第69話 魔の島

 漂着した翌朝。


 荒れた海に飲み込まれたのが嘘のように静かな海。

 穏やかな気候。


 なのに、遠くの空が濁っていて水平線が見えない不思議な島。


 ここは、町で噂になっていた『魔の島』なのだろうという話になった。

 なんでも、この島には古の神に封印された恐ろしい魔物が封じされているのだという伝説があるらしい。


 遥か昔に『魔の海域』に入り込み、奇跡的にこの島に辿り着いた漁師がいたそうだ。

 彼はこの島を探索し、島の中央に不思議な遺跡を見つけたという。

 そこはまるで海の中にいるような神秘的な場所で、とても美しい場所であった。

 その中央には、不思議な杖が浮かんでいて、手にしようとした時、恐ろしい魔物が現れてその命を奪おうと襲い掛かってきたという。

 命からがらに逃げる事が出来た漁師。

 その後なんとか船を直して町に戻り、この話を広めたのだと言う。


「なんとも不思議な話ですわね」


「そうだね。そもそも、どうやってここから出れたのだろうね?」


 クレスの言う事は尤もだ。

 この島に入るにはあの『魔の海域』を必ず通るのだ。

 という事は、出るときにもあの海域を通る事になる。

 あの海域をただの漁船が抜けれるとは思えない。


「案外、出るときは嵐にならないのかもねー」


「流石にそんなわけないと思うぞ」


 レイラの言う通りならどれだけ気が楽か。

 それにそもそも俺達には船が無い。

 アルバートのガレオン船がどこかに停泊しているかもしれないので、まずは島の周囲の探索から始める事にしよう。


「まずは、周辺の探索と船の捜索をしよう。

 ヘルメス、辺りに魔物の気配はあるか?」


 ヘルメスには、『神の目』とういう探索のスキルがある。

 意識をするだけで、あたりに魔物がいる事くらいは把握できる筈だ。


『うむ、ここらは人がいない分魔物の数は多いみたいだぞ。それも中心になればなるほど多くなるようだ』

『うん、僕にも気配で感じるよ。しかも、中心にやばい奴がいるみたいじゃない?』

『ふむ、チカラが弱まっったお主にも分かるかフェーンよ。

 だが、この反応…、少し気になるな』


 神獣同士で何か感じるものがあるようだ。

 しかしこのまま俺たちだけで中心を調べに行くのは自殺行為だ。

 どんな危険があるか分からない以上、他の人たちを探すのが先だろう。


 そんな時だった。


 ガサガサガサッ!!


「魔物か!?みんな気を付けろ!」

「お父さん、下がって!!」


 茂みから突然何かが現れた。

 みな武器を構えて現れたものに対峙しようとするが・・・。


 ウォンッ!!


「!!エース!無事だったのか、お前!」

「エース!!」


 現れたのは、船に置き去りにしてしまったと思っていた狼のエースだった。

 エースもこの島に漂着して、俺達を探していたんだろう。

 あちこち傷だらけで、毛もボサボサになってしまっている。


 だが、そんな事を全く気にする様子もなく、尻尾をぶんぶん振って全力で喜びを表している。

 余程俺らに再会出来たのが嬉しいんだな。

 なんて可愛い奴なんだ!


 そんなエースを抱きしめようと近づく前に、マリアに先を越されてしまった。


「エース、そんなにボロボロになってしまって可哀想に。

 さぁおいで、私が診てあげましょう。

 ──『治癒魔法』!

 ──『洗浄』!」


 マリアがエースに出来た傷を魔法で癒していく。

 更にすっかり汚れてボサボサの毛も魔法で綺麗にしてくれた。

 さらに。


「うーん、やっぱりエースはこのもふもふ感がたまりませんわ!」


 と、ついでとばかりにエースをもふもふしていた。

 ずるいとばかりにレイラとクレスもエースに抱きついてもふもふしている。


「うん、なんだろう。なんというか、幸せな光景だな」


 可愛い愛娘に、可愛い2人の少女が、これまたうちの可愛い狼にもふもふしている。

 本当はまっさきに俺が抱き着きたかったが、ここは娘たちに譲ろう。

 うん、ここは我慢だ。


『何を変な顔しているのだウードよ。

 ふやけている場合ではないぞ?』


『うんうん。なんかねエースが伝えたい事があるみたいだよ?』


 満足したのか、解放されたエースはしっぽをふりふりしながらこちらに何かをアピールしている。

 まるで俺達をどこかへ誘導したいかのように、ある方向を見る。


『なんかね、僕たちに付いてきて欲しいみたい』


「フェーンは、エースと会話出来るのか?」


 神狼と言われるフェーンは、見た目は大きな狼だ。

 やはり姿が似通ると、言葉も交わせるのか?


