飼殺の檻・裏[re]・一つと九の呪いの話

@arkfear

第1話

 その時、俺はとても受かれていたんだと思う。


 ありがちな展開で唐突に死を迎えた俺は、これまたありがちな展開で自称神様からの謝罪を受け、お決まりの文句でチート能力を手に入れ、お約束通りに異世界転生を果たした。


 ……はずだったのに。



「おーい、もしもぉーし?キミ、生きてる?死んでるなら返事してー、なぁんて。

……死んでたら返事なんかできないってのバッカじゃねぇーのきひひひひっ!!」



 上下逆さまの視界に映る、見るからに陰キャな女の子に嗤われているこの状況はなんなんでしょうねぇ?

 誰かー、説明してくれ三行で。









一話・お話しまshow!










「はーしんど。おかしくって仕方ないにゃー」



 混乱する俺を無視して少女はつまらなさげに息を吐いた。……前髪で顔が完全に隠れているので陰キャだと思っていたのだが、改めてその全身像を見るとどう考えても陰キャじゃなかった。……いや、これは逆に陰キャが陽キャを勘違いして偽装している系の服装では?


 などと失礼な事を思っていたのがバレたのか、彼女の頭がぐりんとこちらに向いた。

 前髪の合間から、ギラギラとした目線がこちらを刺すように降ってくる。


 ……正直言うとめっちゃ怖い。

 俺なんでこんな睨まれてんの?なんかした俺?単に倒れてただけじゃない俺?



「ふーん、なるほどなるほど。へー、意外と頑丈じゃん、キミ」



 するとどうだろう、何故か知らんが褒められた。しかも声音から察するに、わりとマジに褒められたらしい。……今の流れのどこに褒められる要素があったのだろうか、全くわからん。



「……うん、キミちっと脳内会議し過ぎじゃない?もっと外部に出力してホラホラ」



 などと考えていたことが顔に出ていたのか、はたまた相手が察しがよかったのか。

 ちょっと困惑したっぽい言葉が返って来て俺も思わず声を返す。



「うぇ?あ、ああ、うん」

「陰キャかよ!詰まんなよ!ボキャブラリー死んでんのアンタ?!」

「ああんっ?!そんな格好してる奴に陰キャだとか言われんの屈辱テラバンバンジーなんですけど!?」

「そんな格好って何よっ?!……っていやちょっと待ってなにその屈辱テラバンバンジーって、もしかしてそんなの流行ってんの今?」



 陰キャに陰キャと呼ばれることほど屈辱的なこともないので思わず喧嘩腰に返したが、何故かこちらが返した言葉に食いついてきた少女。

 そんな彼女に返す言葉はもちろんこれである。



「いや?全然?適当に言っただけ」

「………ふんっ!!」



 返答は脛への一撃だった。

 ……痛みでもんどり打つ俺の姿が気持ち悪いなどの批判は受け付けません。










「マジで死ぬかと思った」

「どんだけ虚弱体質なのよそれで死ぬって」



 真顔で述べれば真顔で返された。……なんというか会話のレスポンスが軽快な奴である。

 これは陰キャというにはちと明るすぎるな、君はセミ陽キャだ。



「なんなのよそのセミ陽キャってのは……」

「朝に生まれて夜に死ぬ。真の陽キャではないので太陽に焼かれて死ぬ」

「蝉モチーフっぽいのに蝉より儚いのなんなの!?」



 真顔で解説してやると本気で驚愕された。

 ……いかんな、会話が楽しくてなんも進まん。というか、だ。



「そもそも陰キャ呼ばわりされたくないならその前髪どうにかしたらどうだ?」

「は?前髪?何言ってるのよんなもんちゃんと纏めて、……まと、めて」



 思いっきり顔を覆い隠している前髪が彼女の陰キャ度を跳ね上げているのは自明の理なのでそこを指摘すると、何故かそのまま機能停止する少女。

 ……え、もしかして、前髪ちゃんと纏めてるつもりだったの?

 つまり陽キャっぽい格好してる陰キャっていう最初の印象は間違いでもなかったの?


 そんな俺の心情を知ってか知らずか、彼女は自身が肩から提げているポーチから髪止めを一つ取り出すと、それを使って前髪を掻き上げて留めた。

 ……あらやだ美少女。



「……きっひっひっひっ!!よくぞ我が正体見破った!流石は異界よりの流れ人、その真価を今見たわ!」

「一体何キャラなのか。そもそも繕うの遅いわ。なんかもう威厳とか無理では?」

「………ふんっ!!」

「困ったら俺の脛蹴るの止めへぶしっ!!」



 面白い子を弄るのは楽しいけどほどほどにしようね、お兄さんとの約束だ!(痛みに悶えながら)












