第八十九話「天才」

 ミチッ


 俺の突き刺した短剣はノアの下顎に当たった時点で速度が0になる。


 俺の<STR>ではノアに大きなダメージを与えることは不可能だ。



 加速度を増すために目一杯短剣を掲げたことで、がら空きになった俺の胸元にノアはいつの間にか槍から離していた左手を伸ばしていた。



 ……しかし、俺はそれを待っていた。



 薙ぎ払った状態に被せるように俺の腕を重ねているので、ノアは固められた右肩の関節を動かすために力を入れるより、素早く動かせる左手で俺の事を掴んでくることは予想できていた。


 そして胸ぐらは不自然なほど無防備にしていたので掴む場所も誘導もできた。



 俺は既に短剣から離していた両手で胸ぐらを掴むノアの左手首を丁寧に掴み、ノアの右腕をノアの左腕で巻き込むようにノアの左脇に前転するぐらいの気持ちで回転をかける。


 いくら筋肉があっても、人間の反射機能には劣る……はず。



 ノアは体勢を崩しながらも重心を落とし耐える素振りを見せたが、やはり抗うことが出来ず受け身を取ることもできないままその場に倒れこんだ。


 俺は倒れこんだノアの一瞬の隙をつき、必死に掴んでいたノアの左手をなんとか引き延ばして、そのまま腕ひしぎ十字固めをかけた。


「よしっ!」


 昨日の夜に必死に考えた作戦が一発で決まったので、心の声が漏れる。


 イメージ通りどころか、驚くほど自然に身体が動いたのには自分でも驚いた。

 倒れこんだ時に首がグニャっとなったが、そんな事はもうどうでもいい。


 もしかして……俺、天才?



「……それ、いいな」


 数秒ほど時間が経ちノアがギブアップをするのを待っていると、ノアはそう呟いて俺を腕にくっつけながら普通に立ち上がる。


「は?」


 俺は急に宙に浮いたことで重力に逆らうことが出来ず、そのままノアの腕から落ちてしまった。


 今どうやって立ち上がった?

 ……意味が分からなすぎて頭が混乱している。


「おいアレン!」

「今の技を俺に教えろ!!」

「こうか!」


 ノアはそう言いながら地面で転がっている俺の左手を強く握り、俺を立ち上がらせる。


 そして俺の左腕を力ずくでブンブン振り回し始めた。


「いや、違うけど……」

「ノアの職業って何?」


 俺はノアに振り回される左腕を、右手を使って止めた。


「知らんな!」

「<鑑定士>に見てもらったこともないし、興味もない!!」

「ただレゼンタックで勝手に調べられた時は……たしか<魁傑>とか言われた気がするな」

「そんなこといいから早く教えろ!!」

「昼飯ぐらいなら奢ってやるから!」


 ノアはそう言うと、持ち方を変え、再び俺の左腕を振り回しはじめた。


 ……なるほど、<魁傑>か。

 似たような<職業>で、<英傑>や<傑士>なのどがあるが、どれも成長率が上がるような<特能>が多めで、かなり有能だったので覚えている。


 レベルが上がらないという条件が俺になければ、選んでいた<職業>だったかもしれない。



 なんかムカつくな……



「……教えたくない」


 俺はノアに振り回される左腕を右手で抑え込み、ボソッと呟く。


 気づいた時には無意識にその言葉が口から出ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る