chapter.3
14.期待
なんでも学園創立時から生えているもので、樹齢は優に百年を超える学園のシンボル的存在らしい。
中庭部分という立地の良さや、どこからでも確認出来る視認性の良さもあり、学生の間ではもっぱら待ち合わせの場所として用いられている。
もっとも、いくら樹齢が百年を超えていようが、シンボルとして扱われていようが、学生側からしたらただの目立つ木に他ならない。
しかも残念なことに、この木の下で告白したら上手くいく、などという伝説は一切なく、知っている限りでは、この木の下で告白したらクラスメートに見られ、噂を広げられ、酷い目にあったという、伝説もへったくれもないエピソードだけだった。
そして、今、
相手など説明するまでもない。
昼休み中にこの場所をメッセージアプリで指定してきたのだが、今になって思う。こちらからもっと目立たない場所を指定し直しておけば良かった。
先ほどから同級生が近くを通っては、こちらに視線を向け、瑠壱に気が付かれると露骨に視線を逸らし、足早に校門の方へと消えていっているのだ。
気になるのならば話を聞けばいいし、気が付かれたくないのならばこちらを見なければ良いだけの話だとは思うのだが、彼ら彼女らはどうもその中間を行きたがる。
要するに「話しかける勇気はないけどちょっと気になる」ということである。
実に宙ぶらりんな結論だが、その結果、彼ら彼女らは瑠壱の側からしてみればバレバレの視線を投げてよこし、気が付かれては敵前逃亡するヒット&アウェイ戦法を取っていくのだった。
ため息。
一躍時の人と化してしまった瑠壱だが、ため息の正体は実に半分以上がそのことについてではない。
一体、何が起こっているのか。
そして、これからどうなってしまうのか。
時はほんの数時間前まで巻き戻る。
◇
「…………どう、して」
「ん?」
ありえない。
真っ先に出てきた感情はそれだった。
瑠壱も“にわか”とはいえ、いっぱしの『まちハレ』ファンとしてその情報はつぶさに追い続けてきたつもりだ。だからこそ知っているのだが、件の主題歌“white memories”は実に扱いの難しい曲なのだ。
一応、CDの類は発売された。当時のレンタルショップに行けば、よほど在庫の乏しい店でなければ借りることもできたのではないかと思われるし、ストリーミング配信もされたにはされたのである。
が、それもほんの数か月だけだった。
ある日、小売店から、レンタルショップから、ストリーミングサービスから、ダウンロード販売から、全ての媒体から“white memories”が消え失せたのだ。
従って、今その曲を聴こうと思う場合、中古ショップを探し周り、既にプレミア化しているCDを買い求めるか、有志がアップロードしたものを違法を承知でダウンロードするか、カラオケ店で聞くかの三択しかないのが現状だった。
そして、そんな曲だからこそ、着うただの着メロといった類のものは無かったはずだし、ゲームやアニメのブルーレイやDVDにその手の音源がついたという話も覚えがない。
曲そのものをそのまま使用しているのであればまだ納得は行くのだが、今、
「さっきの、white memoriesですよね?」
そんな瑠壱の、ど真ん中直球の質問に千秋は、
「へぇ…………知ってるのか、君」
否定、しなかった。
千秋は続ける。
「そう。君の指摘する通り、これはwhite memoriesの」
「どうして、そんな音源、持ってるんですか?」
ありえない。
だって、それは“存在しないはず”だから。
千秋はさらりと、
「そうか……そういうことか」
と何かを納得し、口角を上げ、つかつかと瑠壱に歩み寄る。
近い。
目と鼻の先に千秋の顔があった。
「それを知りたければ……そうだな。今日……はちょっと都合が悪いから。明日の放課後にでも生徒会室に来てくれ。なあに、悪いようにはしない。代わりと言っては何だが、ちょっと手伝ってくれないか?別に生徒会役員にならなくってもいい。ヘルプみたいなものだと思ってくれて構わない。なんならちょっとした謝礼も出そう。それでどうだ?」
矢継ぎ早に情報を与えてくる。
そして、その間、彼女の視線は一度たりとも瑠壱の目から逸らされることが無かった。力強い瞳。一年次から生徒会長をつとめる学園一の有名人。それだけの大人物にふさわしい力を持っていた。だが、瑠壱はその中に確かに、
(…………期待?)
