第十九話「Open sesame」

 一階に降り、ヒナコは階段の目の前にある扉を開けた。

 ヒナコの後ろから部屋を覗き込むと、布団などの生活用品がしまわれた倉庫のようだった。


「私はセントエクリーガ人なんですけど、おばあちゃんが日本人なんですよ」

「シーツとか持ってくるので適当に2セットずつ取って待っててください」


 そう言い残し、ヒナコは廊下を進んでいった。



「……よいしょ」


 俺は倉庫に入り、敷布団、掛布団、枕を2セット取り出し、倉庫の扉を足で閉める。


 重さは余り感じないが、前が見えない。



「はい、これシーツと枕カバー」

「上、持ってってくださーい」


 ヒナコは持ってきたものを俺の持っている布団の上にさらに積み上げた。


 俺は足元を確認しながら慎重に階段を上る。


「ほら!遅いですよ!上って上って!」


 ヒナコが後ろから急かしてくる。


 普段なら確実にイラっと来るのだが、なぜかそんなに悪い気はしなかった。



 颯爽と足を進め、ドアの前に着いたが、両手がふさがっているのでドアが開けられない。


「ケイ!開けて!」


 俺がそう言うと、目の前のドアが魔法の扉のようにゆっくりと開いた。


「手伝おうか?」


 布団の向こう側からケイの声が聞こえる。


「大丈夫」


 俺は中に入ると、部屋の端っこに布団を降ろした。


「ここに机置いちゃうね!」

「それとこの部屋、時計無いからこれ使って!」

「6時になったらご飯だから、一階の一番奥の部屋にきて!」

「それじゃまったねー」


 振り向くとヒナコは既に部屋を出た後だった。

 丸机の上にはピンクの豚の時計が置いてある。


 その時計を手に取り確認すると目覚ましの機能もついているようだった。



 ケイは窓の外を眺めているので俺も部屋の探索をすることにした。


 間取りは二部屋、壁は珪藻土っぽいが目立った傷やひび割れは無し、小さなキッチンと冷蔵庫があり収納はふすましかないが、十分足りるだろう。


 強いていうなら布団よりベッドの方が良かったが、なかなかいい部屋じゃないか。

 後は家賃が心配だけどその辺りはアメリアさんを信用するしかない。


「あっちの部屋が寝室でいい?」


 俺は窓辺で黄昏ているケイに尋ねる。


「いいよー」


 ケイは窓辺から動かない。


 手伝ってくれる様子は無いので、一人で布団を奥の部屋に運んだ。


「おぉ……」


 寝室にした部屋は角部屋になっているので、窓から見える景色はなかなか良い。


 どうせならこっちで景色を見ればいいと思い、ケイを呼びにリビングに戻る。

 しかしリビングにケイの姿は無かった。


 俺はヒナコが置いた丸机の位置を少し調整して、畳に腰を下ろした。


 座布団が無いので少しお尻が痛い。

 早急に座布団を買う必要がありそうだ。



 キシギシギシ


 丸机の下でゆっくりと足を伸ばすと、骨の軋む音が聞こえた。

 それと同時にドッと疲労感と眠気が押し寄せてくる。


 時計を確認するとまだ四時半だ。

 夕飯まで一時間以上ある。


 ガチャ


 扉が開き、ケイがトコトコと戻ってきた。


「どこ行ってたの?」


「トイレ」


 ケイは俺の対面に腰を下ろす。



 コンコンコンコンコン!

 ガチャ!


 凄まじいノック音と共に再び扉が開く。


 返事をした覚えはない。


「ごめーん!これ書いといて!」


 ヒナコは部屋に入るやいなや、そう言いながら俺の目の前に2枚の書類を置く。

 おなじみのお堅い書類だ。


「それ明日の朝に出してくれればいいよ!」

「それと分からないことあったら一階に私の部屋あるから!」


 それだけ言い残しヒナコはバタバタと部屋から出て行った。



「……ケイ、ヒナコからペン借りてきて」


「わかった!」


 ケイはヒナコを追いかけ部屋から出る。


 俺はそのまま後ろに倒れこみ、手足を大の字に広げた。


「あーーーあ」


 俺はこの先このおてんば娘2人組に囲まれてやっていけるのか少し不安になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る