第七十話「夢」
俺はモンスターの生態表を一通り読み終えると、ユバルさんからもらった、木製の短剣を振り始めた。
トレバーさんの話によれば、この世界にはレベルとは関係ない努力値に似た物が存在するらしいので、もしかしたらレベルが無い俺でもステータスが上がったり<特能>を得たり、あわよくばスキルポイントも増えるかもしれないと思ったからだ。
「ただいまー!」
寝転がりながら天井に向かって無心で短剣を振り続けていると、ケイが一階から部屋に戻ってきた。
時計を見ると丁度9時を指していたので、30分ほど経ったようだ。
「それ、私にも貸して!」
ケイは俺の顔を上から覗き込む。
「……いいよ」
俺は木剣をケイに渡す。
木剣なら大怪我をすることはないだろう。
「うーん……ありがとう!」
ケイは10秒もしない内に木の短剣を机の上に置くと寝室の方に行ってしまった。
「アクティベイト」
スキルポイントが増えていないか確認したが、期待外れだった。
ステータスは増えている可能性があるが、実感がないので素振りをすることは今後もうないだろう。
「ステイ」
俺はスキルボードを閉じながら足を高く上げ、床に降ろす勢いで立ち上がって寝る準備を着々と進め始めた。
部屋の電気が消え、カーテンの隙間から外の光が入る静かな薄暗い部屋で、俺とケイは川の字で横になっている。
「アレンも明日からお仕事するの?」
俺が目を瞑り、あともう少しで眠れそうだった時に、ケイが唐突に話しかけてきた。
「あぁ……ううん」
「明日は行くところがあるから……」
俺はそれだけ言って再び眠気に身体を委ねる。
「そっか、頑張ってね」
ケイのその言葉が聞こえたのを最後に、俺の意識は遥か遠くに消えてしまった。
俺が初めて命を奪ってから8年。
結局、あれは不慮の事故として何も無かったことになったが俺は確かな意思を持って左手に凶器を握った。
俺は今、大学の最寄り駅に止まった電車から降りる。
同じ方向に向かって歩くスーツを着た人たちは、俺の同級生になる人だろうか……
正門を抜け、大きな講義室に集められた人々は退屈な話を黙々と聞いている。
しかしいくら自分の姿を探しても、そこには存在しない。
なぜなら俺は燃えているから。
残された家族が燃えている俺の身体を小さな小窓の向こう側から眺めている。
俺は爛れる首を掻きむしって叫んで兄に助けを求めた。
しかし、その声は届かない。
なぜなら俺はそこにもいないから。
一度は迎えが来たが誰かに邪魔をされ、冷たい世界に俺は取り残される。
足を止めて世界を見渡してみたが、過去にも未来にもここには一人。
俺はここで息を潜めた。
纏っていた白い衣装が崩れ落ちて風になった頃、俺の身体は止まってしまった。
最後に瞬きをしたのはいつだろうか……
ある時、未来にはいなかった訪問者が突然現れ俺の身体を作り直す。
そして俺の心は再び動き始めたのだ。
ピピピピピピピピ……
目覚ましの音が意識の外から俺を引っ張りだす。
……もの凄く酷い夢を見た気がする。
なにかを思い出した気もするが目を覚ます瞬間に忘れてしまった。
それよりも腰と手首が痛い。
カチッ
俺が目を開けると同時に、目覚ましが止まった。
身体を起こすと、アホ毛を生やしたケイが目覚ましの前で満足そうな顔をしながら俺を見ている。
俺はケイの頭を軽くなでながら立ち上がり、顔を洗いに台所に向かった。
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