微かだ。
この至近距離でなければ。そして、これだけ長々と見つめあわなければ気が付けないに違いない。千秋の瞳にはかすかだが、“瑠壱に対する期待”が込められている。そんな気がした。
刹那。
千秋がふっと距離を取り、
「生徒会室の場所は分かるな?ノックして名乗ってくれれば大丈夫だ。もしかしたら私は不在かもしれないが……まあ
いいな?という言葉。
それは了承を得る、というよりも事実の確認の様だった。
まあいい。
瑠壱としても聞きたいことは山ほどある。
「分か……りました。明日の放課後、ですね?」
「そうだ。頼んだぞ」
千秋はそこまで語ると、「話は終わった」とばかりに
「例の件なのだが、引き続きよろしくお願いする。あまり、時間もないからな」
冠木は「分かった」と応じ、
「っていってもそんな余裕ないの?だって文化祭って秋でしょ?まだゴールデンウィークにすらなってないのに……」
千秋はさらりと、
「開催は秋だが、やろうとしていることを考えれば、これくらいから準備しておかねばならん。いつも通りの決まり切ったものではないのだからな」
瑠壱は思わず、
「文化祭……?」
千秋が瑠壱の方に視線を移し、一瞬はっとなるも、すぐに冷静を取り戻し、
「そうだ。知らないのか?今年は藤ヶ崎学園創立百周年なんだ。だから、学園祭も盛大にやろうと思っていてな。君も何かアイデアがあったら教えてくれると嬉しい」
白々しいと思った。
その言葉は全くの嘘偽りはないかもしれない。
事実今年で藤ヶ崎学園は百周年を迎えるはずだし、その年の学園祭に気合が入っていたとしても、何一つおかしくはない。
そう。何もおかしくはないのだ。
瑠壱だってもしかしたら疑いを持たなかったかもしれない。
その直前に見せた一瞬の動揺さえなければ。
間違いない。冠木との会話は学園祭に関する話だ。
そしてそれはこの時期から準備をしなければならないほど大掛かりなものであり、
「頭の固い連中」を上手く丸め込まなければならない内容なのだ。
一体何をしようとしているのか。
型破りで“外れ値”な生徒会長・
ただ、もし対抗馬がいたとしても、きっと波の人間では彼女の再選を阻止するのは難しかったはずである。
その理由は極めて簡単。彼女が断続的に学園で行われるイベントを改革してきたからだ。
毎年のように決まりきったことしかしてい来なかった体育祭や、強制参加の罰ゲームと化していた学園祭の模擬店なども、彼女の手にかかればちょっと面白いイベントに早変わりだ。
家の力も駆使し、学園のOBやOGの力も借り、無事に模擬店はプロ顔負けのものを、アマチュアドン引きの価格で提供するものと化したし、クラスでの出し物もかなり制約が緩くなったうえで、来場者による人気投票を行い、最優秀賞を獲得したクラスには賞金まで出る、という力の入りっぷりだ。
毎年学生の有志で行われていた後夜祭もめでたく公認(正確には教師が黙認するだけで非公認だったようだが)となり、大々的に開催されるようになったというのだ。
そんな改革を行ってきた千秋が「一学期から」「教師をも巻き込んで」やろうとしている百周年記念の学園祭。
興味が出た。
ただ、それはここで探りを入れても仕方の無いことだ。
なので、
「分かった。まあ、大したことは思いつかんと思うけどな」
相手の舞台に乗る。千秋はそれで満足し、冠木に向かって、
「うむ。それじゃ引き続きよろしく頼むぞ紫乃ちゃん」
とだけ告げて、消えるようにして学生相談室を後にする。冠木の、
「ん、分かった…………だから、
という抗議は無情にも、既に閉められた扉に遮られていた。
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