1対4の雪合戦



 結局タトリとシルディニア様の関係は不明なまま、着替えを済ませたお嬢達と合流することになった。


「さぁて、思いきり遊び尽くすわよ!」

「おぉ~!」


 一面雪景色が広がっている屋敷の庭で、お嬢の高らかな宣言にリリスが和やかに相づちを打つ。

 意気揚々と盛り上がる二人を微笑ましく思う中、隣にいるタトリに袖を引かれる。


「先輩。ユキアソビって何をすればいいんっすか?」

「あぁそっか、タトリは分からないよな。まぁ俺もそんなに詳しい方じゃないんだけど……」

「伊鞘君の家庭環境なら咄嗟に浮かばないのも無理もありませんね」


 未経験故に首を傾げる俺の呟きに、サクラが苦笑しながら答えてくれた。


「雪玉を投げ合う雪合戦、かまくらや雪像作りが主に当てはまりますね」

「ほえ~なんか思ったより手間が掛からなさそうっすね」

「本邸の方では簡易スキー場やスケートリンクもあったりして、スノースポーツを満喫することもできるんですよ」

「公爵家すげぇ……」


 そんな自宅にプール付けるみたいな感覚で、スキー場とか作ってたんだ。

 確かに夏休みで公爵家の本邸に行った時、庭というか敷地面積はそれらを作った上でも余裕がありそうだった。

 

 来たる年末年始はその本邸で過ごす予定なので、もしかしたら体験する機会があるかもしれない。

 例年と違うイベントに期待しつつ、全員で何から始めようか相談した結果……。


「──じゃ、イサヤ一人、あたし達四人に分かれて雪合戦ね!」

「待て待て待て待て!」


 当然のように告げられたチーム分けに困惑を抑えられず、声を荒げながら待ったを掛けた。

 なんだその某パーティーゲームで見るような分かれ方は。

 唐突に呼び止められらたお嬢は、何が不満なのと言いたげにジト目を浮かべる。

 

「普通にチームを分けたら、S級冒険者のアンタと組んだ途端に勝ち確じゃない。そんな分かりきった結果より、四人掛かりでも挑んだ方が面白いでしょ?」

「集中砲火を浴びせられる身としては面白くないんだけど……」

「ただでさえかよわい乙女を相手にするんだから、ハンデくらい甘んじて受けなさい」

「……はい」


 否定できる要素がないため反論できないまま、引き下がるほか無かった。

 A級冒険者と魔王の血族が居る時点で、かよわいの評価に当てはまるのかは若干引っ掛かったが。

 それを口に出したら火を見ることは明らかなので黙っておこう。


「よぉ~し。それじゃどうやっていっくんに勝てばいいと思う~?」

「魔法無しであの反応速度ですから、むやみに数を投げても意味が無いでしょうね」

「むしろ隙間を縫って投げ返して来そうじゃない?」

「サクラちゃんとエリちゃんの言うとおりっす。適当に投げても先輩には掠りもしないっすよ」

「作戦会議するにしてもせめて人に聞こえないようにしてくれない?」


 筒抜けというか明け透けにも程がある。

 まぁ影でこそこそされるよりマシかもしれないけど。


「であればフェアリンさんが伊鞘君を監視して、その行動を逐一私達に伝えるというのはどうでしょう?」

「なるほど。回避先に投げていけば、当てられる確率は高くなるわね」


 いや内容えげつな。

 逃げ場を無くして袋小路に追い詰めてからトドメ刺すようなものじゃん。

 いくらS級冒険者相手だからって、たかが雪合戦でそこまでガチの作戦出すの?


 ハンデ付きでもなお油断しない彼女達の作戦会議に戦いていると、タトリが申し訳なさそうな顔をしながら挙手をする。


「いい線だとは思いますけど、残念ながら先輩にその作戦は通用しないっす」

「えぇ~どうしてぇ~?」


 名案だと褒めつつも策が使えないと口にする後輩に、リリスは疑問符を浮かべながら聞き返す。

 

「簡単な話っす。まず先輩の動きにタトリの目が追い付かないからっすよ」

「それは思考を読む間がないという意味でしょうか? ですが魔法が使えない今なら容易では……?」

「間違ってはないっすけど、正確には読み切れないって感じっすね」

「あぁ分かった。ならこの作戦は使えないわね」

「ほえぇ~エリナ様、タトちゃんが何を言いたいのか分かっちゃったんですかぁ~?」


 さすがお嬢、あれだけでタトリが言わんとすることを悟ったようだ。

 未だに理解が及ばないリリスに、彼女は顎に手を当てながら答えを明かす。


「純粋にタトリの思考を読む早さよりイサヤの反応速度が上だからよ。じゃんけんで例えるならパーを出すと読んでチョキで返そうとするけど、直前にグーに替えられちゃってそのまま負けるってところかしら」

