本当らしくないな、と私は思った。
翌朝。寝ぼけた頭で携帯を持ち上げる。
この前みたいに、腕枕なんかはされていないし、私から抱きついたりはしていない。まだ二日目だから、慣れたと言うつもりも無いけど……。
隣にある、鏡を見ている気分になってくる顔を眺めて、また天井を見る。
「……」
時刻は5時より前。普段はもう少し遅くに起きるが、どうも早起きしてしまったみたいだ。
……む、通知が入ってる。ああ、立山さんからか。原稿が出来たらしい。深夜中にでも完成させたのかな。どれ、朝まで時間があるし、ちょっと読んでみようかな。
「……」
「すぅ……」
斜め読みすれば、書かれている内容は、事実とはかなり異なる記述となっているが私達の事に関して語られているのが分かる。大まかには希望通りの具合で。
時間も余ってるし、ゆっくり、一行ずつ読んでいくか。
『犬猿の仲で知られる双子、遂に!』
『長い夏休みも明け、クラスメイトの変わった雰囲気を感じ取る人は、そう少なくないだろう。肌が焼けていたり、髪を切りイメージチェンジを図った者も居る。そんな中、一際大きな注目を集めているのが、玉川氏二名である』
『私たちの目が離れた隙に、なんと彼らは──』
『どの様にして、玉川明氏と玉川明一氏は、一心同体とも言える関係を築いたのだろうか? ──」
『本人の意向により、SNSアプリ上のテキストでのやり取りにのみ限られたが、詳しい話を聞く事に成功し──』
『まるでフィクションの様な、二人にとっての二度目の出会いは──』
『しかし気になるのが、あくまでも双子という枠に収まった関係なのだろうかという点であり──』
『双子の様子をほぼ毎日見ているクラスメイトに話を聞けば、「アレはどう見てもで──』
電源ボタンを押す。
画面が暗転する。
携帯を静かに置く。
深呼吸する。
「すう……」
「……」
「んうううううっ……!」 「ぬごおおおおおっ!?」
……あ、ごめん。
・
・
・
「ごめん」
「今回はわりと十割がた明の所為」
「うん」
「それも二日連続」
「はい」
「その上、拳で的確に胸を打ち抜くと来た」
「……」
「でも気持ちはよく分かる……!」
分かってくれるか!
「分かるでしょ! なんなのこの、この……この!」
「もう黒歴史でしかない……。思わず握り拳を固めて振り下ろすのもよく分かる!」
しかも下世話が過ぎる! 私が検閲するまでもなく横線が引かれるべき表現が当然の様に書かれてる! これじゃあまるで……、あー……これは辞めておこう。
「これはもう……普段の明以上に変態的で下世話だな……」
「んえ」
変な声出た。いや、言わないでよ。考えないでおいた意味が無いじゃないか。と言うか何故“普段の”っていう形容詞を加えた。それじゃ四六時中変態みたいじゃん。
不満を隠さないまま明一を足で蹴る。
「痛いが、本当にこれで読者ウケが良くなるのか?」
「流すな。……まあ、ウケるんだろうなあ」
最近の学生は、なんというか、こういう物に目敏いというか、そう言う事にしたがるというか。
と言うと年寄りの愚痴っぽいが、クラスメイトの雰囲気や全体的な趣向が実際そうなのだ。こう、ゴシップ記事が生えてきたら、明日にはその話題が一日中語られるぐらい。
……まあ、あの内容で私達への被害が無くなるなら信じよう。
・
・
・
その日の朝、おっかなびっくりと言う風に学校へ行ってみるが、よくよく考えてみれば朝一番から記事の内容が知れ渡っている訳が無かった。
記事の内容に関してはOKを出したし、そう遠くない頃には記事が出回るはずなのだが。
「────、──────」
「──────」
で、記事が出てさえもいないという事は、つまり状況は昨日と変わらないという訳で……。ああ、静かな学校生活を期待した私がバカだった。仕方ないから、腕ごと机に突っ伏して、両腕で頭を覆う様にする。そうすることで、周囲からの干渉を遮断する。
まあつまりは机に伏せて寝込んでいる状態だ。
無言の姿勢を貫けば、多少は諦めてくれる筈。諦めない人は、逆に私以上に人の事を察せない人だと思う。陽キャとはつまりコミュニケーション能力に長けている訳じゃないのだ。だからさっさと私の意思を察して帰って。ホントに。
……そう願いつつ机の匂いを嗅いでいると、気配が遠くなってきた。ちらっと目線を上げてみると、他の人たちは各々の縄張りに戻っていた。
「はあ……」
良かった、人の気持ちが分からない人なんて居なかったんだ。小さく溜息を付いて、明一の方を見る。彼の方も落ち着いた様だが、まだ鎖国している。
ホームルームもそろそろかなあ、と思って教室の入り口の方を見る。まだ担任は来ていない。代わりに何人かの生徒が入り口脇で立ち話をしてい……うん?
