僕はリュックサックからポスターを出したりはしない

真賀田デニム

第一章 僕の好きな、でも知らないキミ

第1話 僕はオタク


  ~プロローグ~


 神なんてものはこれっぽっちも信じちゃいない。

 けど、神が示す力じゃなかったら一体なんなんだって思うことはある。

 でもそれは、僕みたいなスクールカーストの底辺にいるような背景キャラには全く縁のない話。

 少なくとも僕はそう思っていた。

 

 僕には奇跡どころか劇的なことだって、今後一切起きることなんてないと。

 

 平凡な奴の人生に光が差して、一つの読むに耐え得る物語ができるなんてあるわけがないんだと。

 

 ――でも。



「あの、今度となりの三〇五号室に引っ越してきたキセっていいます」

 


 六月の初旬にしてはやけに暑かったその日。

 梅雨を知らせる黒南風くろはえがまだ遠くにあったその日曜日。


 僕は奇跡を知った。



 1


 放課後のホームルームが終わると、にわかにクラスが活気づく。

 勉学という抑圧から解放されればどこのクラスだってこんなものだろう。

 ちなみにそのあとの選択肢は部活か帰宅の二択だけど、僕は後者だった。

 

 理由は、部活こそが青春とか言っている奴らへの対抗心。

 ――なんかじゃなくって、バイトでお金を稼ぐためというごくごくありふれた理由。

 そこに青春はあるのかい? と問われれば返答に窮するところだけど、稼いだお金が僕を満たしてくれるなら、そんな青春はいらない。

 

 いや待てよ。

 青春は広義の意味で確か、若く元気な時代だったはず。

 ならば僕は青春してるってことになる。

 青春、ばんざい。

 

 なんて結論に行き着いたところで、その囁くような声は聞こえた。


「漆黒の王バハトュスート三世よ、今こそ我と結びし烙印の契約を果たせ。はああぁ、爆ぜろ、カースト上位共っ、晦冥の四重奏ダークネス・カルテットッ!」

 

 東山西高校、二年三組。

 つまり僕が勉学に勤しんでいる教室で、となりに立つ伸之のぶゆきが右手の人差し指と中指を上げる。

 

 対象はスクールカースト上位の男子達で、終業チャイムと同時に合コン談義を始めた鼻持ちならない連中だ。

 当然のことながら爆発しなかったイケメン男子達は、やがて爽やかオーラを発散させながら教室を出ていった。


「ほっとけよ。向こうがこっちに無関心なのに、そんなことしても虚しいだけだぞ」


「いんや、念を込めて繰り返せばいつか爆発するはずだ、うん」


「だったらそれよりも、もっと大きな声を出したほうがいいんじゃないのか?」


「いや聞こえたら俺殺されっから。《メモリーズ・オン~あの夏の恋を追いかけて~》のトュルーエンディング迎えてないのに、まだ死にたくねっての」


「そんな理由かよ」

 

 十文字じゅうもんじ伸之は、親友とは呼びたくないけれど多分周囲からはそう思われているであろう、僕の友達だ。

 中学のときに同じクラスになって、お互いアニメ好きということで意気投合したのがきっかけであり、要するに同好の士である。

 

 同好の士。そこまではいい。

 でもここだけの話、伸之と同じオタクカテゴリーには入れてほしくはない。

 

 僕が、《オタクであることに若干の恥じらいの気持ちを抱きつつも、アニメが好きなんだからしょうがないじゃんか》という消極的なスタンスだとすれば、伸之は《アニメオタクですけど、何か?》という積極的なスタンスだからだ。

 

 まあ、そのスタンスの七十パーセントは、オタクじゃなくてもオタクだと思われるピザデブ体型という外見にあるのだけど。

 そんなザ・オタクが学校の玄関を出たところで僕に云う。


「いっちゃん。えっと……あー、明日は《にくきゅーフレンズ》、いくん?」


「そうだけど。……なに?」

 

 奥歯に物が挟まったような聞き方をする伸之。

 実際、歯と歯の間に何か食べかすが挟まっているのはさて置き、どうにも気になる態度だ。伸之は寝ぐせのままの髪を掻きむしりながら先を続ける。


「いんや、そのーほら、明日ってさ、あれよ、あれ」


「あれってなんだよ?」


「いや、だからあれだよ。六月の九日って言ったらあの日だべ? フォレランの日だろ?」


「フォレラン……ああ、そうだったな」

 

 フォレランとは都内にある遊園地フォレストランドの略であり、そこでは六月、七月、九月にコスプレイベントが開かれていた。つまりフォレランの日とは、《フォレストランドで行われるコスプレイベントの日》という意味だ。


「いっちゃん、そのフォレランの日なんだけどさ、柑奈氏がどうしても一緒に――」


 そのとき僕は背後から人の気配を感じた。

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