が友人とランチなんてしていたら、シドが寂しいでしょう?」

 シドは控えめに微笑むと、残りのサンドウィッチに手を伸ばした。

 私としては、学園で友人ができなくても構わない。シドがいればそれでいい。

 好きになればなるほど、二人の身分差がなければと想像せずにはいられなかった。

 彼はすずしい顔でお茶をれ、カップを差し出してくる。

 それを受け取った私は、彼のあかい目を見つめ尋ねた。

「ねぇ、もしも、私が……普通の街娘だったらどうする?」

「お嬢が普通の街娘?」

 シドと身分差がなく、なんの障害もない普通の女の子だったなら。

 しばらく悩んだ後、シドは真剣な顔で答えた。

「お嬢が普通だったことはありませんから、普通の街娘は無理かと」

「はぁぁぁぁん!? 表出なさいよ、コノヤロー!」

「もう表に出ています」

「あぁ言えばこう言うー!」

 シドはどこまでもシドだった。

 ここいい風がき抜ける校舎裏で、私はしばらくぼんやりとして過ごす。まるで悩みなんて何もないかのような平和な時間だった。

「…………何?」

 ふと視線に気づいて隣を見れば、シドがじっとこちらを見ている。

「綺麗な髪だなと思って」

 おだやかな笑み。なんの下心も感じさせない、ただの感想のようにそう言われただけなのにどきりとした。

「えっと、あの、その…………いる?」

「発想がホラー!」

 なんなら髪だけじゃなく、本体わたしごともらってほしいところだ。ただし、シドははつのように受け取ってしまったみたい。

 淡い水色アイスブルーの髪を、無意識に指にからめて気をまぎらわせる。

 こんな風にシドと二人でずっと生きていけたらなぁ、と思った。

「ずっとこうしていたいわ」

 ついそんな言葉が口から漏れる。

「え、ダメですよ。授業が始まります」

 意味が伝わっていない。私はシドと一緒にいたいっていう意味で言ったのに。決して裏庭にずっといたいという意味ではない。

 普段はかんがよすぎるくらいに私の気持ちを察してくれるくせに、こういう乙女心は気づいてくれないんだから!

 もういいや、とあきらめて遠い目をしていると、シドの呟くような声が聞こえてくる。

「ずっとこうしていたい、か……」

 そのこわいろがいつもと違って切なげで、思わずシドの方を見るが、彼は首をかしげて「何か?」と無言で尋ねてくる。

 シドは、私のことをどう思っているんだろう? 大切にしてくれているのはわかるけれど、それは従者として? それとも――――

 恋をするのが、こんなにももどかしくて苦しいものだったとは思わなかった。

 そばにいたらドキドキするし、いなければどこにいるのかと気になって仕方がないし、シドの一挙一動に心を乱されては喜んだりなげいたり、恋をすると何もかもがその人中心になってしまう。

 恋の力ってすごい。まるで洗脳ね。そう思ったとき、私はふとひらめく。

「恋だわ、そうよ、恋よ」

「へ? 恋がどうしたんです?」

 私は勢いよくシドにせまって言った。

「恋よ! 殿下が本気の恋をするように、誰か相手を差し向ければいいのよ!」

 名案だ、そう思った私は急いで対策を練ることにした。

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