第三話「パストラミ」
「兄ちゃん、一つでいいのかい?」
おじさんが不思議そうな顔でこちらを見ている。
パストラミサンドはこのメニューの中で一番高い……
「……はい、大丈夫です」
俺はケイの方をチラッと見てから答える。
「30ギニーだ」
「ここで食べていくかい?」
「あ、はい」
「……ケイ、お金の使い方わかる?」
俺はおじさんに答えた後、ケイに小声で聞く。
お金の使い方なんてどこも変わらないと思うが、心配なので手本を見ておきたい。
ケイは一秒ほど間を開けたがしっかりと頷いたので、俺はオムさんから貰ったお金の入った袋をケイに渡した。
ケイが慣れない手つきで会計を済ませる。
「それじゃあ適当な席に座って待っててくれ」
「水はセルフサービスで頼むな」
俺は席に向かう前に皿に乗った山盛りの肉をおじさんに差しだす。
「味見なんだから全部食べていいんだぞ」
おじさんはそう言うと皿を受け取らずに奥の厨房に姿を消した。
俺たちは10席ほどあるテーブルから厨房がガラス越しに見える場所に腰を下ろす。
人気店ではないのか昼食には少し時間が早いのか不明だが、店内に客は誰もいなかった。
ケイを席に座らせると俺は立ち上がり、2人分の水を取ると再び席に座る。
「ケイ、飲みな?」
俺がそう言うとケイは水を一口飲んだ。
それにつられて俺も水を口にしたが、その瞬間、自分の喉が渇いている事に気づき一気に飲み干してしまった。
俺はもう一度水を取りにいき、注いだ水をその場で飲み干すと、もう一度注いだ。
席に戻ろうとするとケイが目をキラキラさせながら厨房の方をじっと見ている事に気づく。
並々に注いだ水をこぼさないように、ケイの正面の席に座り、厨房の方を見ると、おじさんが巨大な肉の塊を包丁で薄くスライスしているのが見えた。
ケイはあの肉の塊に釘付けになっているようだ。
俺はケイを見ながら試食の肉を一枚つまむ。
「うっ」
思わず口から吹き出しそうになった肉を、俺は必死に右手で抑えた。
それは決して不味かったからではない。
あまりの旨味に、一瞬で口の中がパンパンになってしまったように感じたのだ。
味付けはおそらく塩と胡椒と香辛料だけだろう。
しかし、突き抜ける燻製の香りを胡椒の香りピリッと締めており、そこに肉の旨味が押し寄せてくる。
それに、この世界にきてから味の濃い物を食べていないことや空腹のスパイスも加わり、頭がおかしくなりそうだ。
だが幸福を感じる一方で、俺は心臓を握られているような吐き気に近い感覚に陥り、胸を手で押さえ机にうずくまってしまった。
それはケイの表情に心の中の悲しみや絶望が見え、そしてその背後にカイの面影を見てしまったからだろう。
厨房からはパンの焼ける香ばしい香りが漂ってきていた。
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