第21話 『欲沼』に溺れる蝶
ベッドの上に1組の男女が横になりながら肌を寄せ合っている。
服は丁寧に畳んでおいてあり、2人の肌には汗が浮かんでいる。
部屋の中はムワっとむせ返るような臭いに包まれているが2人はそんなことを気にしている様子は見られず、布団をしっかりかけながら男が女を抱き寄せる。
カイルと二ナは互いに時間を忘れるほど肌を重ね合わせてしまっていた。
まだ気付いていないが嵐はとうに去り、綺麗な夜空が広がっているがそんなことには目もくれず、重ねても重ねても収まらない身体の火照りを解消しようと肌を重ね合わせていた。
二ナのチャームポイントのポニーテールは解かれ、汗で髪が肌に張り付いているが、カイルがそれを剥がすように髪に触れるのは何度目だろうが、互いに何かにとりつかれたように夢中になっている中、部屋の隅で微笑む1つの影に2人は気付かない。
「二ナ…ごめん、まだ…」
「いいですよ…来てください」
二ナは優しく微笑みながらカイルに抱き着く。
二ナからすれば、思いもしないチャンスであり、カイルが自分に夢中になってくれるのが嬉しくて、そして自身も欲を抑えきれずにカイルを受け入れ続けていた。
外の嵐が過ぎ去っていることに途中で気が付いたが、この夢のような時間を終わらせたくなくて、この快楽を捨てたくなくて二ナは自らも求め続けていた。
「人間は相変わらず凄いなぁ~」
2人だけの空間だったはずの部屋に響く甘ったるい女の声。
ここはダンジョンで魔物が蔓延る場所。
普通仲間以外の声が聞こえれば警戒をし迎撃態勢をとるはずなのだが、二ナとカイルにはその声が届いていないのだろうか、反応することなく互いの肌を撫で合っていた。
「でもとっくの前に吸い尽くしたし! そろそろ終わりっ!」
――パチンッ!
「「っ!?」」
部屋に鳴り響く指を鳴らす音に2人は正気に戻ったかのように音の発信源に振り向く。
2人の視線の先には漆黒のドレスを身に纏った1人の堕天使、『色欲』の『大罪』を背負う魔物であるアスモデウスこと真名をガラクシアがそこにはいた。
「とりあえず服着ても良いよ!」
二ナとカイルは自身に起きている現状に困惑する。
どれだけ肌を重ねていたか分からないが、凄まじい疲労感と何故か尽きてしまっている魔力。
魔力と体力がほぼ空で身体が思うように動かせずに止まってしまう。
魔力が無くなっていることにまったく気づかぬまま行為に夢中になっていた事実に2人は衝撃を隠し切れない。
「もぉ~脱ぐのは速かったのに着るのは遅いのぉ?」
「うっ…」
「くそ…」
絶望的な状況だったのは2人とも理解できていた。
冒険者として魔物の前でなんとも間抜けな状況だ。
Sランクのパーティーの一員としてのプライドが粉々になるような状況だった。
魔力も尽きており、目の前にいる魔物に対しての対処法がまったく思いつかないカイル、殺す気は無さそうだがどうするつもりなのかと様子を窺う。
「戦ってもいいけどどうする?」
「私たちに何をしたんですか…」
「2人の気持ちを少し後押ししてあげただけだよ~?」
ダンジョンであるうえに、転移の罠にかかったにもかかわらず互いに操られたように夢中になってしまっていた状況に疑問に持つ2人にガラクシアは偽りなく答える。
2人はガラクシアの能力に気付く間もなく飲み込まれてしまっていたのだ。
特に2人が影響を受けていたアビリティがある。
アビリティ:『
・時間帯によって自身のステータスが上昇、他者のステータスを大幅低下させる。
・夜時間のみ相手のSランク以下すべてのアビリティを無効化する。
・時間帯によって自身の認知度が下がり存在が気付かれなくなる。
・夜時間のみ自身が使用する全てのスキルがスキルで防がれなくなる。
・常時空間魔導『『
これから2人のアビリティやガラクシアの気配を感じさせなかった理由だ。
『色欲』の力で情欲を高まらせ、溺れた2人の魔力を吸い尽くしただけのことなのでガラクシアからすれば朝飯前である。
2人は何の抵抗もすることなく、ガラクシアの放った拘束魔法で身柄を押さえられてしまったのだった。
◇
ぐつぐつと沸き立つマグマ。
ごつごつとした黒い岩が連なってできた半径700mほどの不安定な足場。
最北には巨大な1つの門があり、扉は開かれており、中からはドス黒い魔力が渦巻いている。
その門の上には様々な姿勢をとった人の石像が飾られており、どれも負の感情を表しているような格好をモチーフとされている。
レディッシュとベイルはすんなりと手に入った鍵を持って集合場所に到着したのだが、待っても誰も現れないことに焦り始めた中、鍵に彫ってあった「我が背負うは『憤怒』の『大罪』」という言葉を読み上げてしまった瞬間転移してしまった。
そして今2人は周囲の状況を確認しながら不安定な岩場を門に向かって歩いている。
「門の上に立っているのは魔物ね」
「とんでもない威圧感だ。用心しろ」
門の上に立ち瞑想している1人の魔物が居る。
赤・黒・金の三色を美しく散りばめられた軽鎧とドレスが合体したような格好をしており、黄金に輝く髪は今日は結ばれている。
