第二十一話「いただきます」

「……きて!おきて!」


 ケイの声と共に身体が激しくゆすられる。

 目を擦りながら机の上の時計を確認すると6時5分を指している。


 朝かと勘違いしてしまった。


「おきた?」


「……あぁ……うん」


 俺は丸机の下から自分の足を引っ張りだし、ゆっくりと立ちあがる。


 目を擦りながら伸びをしていると、ケイがエプロンをしていることに気づいた。


「ご飯できたよ?」


 そう言い残し、ケイは部屋を飛び出していってしまう。


「……あぁ……うん」


 俺は誰もいない静かな空間で返事をし、扉の鍵を閉めずに部屋を後にした。


 他に人はいないようだし、きっと大丈夫だろう。



 ギシギシと軋む階段をゆっくりと降り、匂いが立つ方に歩みを進める。


 引き戸を開けると背の高い大きなテーブルの上に食事が並べられていた。

 部屋の端には小さなテレビもある。

 ただ、現代人からすると画質は荒すぎて見れたものではなかった。


 ケイはテレビから一番近い椅子に腰かけている。



 ギーーー


 俺は引き戸から一番近い椅子を片手で引き、食事の前に腰かける。


 出汁巻き卵、白身の焼き魚、味噌汁、それと2種類のお漬物。

 まさに日本らしい食卓だ。


「アレンさーん!ご飯どのくらい食べますー?」

「それと箸って使えますー?」


 ヒナコがキッチンに繋がるのれんから顔を出す。


 5mほどしか離れていないので、でかい声が寝起きの頭に良く響く。


「……しゃもじ一杯強ぐらいでお願いします」

「箸は使えますよ、日本人ですから」


 ヒナコは笑顔見せてからのれんの奥に姿を消す。


 『普通』と答えたら絶対に多く入れられると思い、なるべく具体的に答えた。

 食欲はあまりない。


 俺は用意されているコップに水を注ぎ、一気に飲み干した。



「……料理、手伝ったの?」


 俺はテレビを見ているケイに話しかける。


「うん!」


 ケイはこちらを見ずに返事をする。


 テレビでは変なコメディードラマをやっているようだ。


「って言っても、ほとんどそこに座ってたけどねー」

「ケイちゃんテレビ見るの初めてなんだって」


 ヒナコがおぼんの上に三人分のご飯を乗せてキッチンから出てきた。


「お米洗ったもん!」


 ケイはテレビから目を離して反論をする。


「丁寧にやってくれたもんね-」



「それじゃあ食べよっか!」


 箸とご飯を並べ終えたヒナコはおぼんをキッチンのカウンターに置いてから席に座り、魚に手を伸ばした。


「いただきます!」


 ケイは昼間と同じように『いただきます』をする。


「あれ、ケイちゃんっていただきますやるんだ」

「珍しいね!」


 ヒナコは一口目を食べる寸前で箸を止めた。


「そうなの?」


 ケイは首を傾げる。


「やっぱり、珍しいですか?」


 俺とケイはヒナコに目線を向ける。


「そうですね……、私もおばあちゃんに教えられて昔はしていたんですけど周りから変な目で見られるのでいつからか止めちゃいました」

「日本人ってこの国でも割と珍しくてですね、アジア人でもやっぱり大陸系の方が多いんですよ」


「ふーん」


 俺は話を聞きながら魚を箸で切り分ける。


「……そうだ!せっかくだから三人でいただきますしましょうよ!」


 ヒナコのその言葉に俺は口の中に入れようとした箸をギリギリで止めた。


「する!」


 ケイは元気よく返事をする。


「あぁ……うん……」


 俺だけやらないわけにはいかないので仕方なく流れに乗ることにした。

 普段『いただきます』をしていなかったので改めてやるのは小恥ずかしい。


「じゃあいくよ!」

「せーのっ!」


 ヒナコがいきなり音頭をとる。


「いただきまーす!」「いただきますっ!」「っただきます」


 俺の少し遅れた『いただきます』は触れられることなく、二人は一緒に言えたことで満足したのか黙々とご飯を食べ始めた。



 俺は出汁巻き卵を口に放り込む。


 ……いただきますってこんな感じだっけ?

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