5.受付
「おぉ……」
外観はみすぼらしいの一言だったが、内観は意外とそうでもなかった。
と、いうか、割と綺麗だった。
チェーンのカラオケ店だから当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが、清掃もきっちり行き届いていたし、蛍光灯が切れているという部分も見える範囲では一切ない。
フリードリンク制となっているのか、フロントの一角にはドリンクバーコーナーが設けられており、その一番端っこには簡易的なソフトクリームを作る機械も備え付けられていた。
カウンターの奥にはキッチンらしき一角があり、これも小さいながらしっかりと稼働しているようだった。
と、
「いらっしゃい」
凄みのある声だった。
思わず声のする方を振り返ると、
「い゛っ゛!゛?゛」
大男だった。
受付カウンターの内側に、遠近法がくるってるのではないかとすら思う巨体がそびえたっていた。
正確な身長は分からない。ただ、瑠壱が背伸びしたうえで手を伸ばしても届かないであろう天井に、一つ間違えば頭をぶつけそうな気配すらあることから、少なくとも瑠壱よりも十センチ以上は高いと思われる。
ちなみに瑠壱の身長はといえば、ついこの間の健康診断で測ったときには百七十五センチだったはずなので、どんなに少なく見積もっても百八十五センチ。下手したら二メートルはあってもおかしくはなさそうだ。
スキンヘッドにサングラスといういでたちは、カラオケ店の店長というよりは、どこぞのマフィアの構成員という方がしっくりくるし、丸太のような二の腕には入れ墨まである。
Tシャツ、ジーパンに店のエプロンという。非常にシンプルな服装なのだが、エプロンだけサイズが無いのか、体にびっちりと張り付いた状態になっている。
そして、その胸元には「
本人が自分の意思でつけたものではないのは分かってはいるのだが、とてもではないが、容姿にマッチしているとは言い難かった。
そんな一見すると近寄りがたい男に、
「お久しぶりです、店長」
店長は「うむ」とこれまた低い声で応じて、
「しばらく見ないと思ったら、男が出来たのか」
沙智は手をぶんぶんと振って否定し、
「ち、違いますよ!友達です、友達。ね?」
同意を求められた瑠壱は相手を窺うようにして、
「えっと……はい。
自己紹介をする。それを見た店長はぎろりと目線をうごかして、
「うむ。なかなかいい男だな。西園寺といったか。沙智をよろしく頼むぞ。自己主張が弱いやつだが、いいやつだ。きっと良い嫁になるだろう」
はっはっはっはっ。
豪快に笑い飛ばす。
沙智が、
「だからそういうんじゃないの!全くもう……」
ぶつぶつと言いながら店長のいるカウンターへと歩いていく。瑠壱もそれに従う。
「今日もフリータイムか?」
店長の問いに沙智ははっとなり、
「えっと……今日は……」
瑠壱の方を見て、
「どう……しようか?二時間くらいにしておく?」
聞かれても困る。
そもそも、
「あの、店長さん、ですよね?」
店長は軽く頷いて、
「そうだ。どうかしたか?」
「いや……いつもはフリータイムなんですか?その、山科……さん」
瑠壱は少し逡巡して、結局「さん」をつけた。そこになんの意味があるのかは瑠壱自身もよく分からない。聞かれた店長は「なんでそんなことを聞くんだ?」とでも言いたげな塩梅で、
「そうだ。いっつもフリータイムでぎりぎりまで歌って帰るのが、山科のルーティーンなんだ」
沙智が、
「店長!バラさないでください!」
怒った。正直なところあまり怖くはないが、ここまでの沙智を見ているとなんだか新鮮だ。
店長はそんなことも日常茶飯事と言った具合に、
「いいじゃないか。どうせそのうちバレるだろ。んじゃ、フリータイムにしとくな」
そう言って、ささっとレジを入力して、一枚のプレートを渡してきた。番号は三だった。恐らくは部屋番号だろう。
一番から順番に渡しているとは限らないが、もしかしたら瑠壱質の前にも客がきている、ということなのだろうか。失礼な感想だが、ちゃんと客が入っているんだなと思った。
まあ、そうでなければ店を維持などできるはずもないだろうけど。カラオケ機器を動かす電気代だってタダではないはずだ。
沙智はそんなプレートを受け取って、
「そういう問題じゃありません。もう……あの、行きましょうか、西園寺くん」
瑠壱の返答を待たずに奥へと向かっていく。瑠壱は一言だけ、
「それじゃ、失礼します」
と店長に告げて、軽く会釈し、沙智の後を追いかけた。
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