18.鈍感
困った。
これでも長い付き合いだから分かるのだが、基本的に
例えば自分の話を聞いていなかったとか、はたまた約束を反故にしたとか、そういう「分かりやすい理由」であることはまずないと言っていい。
かといって、「髪型を変えたのに気が付いてくれない」とか「マニキュアを変えたのに気が付いてくれない」とか「ちょっと痩せたのに褒めてくれない」と言った、微妙な変化を読み解けなかったから怒る」というこれまたありがちなパターンすらも当てはまってくれないのだ。
そして、
バレンタインデーが近くなっていることを示唆したときなんかそうだ。彼女からすればそれを聞いた瑠壱に「智花はどうするんだ?」と聞いてほしかったのだろう。
ただ、その時の瑠壱はといえばそんなことなど微塵も考えずに、翌日安売りになるチョコレートや、当日に色んな店が展開する気合の入ったバレンタインデー商戦について話を展開したものだから、すっかり不機嫌になってしまったのだ。
彼女からすれば瑠壱に聞かれた上で、はぐらかし、当日までそわそわさせたうえで渡したかったのではないかというのは
ちなみにこの感想は優姫にも言っていない。そんなことを言ったら「お兄はさあ、そんなんだからもてないんだよ、もったいないなぁ……」みたいなコメントを頂戴するはずなので、今でも胸の奥底にしまっている。
そんなわけで今回も智花は(瑠壱からすれば理不尽に)不機嫌に陥っているわけだが、一体何が気に入らなかったというのだろうか。
少なくとも、分かりやすい不機嫌ポイントは無かったような気がする。
むしろ友達申請をためらってヘタレ呼ばわりされたのだから、機嫌は良くなってもいいくらいではないのか。
それともヘタレな男が好きなのか。そんな特異な趣味をしているのか、智花は。
分からない。
いくら長い付き合いとはいえ、その「イラつきポイント」までは分からない。
こういう時はやはり、頭を下げてしまうのが一番いい。
と、いう訳で、
「なあ」
「なに?」
「なんかしたなら謝るよ、すまん」
軽く頭を下げる。それを見た智花は更に不機嫌オーラを拡大させ、
「自覚無いってのも大概ね」
とだけ呟いて、大きく一つため息をついて、
「あのね、その子は友達が欲しいんじゃないの?だったら、私が連絡先を聞いた子について聞いてきてもいいんじゃないの?相手は今でも山科のことを友達だと思ってるみたいよ?」
そういうことか。
やっと合点がいった。
確かに、瑠壱の行動はやや不自然だったといっていいかもしれない。友達を欲しがっている
ここ二人がお互いに連絡を取れないのは、相手が迷惑だと思うのではないかと勝手に自己完結しているからであって、その部分の誤解が取れれば、友達付き合いを再開させることに何ら障害はない。智花は瑠壱にそのアシストをするべきだと思っているのだ。
言いたいことは分かる。
だが、それで不機嫌になる理由が良く分からない。
確かに瑠壱はその橋渡し役を買って出なかった。
だが、それがなんだというのか。
もちろん、その根底には自らと沙智の関係性が薄くなってしまうのではないかと言う、端的に換言するなら「友達取られちゃうかも」というみみっちい考えがあったのは否定できないし、そのために気が付いていながらわざと無視したこともまた、否定は出来ない。
が、それはあくまで瑠壱の心の中で起こったことだ。
別に声に出して宣言したものではない。
だから智花の側からしてみれば「ただ気が付かなかっただけ」という捉え方だって出来るはずなのだ。それならば不機嫌になる理由はない。
つまり、智花は瑠壱が「わざと」無視した、と思い込んでいるのだ。
それならば話は簡単だ。
瑠壱は、
「そうか……そうだな。すまん、考えてなかったわ。連絡先のアカウントだけでどうしたらいいのかとか、そんなこと考えてたわ」
と釈明する。
これで意図的でないことは伝わったはずだ。
が、智花の不機嫌はほとんどぬぐわれずに、
「ふーん…………まあ、いいわ。ほら、友達申請でもなんでもしたらいいわよ」
といって画面をぐいっと見せつけてきた。
まいった。
これで駄目となると流石にお手上げだ。
智花の性格を考えると、ここで詳しく聞こうものなら逆鱗に触れる可能性が高い。
藪をつついて八岐大蛇が出てきてしまいかねない。その事態はなんとしても避けたい。
そんなわけで瑠壱は突き出された画面と、自らのスマートフォンを見比べた上で友達申請を飛ばした。これで沙智には「西園寺瑠壱」というアカウントから友達申請がいったことになる。
「あ」
「なによ」
「いや、なんでもない。すまん、ありがとな。申請、出来たよ」
「……ふん。どういたしまして」
鼻を鳴らしてスマートフォンをしまい込む智花。気が付いたのは何も彼女のことではない。
瑠壱のアカウント。そのアイコンは確か、『まちハレ』のヒロインのものだったのを記憶している。特にそれを見られて困る相手と友達になったことがないので、今の今まで忘れていた。
これで沙智がアニメのアの字も興味がない相手だったら、地雷原に足を踏み入れたことにもなりかねないが、相手は人気声優だ。アニメアイコンでドン引きするような完成は流石に持っていないはずだ。…………と、思いたい。
瑠壱がそんなことを考えていると、遠くから電子音が聞こえてくる。その方向に視線をやると、智花が端末を操作して、曲を入れていた。いつのまに。
「なんだ、歌うのか?」
智花は未だにややご機嫌斜めで、
「当たり前でしょ?ほらっ」
マイクを投げてよこす、
「おまっ……危ないだろ、投げたら」
「お、ナイスキャッチ。流石反射神経はいいね」
「褒める前にマイクを投げるな」
少しづつ、ほぐれていく。
そういえば、昔はこんな感じだった気がする。
一緒に学校に通い、一緒に下校し、時には一緒に晩御飯を食べ、一緒にお風呂に、
危ない危ない。
それ以上を思い出すのはやめよう。小学生の無知無関心と言うのはなんとも恐ろしいものだ。きっとその事実を智花に思い出させたら、またご機嫌が崩れてしまいそうだ。
やがて、部屋が暗くなる。遅れてちかり、ちかりと独特の照明が灯りだす。そして、
「ほら、これなら歌えるんでしょ?」
そう言って智花は画面を指さす。
その先には一つの曲名が映し出されていた。
“white memories”
ここ最近ですっかり存在感が増してきている曲だった。
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