第8話 バイト先のクソDQN
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「あの、両面テープってどこかしら?」
缶ビールの品出しをしていると、年配の女性に声を掛けられた。
僕は「はい。こちらですよ」と笑顔で返し、女性を文具コーナーへと案内。
感謝の言葉に謙遜で応えると、再び品出しの仕事へと戻る。
僕が地元のスーパーマーケットでアルバイトを始めたのは、かれこれ一年も前だ。 入ったばかりの頃は商品の場所も分からず、お客様の要求に応えられないときもあったけれど、今はそんなことはない。
商品棚のレイアウトは全て頭に入っているし、その棚に何が揃っているかもほぼ完璧だ。
両面テープくらいだったら目を瞑っていたって案内できるっていうのは嘘だけど、まあ、それくらい仕事には慣れているということだ。
まあ嫌な奴もいるけれど、全ては秋葉原での至福のひと時のためである。
「よし」
ビールの品出しを終えた僕は段ボールを畳むと、カゴ台車に縦に並べる。
そのカゴ台車を手にしてバックヤードの入り口で売り場に一礼すると、奥へと入った。
カゴ台車を片付け、荷物の乗ったもう一台のカゴ台車を手に取る。
そのとき、背後に人の気配を感じた。
次の瞬間、首に回される誰かの手。
「須藤君、げ~んき?」
同じ高校二年生だけど学校は違う、僕にDQN認定されている嫌な奴だ。
ムンっと漂ってくる魚の匂い。
バックヤードで働く滝の今日の担当は鮮魚らしい。
魚汁の付いた作業着を着たまま首に抱きつくとはどういう神経しているんだと、僕は憤りを覚えるけど、それを態度に出すことはない。
DQNという生き物は、弱者と見ている人間に反抗的な態度を取られると、往々にして逆切れするものなのだ。
「仕事中なんだけど。滝君もじゃないの?」
「これも仕事の内。そういえば聞きたかったんだけどさぁ、聞いていい?」
早く聞けよ。そして離れろ、このクズ。
僕は粘着質な声を出す滝に心の罵声をぶつける。
「何を?」
「《絶対魔法少女ミルティー》のさ、ぷっ、《アチラの世界》の四人組の名前教えてくんない?」
また始まったか。
滝はこうやって、顔を合わせれば僕をからかってくる。
相手などしたくはないけれど、無視して怒らせるのは得策ではない。
オタク=格下と認定しているDQNなら猶更だ。なので僕はめんどくさそうに返事する。
「なんで?」
「いいじゃん、別に。知りたいから」
「別に僕が教えなくても、スマホで調べれば出てくるよ」
「いいから教えろってっ」
滝の至近距離からの怒声に僕はビビる。
「ミルティー・サンドラ、ミルティー・ハーベイ、ミルティー・キュアライン、ミルティー・レオンハート」
淀みなく答えた僕に無言で呼吸のみを繰り返す滝。
吐かれる息は脂臭く、それは魚の匂いと合わさって吐きそうになるほどの不快感を生じさせた。
「キモ」
やがて滝は、唾を吐き捨てるかのように言うと僕から離れる。
「じゃ、仕事戻るから」
蔑むような視線を送る滝に背を見せる僕。
こんな奴とは一刻も早く離れたい。
なのに頭の悪いDQN男はまだ言いたいことがあるのか、「待てよ。アニメオタク」と呼び止めた。
「何?」
「お、振り返った。やっぱり須藤君、アニメオタクなんだ。ま、それはいいとしてさ。先週レジに入った小峰さん、めっちゃ美人じゃね?」
「そうなんだ。僕はよく知らないけど」
「美人な上におっぱいも大きくてさ。あれはFカップはあると見た。そう思わね?」
「いや、だからその女性をよく知らないから」
「多分、年上だな。大人の女性ってやつ? 色気も半端ねーし。よっしゃ、決めた」
何をだよ。
言葉のキャッチボールがろくにできないクソDQNの、決めた何かを待ってやる僕。
滝が黄ばんだ歯を見せる。
「小峰さんは俺がものにする。Fカップは俺のもんだっ」
卑猥な決意表明を声高に叫ぶ滝。
そんな金髪クソ野郎は舌なめずりをしながら胸を揉むような仕草をしたのち、ガニ股で鮮魚コーナーのほうへと歩いていった。
緊張から解き放たれた僕は大きく深呼吸する。
制服のワイシャツの襟元を引っ張って鼻を近づけると、やはりというか魚の匂いがこびりついていた。
「くそ。なんなんだよお前。クリーニング代払えよな」
僕は後ろ姿の滝に小声で悪態を吐くと、カゴ台車をつかんで売り場へと急いだ。
ちなみに滝の言っていた小峰さんとは帰りに休憩室で会った。
会ったといってもお茶を飲みにいったときに、椅子に座っている彼女を見かけただけである。
ネームプレートに【小峰】と書いてあったのだ。
そして僕は確かに聞いた。
テーブルを囲んでアルバイト仲間といた彼女がこう口にしたのを。
「あの金髪、私の胸を嫌らしい目つきで見るんだよね。視姦罪で訴えよっかな」
おい、滝。お前、嫌われてるぞ。
ざまあみろ。バーカ。
取り敢えず滝の野望が早速打ち砕かれたことに、僕は心中でガッツポーズを決めた。
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