ロボの作る焼きそば
俺はどこにでもいる普通の会社員。
毎日会社に行き仕事をして家に帰るの繰り返しだ。
別にこの生活が嫌ってわけではないが、楽しいことは何もない。
休日である土曜はいつも通りだらだらと過ごしていた。
なぜか土曜日は動く気が出ない。
平日の疲れを癒そうという考えと日曜日を充実させればいいという考えが俺を家に縛り付けていた。
興味のないテレビを見て寝転がっていると、インターホンが鳴る。
ん、俺なんか頼んだっけ?
重たい足を持ち上げ、ドアに向かい、のぞき穴から確認する。
ドアの前には何やら大きな荷物を持った配達員が立っていた。
俺はドアを開ける。
「こちらお届け物です。印鑑をここにお願いします」
印鑑を押し荷物を受け取る。
おもっ。
「どうも、ありがとうございました」
配達員は印鑑をもらうとさっさと行ってしまった。
さてと。
とりあえずリビングまで引きずって持ってきたわけだが、いったいこれはなんだ。
こんな大きくて重いもの頼んだ覚えは全くない。
伝票を見ると差出人は俺の勤める会社になっている。
そして俺は思い出した。
そうだ、家事ロボットだ。
一週間前、取引先の企業から、家事ロボットのレビューをして欲しいと依頼を受けた上司が、後輩に押し付けた。
そしてじゃんけんに負けた俺が2週間この家事ロボットと過ごして、アンケートと感想文を記入することになったのだ。
くそ、あの女上司マジ許さん。
俺は上司の不満をひとり呟きながら、段ボールの中から家事ロボットを取り出す。
見た目はかなりシンプルで、立方体2つを頭と体に、直方体4つをそれぞれ手足にくっつけただけ。
目は丸く、口は直線、手の先は視力検査のマークの形なっている。
ロボットを細かく観察していると、突然目が光りだした。
頭と手がくるくると回転して、止まる。
それを見て、もう少しロボット感をなくしたほうが良いとアンケートに書くことに決めた。
とりあえず何が何だかわからないため、説明書を読んでみる。
このロボットは家事について何も知りません。
あなたがこのロボットに家事を教えてあげましょう。
マジか。
家事ロボットなのに家事を知らないとかどんなロボットだよ。
またレビューに書く不満が一つ増えた。
とりあえず簡単に作れる焼きそばの作り方でも教えるか。
「じゃあロボット。俺が焼きそばの作り方教えてやるから、こっちで見てろ」
ロボットメモを手にして横に来る。
俺は5分ほどでおいしそうなソースの香りがする焼きそばを完成させた。
これは小さいころ母がよく作ってくれたもので今でも俺の好物だ。
ロボットは律儀にメモを取り、確認していた。
「それじゃ、ちょっと洗濯物取り込んでくるから、今俺がやった通りに作ってみてくれ」
10分後、テーブルの上には真っ黒な焼きそばが並べられていた。
「おい、どうやったらこんなになるんだよ」
ロボットにも感情があるのだろうか。
役に立てなかったことを悲しむような表情をしたように見えた。
「しょうがない。明日もう一回練習しよう」
俺は2つの焼きそばをのどに押し込む。
ロボットが作った焼きそばは焦げた味しかしなかった。
その後も皿の洗い方、洗濯の仕方、衣類のたたみ方、掃除の仕方など一般的な家事をすべて教えた。
しかしロボットは何一つまともにこなすことはできなかった。
皿は割るし、洗濯機は壊すし、衣類は破くし、掃除機で何もかも吸い込むし。
失敗するたびにロボットは悲しい顔をした。
正直、表情の変化なんてよくわからないし、ロボットに感情があるなんて思っていない。
しかし、なぜか俺には悲しんでいるように見えた。
次の日も、そのまた次の日も俺はロボットに家事を教えたが、それでもロボットは教えたことをそのままこなすことができなかった。
俺は徐々にそんなロボットに苛立ちを覚えた。
次の日、俺は仕事で大きなミスをして、雨の中迷惑をかけたすべての取引先に謝罪をしに行った。
全てを回り終えた時、すでにあたりは暗く、あたりには誰の姿もない。
くそっ。
近くに落ちていた空き缶をぐちょぐちょになった靴で蹴飛ばす。
空き缶の音は雨の音でかき消され、どこか見えない場所へと転がっていった。
一日中歩き回り棒のようになった足を引きずって、ようやく家に着いた。
今日はもう早く寝たい。
中に入ると、そこには思わぬ光景が広がっていた。
テーブルには黒焦げになった大量の焼きそば。
リビングにはぐちゃぐちゃに広げられた衣服。
「出ていけ」
久しぶりに大声を上げた気がする。
ロボットはゆっくりと家から出ていった。
俺は濡れた服のままソファーに横になり、目を閉じる。
雨音に耳を傾けていると、すぐに眠ってしまっていた。
夢を見た。
そこには、メモを見ながら焼きそばを作るロボットの姿があった。
何度も何度も失敗を繰り返して、ようやく教えてもらった通りの焼きそばが出来上がる。
それをいつまでもロボットはうれしそうな表情で眺めていた。
カーテン越しに差し込む光を受け、目が覚める。
昨日の雨が嘘のようにいい天気で、太陽が部屋を照らす。
眠たい目をこすりあたりを見回すと、昨日とは違った光景が広がっていた。
黒焦げになった大量の焼きそばの中に、一つだけ召し上がれとメッセージが添えられた美味しそうな焼きそばを見つけた。
しわしわになった衣服のそばに、きれいにたたんで積まれた衣服を見つけた。
そうだ、俺は疲れていて何も見えていなかった。
これでは完全に八つ当たりだ。
ロボットの努力を何も知らないで追い出した。
ロボットのやさしさを何も受け取らずに追い出した。
出て行けといったとき、ロボットは何を思っただろう。
俺はロボットの作った焼きそばをすべてのどに押し込み、家を出る。
どこだ。
水たまりを踏みつけて全力で走る。
すぐにロボットに謝罪と感謝を伝えたい。
焼きそばをほめてやれなくてごめん。
服たたんでくれてありがとう。
息が切れても、またすぐに走り出す。
そしてようやく見つけた。
ロボットの足取りは遅く、かろうじて動いているように見えた。
雨に打たれて機械が壊れかけているのだろう。
そんな姿を見てさらに胸が苦しくなる。
「ごめん。お前の努力、やさしさに気づいてやれなくてごめん」
するとロボットはゆっくりとこちらを振り返り、俺の顔を見て微笑んだ。
そして堅い体で俺を抱きしめた。
次の日、ロボットは回収業者に引き取られていった。
いつの間にか2週間が過ぎていたようで、アンケートと感想文はもちろんかけていない。
ロボットのいない、きれいに片付いた部屋を見て少し寂しく感じた。
アンケートには辛口の評価を書こう。
星は1つ。
家事は最初からできたほうが良い、もっと覚えが早いようにしたほうが良い、手先を器用にするといい。
不満はたくさんありすぎて書いても書ききれない。
だが、感想文に書くロボットとの思い出はもっと書ききれなくて、枠を大きくはみ出した。
ようやく書き終え背伸びをする。
思い出を書きすぎて指がいたい。
いつの間にかかなりの時間が立っていたようでお腹もペコペコだ。
俺は冷蔵庫を開ける。
そこにはロボットが回収される間際に作った焼きそばが大量に入っていた。
そこから一つ取り出し、電子レンジで温めてから頬張る。
「おいしい」
その焼きそばは俺が作るものよりも美味しくて、自然と笑顔になった。
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