「えっと……」
「……」
入口から顔をだして、部屋を見渡す女子が一人いる。しかも、昨日も見た顔。例の相談を持ち掛けた人だ。
まさか、私達に会いに来た? しばらく様子を見てみるが、他の誰かと会話を始める事は無く、目をあちらこちらと向けている。
……それとなく、こっちから迎えてみるか。うー、めんどうくさい。
「んー……あ、玉川さん!」
「はい、おはよう」
「あ、はい、おはようございます……」
苗字で呼ばれて、後ろで明一が振り向く。まだ鎖国していたっぽいが、苗字に反応してくれて良かった。そっちも来てくれると都合が良い。……と思ったけど、なんだか明一から凄いオーラが出てる。
「……おはよう。昨日の答えか」
うわあ、見るからに不機嫌。ほら、女子も怖がってるじゃないか。
「えっと……また放課後出直した方が良いですかね?」
やっぱり怯えてるよ。あーあ、明一の所為だ。
「明一、顔がとっても不機嫌だよ。人が怯えるオーラが出てる」
「む、俺もか?」
「も? ……あ、私も結構不機嫌な顔してたかも」
「してるぞ」
「あーやっぱり」
「……えっと?」
っと、私たちを目的に来てくれた女子を放置するわけには行かないな。
「ごめん。昨日の話の続きだったよね。どうだったの?」
「あ、はい。一応、言われた通りに謝って、返事も貰ったんですけど……」
「うん」
「その、答えって言うのが……」
「うん」
「……“趣味も性格も合わないから”との事です」
……趣味? 性格?
なんだその理由。付き合ってる男女の別れ文句みたいだ。確かに、何もかも共感出来ない人と共同生活するのは大変かもしれないけど。
「えっと、それ以上は聞けなかったです。関係もまだ元通りになったとは……」
「そっか」
それが理由で距離を離したっていうんなら、仲直りをする意味もあんまり無いんじゃないかなあ。無理に趣味を合わせるってのも違うし。
でも、だからと言って諦めろって言うのも多分違う。人間関係の面倒な所だ。それに仲直りしたいって相談されたんだから、少なくともそれを実現させないと。
……って、なんで私達はこんな真面目に考えてあげてるんだろう。
もうわかんないし、あとでまた考えようか。
「ホームルームも近いし、また後でね」
「あ、はい……。わかりました、それじゃあ」
「うん」
「じゃあ」
……うわ、また注目されてる。なんかもう、やだ。帰りたい。いや帰らないけど。
本当はこう言うの、性に合わない筈なんだけどな。相談されたからには、とは言ったけど、中々難しい問題だ。そもそも彼女の姉さんという人物は、何を思ってその様な言葉を言い放ったのだろうか。
一時の気の迷いと言うのなら、謝罪の時点で事は終わってる筈だ。なら……。
む、メッセージの通知だ。
『C組の鳴海さんに相談を受けているって言うのは本当ですか?』
『はい』
よし終わり。そういえば名前は聞いてなかったけど、その名前が出たんならそうなのだろう。それは兎に角、彼には一刻も早く記事を広めて欲しいのだが。
『コンマ秒で返信されることってあるんですね』
『既読無視よりも傷つきますけど』
うええ、携帯がピロンピロン鳴ってる。ここまで騒がしい携帯は初めてだ。通知設定弄ろうかな。
放課後、彼女に会う機会があれば、姉の人となりや、姉の言う趣味や性格を聞いておきたい。
客観的な助言や、役立つかは知らないが主観的な意見も出せる筈。勿論、話したく無いと言われたら尊重するが。
それをやって、結果を聞いて、もしダメだったとしても……私たちの仕事はそれで最後にしよう。
『今度は未読無視ですか? 見ているのは分かっているのですよ!』
まずは携帯をマナーモードにしておくか。ホームルームも始まるし。
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