『まさか。そもそもエースは言葉を持ってないからね。

 その代わり、気持ちがなんとなく伝わるんだよ

 魔獣ではないけど、きっと姿が似ているから眷属に近いんだろうね』


 そういや、眷属とは意思疎通が出来るみたいな事を言っていたか。

 それなら、フェーンの言葉を信じてもいいだろう。


「分かった。取り敢えず、エースの後をついて行くか。

 みんな、出発するぞ」

「「「はい!」」」

 

 元気な3人の返事が返ってくると同時に出発した。

 エースはなるべく道を選んでくれていて、俺達が通れるような所を通ってくれている。

 しかしこの島は誰が手入れしているわけでは無いので、密林の中を通らなければならず視界が悪い。


 こういう時にヘルメスが探索スキルを持っているのは有難い。

 こんな視界の悪い場所で魔獣や魔物に襲われたらひとたまりも無いだろう。


「うえー、さっきから目に葉っぱが当たって鬱陶しい~」


「もう、レイラ。だからって剣を振り回さないでくださいね?」


「無駄に動いたら体力を消費しちゃうから、駄目だよレイラ」


「はあーい、わかっているよ~」


「クスッ」


 こんな調子で雑談をしながら進む3人娘は、まだまだ余裕はありそうだった。

 文句を言っているレイラも、緊張感を紛らわす為に軽口を叩いているに過ぎない。

 そこはクレスもマリアも分かっていて、その口調も本気で咎め気が感じられなかった。


 しかし、1時間もすれば段々口数も少なくなってくる。

 足場の悪い慣れない密林での移動、いつ襲ってくるか分からない魔物がいる緊張感が確実に俺達の体力を削る。

 山で悪路の移動にも慣れている俺ですら疲労を感じるだ、慣れない3人ならもっと辛いだろう。

 しかし、そんな中でも3人は音を上げなかった。

 

 しばらく鬱蒼とした道が続いていたが、少し先に光が差し込んでいるのが見えた。

 濃い草木の匂いの中に、薄っすらと潮風を感じる。

 どうやら密林を抜けて別の海岸に出たようだ。


 ガサガサッっと草木をかき分けて外に出ると、砂浜に出る。

 そして目の前に広がる光景に驚いた。


「ウードさん!それに皆さんも!無事でしたかっ!」


 そこに居たのは、なんとアルバートだった。

 そして他の船員や魔導士たち、そしてアルバートの護衛である騎士達も一緒だ。


「アルバートさん!無事だったんですね!」


 どうやらエースは彼らの所に案内するために俺らを誘導したようだ。

 なんと賢い子なんだ!

 よくやったぞ、よーしよしよし!


「あの、ウードさん?」


「ああ、すまない。あなた方の所に案内してくれたのがこのエースだったので、ついつい」


「なるほど、急にいなくなったとは思ってましたが、あなた方を連れて来てくれたんですね。

 ありがとう、狼くん」


 アルバートはそう言ってエースを撫でようとしたが、すいっと躱されてしまいがっくりする。

 気を取り直してから、今の状況を説明してくれた。


「あの後、魔導士たちのおかげで船の大破は免れました。

 しかし、少なくない数の船員が海に投げ出されてしまいました。

 私の護衛である騎士も数名行方不明でして、捜索を行うにも魔物が多いので足止めをされてしまっているのです」


「俺達以外に、投げ出されて合流した人は?」


「残念ながら、まだおりません」


「そうですか…。そうだ、オルカ達は?」


「オルカ達は4匹とも生きています。ですが、昨日の戦闘でかなり体力を消耗してしまったみたいです。

 専属の魔獣医が診ていますが、すぐに船を動かすのは難しいとの事でした」


「あれだけの戦闘だったから、仕方ないですよね…」


「オルカさん達、元気ないの?」


「ああ、傷は癒せても体力を回復するのは魔法では難しいからな」


「そうなんだ、昨日頑張ってくれてたもんね」


 オルカ達の様子を聞き、心配そうな顔をするクレス。

 相変わらず心優しい子だ。

 周りに誰も居なければ抱きしめて慰めていたかもしれない。


『流石に、そろそろそういう歳でもないだろうに』

『ウードはクレスに甘々だからね』


 何か聞こえたが、気のせいだろう。

 しかし、船を動かせず捜索をする人員が足りないとなると、暫くはここで寝泊まりする事になるのか?

 だとしたら、野営の準備もしないとだな。

 さて、これからどうするかと考えていたら、アルバートから再び声を掛けられる。


「再会して早々ですが、ひとつご相談があるのですが─」


 その爽やかな顔に、いい予感はしない俺だった。

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