第五十四話「Venta-Mk3.」
このガラスの棚にある短剣の中で異質な雰囲気を漂わせている、この真っ黒な武器についているタグを見ると、[Venta-Mk3.]という商品名が付けられている。
値段は580ギニーだ。
短剣というよりも短刀のように見えるが、鍔が無いので分類するならばナイフになるのだろうか……
……なんだこの、いかにもな武器は。
「やっぱそれに目が行くよな……」
「でも止めといたほうがいいぞ」
後ろを振り向くと、ユバルさんがハイカットのブーツを持って立っていた。
「この辺りは平地ばかりだからハイカットのブーツにしたが……まぁ良かったら合わせてみてくれ」
ユバルさんはそう言いながら小さな椅子を俺の近くまで持ってきてくれた。
俺はその椅子に座り、靴を試着する。
「おぉ……」
サイズは小さく合っていないが、履いただけで質がいいのが分かる。
柔らかさと硬さのバランスが絶妙で、足首の固定感も少ない。
「もうワンサイズ上げてもらっていいですか?」
俺がそう言うとユバルさんは靴の表面を何度か手で押した。
「おう、わかった!」
ユバルさんは俺の靴を少し荒々しく脱がせると近くの棚の上に雑に置いた。
俺は再び自分の靴を履く。
「……それでその武器だが、性能が良いのは良いんだが扱いが難しいぞ」
「仕様書見てみるか?」
俺はざっと短剣の棚をもう一度見るが、やはりこの黒い短剣が気になる。
「お願いします」
俺がそう言うと、ユバルさんは短剣のタグを確認し、靴を持って奥の部屋に再び姿を消した。
俺はガラスケースに近づき、再び短剣を眺める。
不思議なのは、普通、刃物というのは切れ味を良くするために研磨する。
それによって刃物は光を反射するが、この短剣は光を反射するどころか吸収しているように錯覚する。
それと良く見ると波紋のような波も少し見える。
やはり短刀なのか?
「またせたな、これ仕様書な」
ユバルさんは開いたファイルを俺に渡してくれた。
そこには、サイズや素材、手入れの注意などが書いてある。
ユバルさんは俺の隣に立ってファイルを読み上げ始めた。
「武器の名前は……うん、この辺りは飛ばそう」
「素材は芯材に炭素鋼、外側にはハイカーボンセラミックとフッ素樹脂を……よくわからん素材と技術で一体化させている感じだな」
「幅は大体30㎜で、厚みは元重で約3㎜、先重にもなると2㎜以下……やっぱり気持ち悪いなこの武器」
「摩擦を減らすために刃の表面を凹凸に加工し表面積を削ったが期待値には届かず……じゃあ書くなよ」
「うん……うん……まあ、こんな感じだな」
「……これ買いたいか?」
ユバルさんは呆れた顔でこちらに目を向ける。
ユバルさんの口の悪い説明と雑な仕様書によると、この武器はメリットに対しデメリットが大きすぎるようだ。
この薄さでは攻撃を受けれないどころか、硬い物はまず切れないだろう。
多分、モンスターの皮膚は切れても、骨に当たった時点で刃が欠けるか折れる。
しかし、それが分かっているからこそ受けるための鍔がついていないのだろう。
そしてこの黒い刀身の原因は刃の表面にある凹凸のせいだ。
表面積を減らしたは良いものの、効果が薄い所か、耐久性はガクッと落ちているはずだ。
だがしかし……
「……これ持ってみてもいいですか?」
「いいぞ!ただ、鞘からは出すなよ」
ユバルさんはガラスの棚の鍵を開け、短剣を鞘にしまうと俺に渡してくれた。
持った瞬間、その異様な軽さに驚く。
鞘は竹のような質感で、かなり丈夫そうだ。
これなら改造すればなんとかなる気がする。
刀身の反り具合は何度か抜いてみないと分からないか……
「……これ買います」
俺は値段をもう一度確認してから、短剣をユバルさんの手のひらに置いた。
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