「えーこほん、こほん」

「そんなんでリセットでけへんと思うけど」

「………」

「ひぇ」



 すっかり一連の流れで上下関係がはっきりしてしまったような気がします、俺です。

 彼女が視線をすっ、と俺の脛に向けるものだから思わず竦み上がってしまった。

 気を取り直して、現状の説明を求めるもとい彼女の話を聞くことにする。



「えーっと、意外と頑丈じゃんって話だっけ」

「オレ、ガンジョウチガウ。トテモモロイ、タイセツ、シテ」

「うん、身体の話じゃないから」



 片言の弁解を返せばもう慣れたのか普通に返される。……むぅ、普通に返されるとちょっとむっとするな。



「しなくていいから。これ以上ややこしくしようとしないで、いいわね?」

「アッハイ」



 ちょっと突飛なことしてやろうとしたら先に釘を刺されたでござる。……っていうかどう考えても思考が読まれているでござる。

 イエーイ陰キャ少女見ってるー?



「いい加減にしないともっかいやるわよ」

「あ、はい、すみません」



 明らかにマジでキレられたので素直に謝る。

 俺良い子なので言われたら守れますよホントですよ?

 そんな俺の祈りが通じたのか、少女はしばらくこっちにジト目を向けて来ていたものの、やがて一つため息を吐いて姿勢を正した。……さっきのよくわからん上位者ムーブに戻ったとも言う。



「私が頑丈って言ったのは、キミの中身の方。私の視線を浴びて精神の均衡を一切欠かないとか、ちょっとビックリってレベルじゃないってワケ」

「……ん?え何もしかして俺初手で殺されかけてたの怖っ」

「いや流石に威力は絞ってたわよげふんげふん。……そそそそうよ、私の邪視を受けてなんにも無いなんて中々やるじゃないっていうか?」



 ……なんだろこの滲み出る良い子ちゃん感は。

 きっと確りした親の教育と愛情を受けて育ったんだろうなぁ、そんな彼女が私にくれるのも確かな他者への慈愛。何故なら彼女は特別な云々かんぬん。



「……思考が常に横道にそれるのは処世術かなんかなの?」

「おおっと」



 そういや読まれてたんだった。


 話が進まんので余計なことはとりあえずカットして彼女の話に耳を傾ける。

 なんだか微妙な視線を感じたが、そのまま話を続けることにしたらしい。……諦めたともいう。



「……とりあえず、見るだけで相手をどうにかできる、だなんていう規格外な力を持つ私の真名を聞きたくなったんじゃない?聞きたい?そっか聞きたいか聞きたいのね分かったわ教えてあげるわ清聴なさい!!」

「おおー」



 わー、どんなビッグネームが飛び出すんだろ楽しみだなぁー(棒)



「我が真名、■■■■■■■■Nyarlathotep!無貌の神、這い寄る混沌!あまねく世界を恐怖に陥れ、世界を破滅に導くトリックスターとは私の事ってね!きっひっひっひっひっ!!」



 そうして飛び出した名前に、俺は心底恐怖した。

 何故ならば、何故ならば。



「その名前って人間の声帯では再現不能って言われてたじゃないですかやだー!」

「……え、そこ!?そこに食い付くの?!」



 少なくとも人間形態なのに、恐らく正確っぽい発音が飛び出すなんて思わないじゃないか!

 やべーよもう一回聞いとくべきかな?



「違う違う違うー!!期待してた反応とぜぇんぜん違うー!」

「せやかてナイアン、自分確かに美少女やけど気が狂うレベルではあらへんし」



 あの神話の神が化身を用いる時はやべーレベルの絶世の美男美女になるとされているけれど、目の前の彼女は確かに美少女だけどまぁ見ただけでどうにかなるようなものではないし。



「正気を削るって言うけど幾らダイスの女神が笑ったとしても直視してて発狂なしとかえーって感じだし」



 化身と言えど直視したならそれなりに正気を削られるはずだがそんなことは全然無さそうだし。



「何よりただの人間に口の勝負で負けてるとか千の貌持つトリックスターの名が聞いて呆れるというかなんというか」



 その口車で数多の人間を破滅させてきたまさしく口の魔術師とでも言うべき神が、高々数十年そこらしか生きてない人間の言葉で慌てるとか寧ろイメージ崩壊も良いところであるというか。


 まぁ、そんな感じで微妙に信憑性が薄いのである。とはいえ、



「初手発音不能音が飛んできたので多分本人なんだろうなぁとは」

「……うー!!うー!!」



 一応多分無貌の神様本人なんだろうなぁという確証たるものはあったのでそこは信じてますよー、と返したらうーうーbotと化してしまった。

 悔しいのかずっと地団駄踏んでいらっしゃる。


 ……ナイアウーウージダンダッホテプみたいなタイトルで動画サイトに流したら視聴数取れるかな?

 なんて考えてたらまた脛を蹴られた。

 それで良いのか無貌の神げふぅ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る