「あの頭上の輪は天使族ってことかしら?」
「形も色も変だが近いものではありそうだな」
頭の少しだけ上に浮かんでいる赤黒く歪な形をした輪がゆっくりと回っているのが2人には確認できた。
不安定な岩場を少し歩き、2人は門まで残り30mのところまで来ることができた。
気付けば門の上で瞑想していた魔物は地面に降り立ち、門の前で2人を見ていた。
「「なっ!?」」
「紅蓮の蝶々」でも戦闘面でメインを張ることが多く実力者である2人が、この緊迫した状況の中で魔物の動きにまったく反応も気付くこともできなかった。
敵を前にして少しマヌケな声をあげてしまったことに恥ずかしさを感じる余裕も無く、2人は迎撃の体勢をとる。
「ようこそ。私はこの『地獄の門』を守護させていただいております。ポラールと申します」
丁寧にお辞儀をして挨拶してくる魔物に対してレディッシュは少し毒気を抜かれ、ベイルは所作の動きに武人の気配を感じてさらに警戒を強めた。
レディッシュは自慢の槍を構えなおし、自身に起きている状況を聞いてみようと思い問いかける。
「私のアビリティやスキルが全然効果を発しないのは貴方のせいかしら?」
「そうですね。私の力ですよ」
「…そう」
相手の力量をなんとなく測る力も身体能力をあげる力も全部発動できていない感じがするし、スキルを使用して遠距離から怯ませてやろうかと思ったが発動すらしない現状にレディッシュは少し焦っていた。
少しずつ2人に向かって歩いていくポラールは2人に問いかける。
「そのまま投降してくださるなら傷つけることは致しませんがどうなさいますか?」
「わざわざ答える必要があるのかしら?」
「舐めないでもらおうか」
ポラールの問いかけに対して2人は体に魔力を巡らせながら構えをとる。
2人だけでの戦闘は初ではないし、もちろん日頃から2人でも戦えるようにトレーニングは積んでいるので焦ることは無かった。
レディッシュは先制で遠距離攻撃を仕掛けるために竜槍に魔力を集中させようとした瞬間。
――フワッ
「えっ?」
自身の身体は宙に投げ飛ばされていた。
目を離したつもりも無く、隙を見せていたわけでも油断したわけでもなかったが、単純に2人はポラールの速さに反応することができなかった。
レディッシュの槍を掴んで少し上に投げたポラールは隣にいるベイルへと視線をむけた。
「ウオォォォォォッ!」
レディッシュが投げ飛ばされた瞬間になんとかポラールの姿は捉えることができたベイルは拳に魔力を集中して殴りかかる。
しかし左腕を振りかぶったときには自身の鳩尾にポラールの掌底が叩き込まれていた。
「ぐはぁぁぁぁ!!」
――ズガァァァァンッ!!
岩場を砕き抉りながら吹き飛んでいくベイル。
ポラールは殺してはダメという指令を貰っているので極力手加減したつもりだったが、あまりの脆さに再度加減をしないといけないと自分に言い聞かせる。
その時、空中で体勢を整えたレディッシュが火の魔力を纏いながら勢いよく落下の速度を利用して迫ってくるのをポラールは確認した。
「『
自身の魔力と竜槍に宿る竜魔力を重ね合わせた力を槍先に集中させ突撃する技。
落下の速度もありそれなりのダメージを与えられるだろうと思い放った技だが、現実は甘くはなかった。
――ズシィィッ!!
「う、うそでしょ」
ポラールの右手一本で見事に受け止められてしまった『
与えた影響はポラールのいる地面に少し罅を入れた程度。
しかも槍を引こうにもビクともしない力を感じてレディッシュは火魔法を放つ。
「吹き飛びなさい! フレア・スター!」
6つの紅蓮の火球がポラールの頭上に展開される。
レディッシュは槍を手放して後ろに全力で飛び退く。
6つの火球がポラールに降り注ぐ!
「はぁっ!」
火球がポラールに降り注ぐ直前、ポラールの体から凄まじい闘気が放たれて火球は掻き消えてしまう。
闘気を放出するのは武闘家ではよくある話だが、中級火魔法を搔き消すような量の闘気を放出なんて聞いたことが無いとレディッシュは驚きを隠し切れない顔をしていた。
しかも自慢の槍はポラールに奪われたままでレディッシュはどう動き出せばいいか分からず立ち止まってしまう。
そこにボロボロになったベイルが跳んできた。
「大丈夫?」
「ゴホッ……急所を的確に突かれた。あまりもたん」
「厳しいわね」
たった1度のやり取りで壊滅状況まで陥ってしまった2人。
ベイルは一撃の掌底で戦闘不能直前までやられてしまい、レディッシュは竜槍を奪われてしまった。
Sランクパーティーの一員として自信はあったものの、こんなものかと少し落胆する。
「こちらをお返ししますね」
ポラールは持っていた槍をレディッシュがキャッチしやすいように投げる。
まさか返されるとは思っていなかったレディッシュは少し驚くが、相手からすれば槍の有無は関係ないのだと思い素直に喜べない。
「では…参ります」
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