「うぇぇ~そんなのアリなんですかぁ!?」


 分かり易い例で理解できたリリスが驚嘆の声を上げる。

 若干後出しっぽいが、ぽんの後で替えたワケじゃないので一応セーフだ。 


「他のS級冒険者もそうっすけど、特に戦闘中の先輩は思考スピードが尋常じゃないくらい早いんすよ。思考を読んでの対処に対処されるっていうか、絶対に先手が取れない気持ち悪さがあるっす……」

「相手の思考を読める能力は先読みとしては有力だけど、同時にそのプロセスを挟む都合上、どうしても自分から後手に回ってしまう不利も被ることになるの。秒で形勢が傾く戦闘や競技へ持ち込むには、この子じゃまだ練度不足ってところね」

「あーっ! いくら事実でも言っちゃいけないことってあるっすからね!? そもそもタトリは魔法職だし、近接系の先輩は苦手な相手なんだからしょーがないじゃないっすか!」


 お嬢の容赦ない総評にタトリが涙目になって言い返すも、その中身は半ば言い訳染みているため反撃としては弱かった。

 まぁでもお嬢の言ったことは、まさにそのまま後輩の弱点でもある。

 読んだ思考が真実だという先入観があり、それを逆手に取ったブラフに過去幾度となく引っ掛かった例は枚挙にいとまが無い。


 とはいえ大半の人は思考をブラフに使えないし、何より思考を読めると把握していなければできない芸当だ。

 よほどの上澄み相手でなければ、早々に遅れを取ることはない。


 むしろその弱点さえ克服できたなら、タトリのS級昇格はそう遠くないと思っている。


 なんて期待を抱いていると、リリスは何やら感心したような、どこか疑惑の眼差しで俺を見つめていた。


「すごぉ~い。いっくん、ホントに地球人? 人間辞めてなぁい?」

「それはタトリも百回くらい疑ったっすけど、信じられないことに紛う事なき人間っす」

「十代でS級冒険者になるようなヤツが、普通の人間なワケないじゃない」

「君ら言いたい放題だな……」


 生活のために必死に頑張った結果なのに酷い言い草だ。

 でもS級昇格時にもバーディスさんから似たようなこと言われた記憶がある。

 

 さて、タトリの目が利用できないと分かった今、お嬢達はどんな作戦で来るのやら……。


 そう思案したのと同じタイミングで、目の前に拳サイズの雪玉が飛んで来た。


「うわっ!?」


 咄嗟に首を曲げて躱すが、唐突な攻撃にいくらか驚きを隠せない。

 一体誰が……そう思ってお嬢達の方へ見ると、いつの間にか話し込んでいたはずの三人の両手に、さっきと同じ大きさの雪玉が握られている。

 さらに彼女たちの背後を見やれば、こんもりと積まれた雪玉の小山が出来上がってた。


 その小山を築いていたのは、今もなおせっせと雪玉を作り続けているサクラである。

 さっきから会話に参加してないと思ったら、お嬢達の影で玉を作り続けていたようだ。


 対する俺は三人の話に耳を傾けていたので雪玉一つも作れていない。

 だってまだ開始の合図されてなかったし……なんて言い訳は心の中で留められた。

 何故なら先の一投で雪合戦は始まっているのだから。


「それぇ~!」

「どんどん投げていくわよー!」

「今まで模擬戦でボッコボコにされた屈辱、ここで晴らしてやるっすー!」

「うわああああっっ!?」


 次々と投げ続けられる雪玉を躱すのに精一杯で、反撃用の雪玉を作る余裕がない。

 なるほど、当てられないにしても雪玉を作らせないことで、負ける可能性を極力減らしたワケか。

 これチーム分けの段階で既に決めてたな……さっきの会議も本命を隠すためのフェイクだったのだろう。

 もちろんそっちが通用しても良かったかもしれないが、どのみち雪合戦前に俺を追い詰める準備はできていたことになる。


 ただの雪遊びなのにガチすぎない?


「こんの、動揺してる割には涼しい避けっぷりね!」

「なんでこんなに投げてるのに当たらないのぉ~?」

「先輩! 今からでもそこから一歩も動かないようにして下さいっす!」

「無茶言うな!」


 遊びなんだから別に負けても構わないけれど、こうも本気で挑まれる空気でわざと当たって負けるのは後が怖い。

 特にお嬢とか手加減されたら怒りそうだ。

 しかしこれだけ猛攻が続けられては勝つことも難しい……そこまで考えた瞬間、不意に足が滑った。


「あ」


 何もおかしなことじゃない。

 雪合戦なんだから足下は雪で埋め尽くされている。

 それを足場にいつもと変わらない回避行動を続けていれば、踏み固まった雪で滑りやすくなるのは当然だ。


 ただこのタイミングで転ぶと、必然的に俺の動きは止まることになり……。


「よし狙い通りよ! 投げなさい!」

「らじゃ~!」

「卑怯なんて言いっこなしっすよ、先輩!」

「ごめんなさい、伊鞘君!」

「ちょ、ま──」


 結果、女子四人から投げ放たれた雪玉が全身にヒットするのだった。


 当たった雪玉は地味に痛かったです。


 

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