12.会長
針のむしろというのはこのことである。
その日、
その内容は様々だ。例えば
中には「で、やったのか?」と、清々しいくらいストレートに聞いてくるやつもいて、なかなかに面倒だったが、最終的にはほぼ全ての相手に「
もちろん、それで納得してくれるやつもいた。
が、そんなのはマイノリティ中のマイノリティであり、「自分だけいい思いしたいから隠してるんじゃないか」という、ありもしない妄想をぶつけてくる輩のほうが圧倒的に多かった。
正直なところ全くのお門違いだし、瑠壱からすればいい迷惑なのだが、人間の思考回路と言うのは実に都合よくできているようで、こちらの主張になど一切耳を貸してくれなかった。
結果として、半分くらいの相手とは会話が平行線を辿ったまま休み時間の終わりと言うタイムリミットまで千日手を続けることになってしまうのだった。
やがて、午前中を生き延び、命からがら学生相談室というオアシスに逃げ込むと、
「で?連絡先も交換してないってこと?ヘタレだねぇー」
思いっきりとどめを刺されてしまった。
良い機会だから覚えておくといい。オアシスの湖といえども、癒しとなるとは限らない。
時には人間にとって害となる物質が溶け込んでいて、渇きを癒そうとがぶ飲みしたら、そのままぽっくりお陀仏というパターンもあり得るのだ。
是非今後の教訓にしていただきたい。味方だと思っていた人間が突然後ろから刺してくるということも普通にあり得るのだ。敵は本能寺にいるのかもしれない。
瑠壱はため息をついて、
「ヘタレはないでしょう、ヘタレは。別に俺は聞きたいけど聞く勇気がないとか、そういう理由で聞きそびれたわけじゃないんですよ?タイミングを逸しただけというか」
「うん。それを世の中ではヘタレっていうんだよ、少年」
ざくっ。
完全にオーバーキル状態である。もうライフはゼロなのだ。連続攻撃をするのはやめていただきたい。
とはいえ、仕方のない側面もある。
瑠壱は割と「重要な部分」を一切
そして、月見里朱灯は瑠壱にとって尊敬の的であり、山科沙智には、
そう。
ひとつの事実を語れば芋づる式に、多くの事実を説明しなくてはならなくなる。
最初の内は問題ない。声優・月見里朱灯の正体に関しては伏せておくべきかもしれないが、それ以外の情報は語ることが出来る。
しかし、それだけではどうやっても「瑠壱が連絡先を聞きそびれる原因」にはならない。
そのため最終的には「ヘタレのレッテルを押される」か「心の奥底にくすぶり始めた感情を説明する」かの二択から選ぶしかないののである。
どちらも無傷では済まないが、どちらかといえば前者の方がましであり、結果として瑠壱はいつものようにヘタレ呼ばわりされているのであった。
ただ、いつものこととは言っても心に来るものはある。
瑠壱は決してヘタレではないし、冠木の言いがかりに過ぎないにしても、何度も言い続けられるのは精神衛生上よくない。と、いうか、仮にも養護教諭がそんなことを言うのはどうなのか。
「そういえば、なんだけど。紫乃ちゃん。ここに金髪の三年生が来たりしなかった?」
冠木は唐突な話題転換を「逃げたな」というひとことで総括したうえで、腕を組んで考え込み、
「うーん……?金髪の子はちょっと見てない……かなぁ。それがどうかしたの?」
「それがですね、」
するするっと語りだそうとして急ブレーキをかける。
冠木がいぶかしげな視線を向ける。
さあ、困った。今度こそ語れることが何もない。
沙智の連絡先欲しさに智花とデートすることになった、などと言おうものなら、どんなことになるか分かったものではない。
最低でも瑠壱を糾弾する意図を持った湿っぽい視線と、二股まがいのことをしようとしているという事実への罵倒は免れない。
いや、別に二股ではない。
ないのだが、それでは沙智の連絡先を知りたいという欲求の中に、恋愛という要素が一滴たりとも混じっていないかと言われればそれは嘘になるし、智花とのデートというフレーズに対して、マイナスの感情だけが渦巻いているのかと言えばこれもまた嘘になってしまう。
それなら、
「いや、うちのクラスに
苦しいといえば苦しい。
こんな嘘は智花に確認を取ればその時点で音を立てて崩れるハリボテの一夜城だ。
墨俣城だって、石垣山城だって実際に一夜で作り上げたわけでもないだろうに、こんなボロボロの防御でどうにかなるはずがない。
ただ、それは相手に突き崩す意思がある場合だ。
今回の場合、冠木にその意思が無かった。
「ふーん……なんでかはちょっと分からないけど、少なくともその子は見てないなぁ……山科もあれから顔を見てないしな」
棚から牡丹餅である。
沙智はまだここには顔を出していない。
にも拘らず智花は沙智の連絡先を知っているという。一体どこで手に入れたというのか。
顔の広い智花のことだ。伝手を辿れば最終的にはわらしべ長者よろしく沙智にたどり着く可能性もゼロではない。政治家だって友人の友人はアルカイダなのだから、それくらいのことはあってもまあ、不思議ではない。
もっとも、それも相手がその辺の
恐らく沙智は瑠壱以上に知り合いがいない。
一年次に声をかけてくれたという同級生だって、連絡先まで交換していたかは定かではない。
もし仮にしていたとしても、今なお律儀に登録したままになっているという保証はない。
滅多に使わないからという何とも無慈悲な理由で削除されていたとしたってなにもおかしくはない。
分からない。
一切の答えは闇の中である。
やはり本人から聞き出すしかないのだろうか。
あまり気乗りはしないが。
冠木の目が見開かれる。「あ」と呟いてから瑠壱に、
「もしかして、少年。山科になにか酷いことを」
その時だった。
コンコン。
ノックの、音が響いた。
昨日に引き続いての来訪者だ。
随分と珍しいこともあるものだ。瑠壱の記憶にある限りだと、一週間に一度訪問者がいればいい方のはずである。それが二日連続だ。雨でも降るんじゃないだろうか。
「はーい」
冠木が、扉の外に立っているはずの来訪者へと合図をする。遅れて扉がガラガラと音を立てて開き、一人の女子生徒が部屋の中へと足を踏み入れる。
「え」
その顔に、瑠壱は見覚えがあった。
いや、無いはずがない。
よほど記憶力が悪いか、始業式は必ず欠席するようにしているかのどちらかでなければ、その顔を知らないなどということはまずありえない。
「失礼します」
よく通る声。凛とした雰囲気。ぴんと伸びた背筋。
腰ほどまで伸びた長い長い黒髪は流れるような直線を描き、両サイドに細長い三つ編みを携え、その先にはやはり細長い白いリボンが縛ってある。
やや吊り上がった目は自我の強さを感じさせる。頭のてっぺんからつま先まで整いきったその見た目は、彼女の立場をより強固なものにしていることだろう。
「おー、
一年次秋から生徒会長をつとめ、今期で二期目に入る、学園一の有名人だった。
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