第六十六話「味変」

「……あ!!」


 俺が3杯目を楽しんでいるとヒナコが突然声を出して立ち上がり、台所に駆け込んだ。



 慌てるヒナコを脇目に鍋のスープをすすっていると、ヒナコが緑黒い液体が入った瓶を持って戻ってきた。

 

 エイリアンの血……なわけないか。


「これ、冷蔵庫から出すの忘れちゃってた」


 ヒナコはニヤニヤしながらテーブルの上に瓶をおく。


「……これって何?」


 俺は容器の中を観察し始める。


 黒い液体の中に緑色の物体が浮いているようだ。


「醤油とー、唐辛子でしょー、あとレモンとすだちと……」

「とにかく!これ入れると味が変わって美味しいの!」


 ヒナコはそう言うと、有無を言わさず中途半端に残っている俺の器に液体を小さじ一杯ほど入れた。


 俺は器を持ち上げ匂いを嗅ぐ。


 ヒナコが言った通り柑橘系の香りがするな……


 器の中を箸で軽くかき混ぜると、野菜と一緒に口の中に流し込んだ。


「辛っ、美味っ」


 俺のその声を聴き、既に箸を止めてテレビを見ていたケイがヒナコにおかわりを求めた。


 この調味料……たぶんポン酢だ。


 確かめるために俺は器の中身を飲み干し、調味料だけを器に入れて香りを嗅いで口の中に入れる。



 うん、ポン酢だ。


 酸味はかなりまろやかで、青唐辛子のピリッとした辛みがアクセントになっている。

 そして、鼻からは柑橘系のフルーティーな香りが抜けていく。


 例えるならば柚子胡椒の風味に少し似ている気がする。


 うん、美味しい。



 俺はヒナコに鍋のおかわりをよそってもらい、ポン酢をかけ、今度は混ぜずに口の中に入れた。


 美味い。


 まず、この鍋の醍醐味である鼻から抜ける香りにフルーティーな香りが合わさったことによって、より複雑さが増して格が数段上がった。

 そして塩味と酸味が加わることによって、肉と野菜の旨味と甘みも数段上がっている。


 この料理と調味料を考えた人は天才だ。



 俺は結局5杯完食し、鍋の中身が空になったところで夜ご飯は終わった。



「アレン!それ庭に出しといて!」


 ヒナコは鍋を持ち上げると、余った顎で火鉢を指した。


 俺は火鉢の取っ手を人差し指で数回突き、熱くないことを確認すると庭に火鉢を運ぶ。


 ケイがここの窓を開ける時に初めて気づいたが、縁側とそれなりに広い庭があるのには驚いた。

 外装は煉瓦造りなのに内装は日本建築なのは少しゾワゾワするものがある。



 俺は縁側に座り、ダイニングから聞こえてくるテレビの音と食器を洗う音を聞き流しながら、段々と崩れていく炭を眺める。


 自分だけくつろいでいる気がして、ちょっとした優越感が心地いい。




「私もそこに座るの好きなんだよね!」


 しばらく炭を眺めていると、洗い物を終えたヒナコが俺の隣に座った。

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