第3話 町に連れて行く

 …すぐに迎えに来ると思ってた時が有りましたよ。


 時間が経つのは早いもので、あれから十年の歳月が流れた。


 町役場にもちゃんと迷子届けと、保護者として自分を登録して、クレスという名前で養子として迎えるとか色々やったよ。


 そんなこんなで、俺も本当のおっさんになりました。


 クレスはすくすくと育ち、家の手伝いも良くやってくれる良い子に育ちました。


 村の皆は迷い子だった事も知ってるし、クレス自体もその事は知っている。

 ただそれでも、俺の事は今でも「お父さん」と言ってくれている。


 元々オープンな村だったから、人の子供を預かったり預けたりは日常茶飯事だし、クレス一人が特別視されることも無かったのは幸いだ。

 逆に容姿が整っているもんだから、村のじいさんばあさんからは自分の孫でもないのにやたらと可愛がってくれてた。


 俺も今は本当の娘だと思っているし、今更別れるなんて考えもしない。

 いや、考えたくは無い。

 ダメ、絶対。


「お父さ〜ん!ご飯出来たよ〜」


「ああ、今いくよ」


 丁度、動物達の餌やりも終わり、一区切りしたところだ。


 そう言えば、今日は久々に馬車用の馬を納品する日だ。


 馬の売買は俺の一番の収入源でもあるので、大事な仕事だ。

 これが出来るので、能力が乏しい俺が少し余裕のある生活が出来るのだ。


 馬は数少ない移動手段の要だし、労働力にもなる。

 だが元来馬というのは気難しい性格であり、きちんと躾をしないと飼い慣らせない動物だ。

 素人が捕まえようとして、後ろ蹴りを食らって死ぬなんてよくある話なのだ。

 

 なので馬一頭が小金貨4枚という値段だ。

 それが2頭納品予定なので、数か月遊んで暮らせる。


 動物たちの世話があるから遊んではいられないのだがね。

 

 そうそう、クレスももう12歳だし、今では納品の手伝いもしてくれている。

 それなので、今日も一緒に納品しに行く予定だ。


 町にはたまに連れて行ったりしているが、いつもは買い物に連れて行くくらいだ。

 村には店とかないし、女性物の購入には町に行かないと手に入らないからね。


「ご飯食べたら、馬の納品に行くぞ〜」


「は〜い、分かったよ〜。そういえば、久々だねぇ町に行くの」


「そうだな。折角だから帰りにお店でご飯食べてこようか」


「本当?やったー、大好きお父さん!」


 愛娘となったクレスに満面の笑顔で抱きつかれ、ついつい表情を崩してしまう。


 いや、いつも甘やかしてるわけじゃないよ?

 たまたまだよ?


 と誰に言ってるか分からない言い訳をしながら出掛ける準備にかかった。



 あれから十年も経つので、流石にキッドは引退してるのでお留守番だ。

 その代わりに、いつの間にか嫁さんをもらっていたキッドの子供が生まれているので、今ではその子が相棒になっている。


 名前はエースと付けた。


「エース、道中の護衛頼んだぞ?」


 ウォンッ!と元気に返事するエース。

 親に似てとても賢い子だ。


 納品用の馬を2頭連れて村を出る。

 俺とクレスは荷物運び用に飼っている荷馬に二人で乗り、後ろに2頭を繋げてる。


 道からはみ出たりしないようにエースがちゃんと見ててくれている。

 うんうん、優秀だ。


 馬達もちゃんと調教済なので、余程のことがない限り暴れたり逃げたりしない。

 エースには魔物や危険な動物などが来ないかを見張ってもらう。


 村から町までは徒歩で一日、馬車なら半日も掛らないので比較的近い。


 街道も昔に作られてて、比較的安全に町に行くことが出来る。

 治安がいいのがこの地域の良いところだ。


 じゃ無いと、弓矢以外扱えない俺が一人で町に行くなど出来ないだろう。

 他の村とかだと(行ったことないけど)、護衛を一緒に乗せるのが当たり前らしい。


 野盗にでも出会したら大変だが、そこも治安の良さか出会ったことはない。

 町まで一本道だし、いざとなったら馬を放って逃げるだけなんだが。


 まぁ、野党やるくらいなら、うちの村に流れてきて農家でもやった方がまともな生活が出来るかもしれない。


 ちなみに荷台には、村の連中から代わりに売ってきて欲しいと委託された物がいくつか乗っている。

 お駄賃は売却値の1割だ。

 正直、運賃と手間賃を考えると格安なのだが、その分色々村の中では融通を聞かせてくれているので文句はない。


 ───

 いつも通り、何も問題なく街道を通り予定通りの時間に町に着いた。

 あ、時間は商売を一応やっている関係で、時計を借りているので分かる。


 買うとかなり高価なのだが、懇意にしてくれている商人が古くなったものを貸してくれているのだ。

 この時計がどういう仕組みなのかは俺なんかには理解出来ないけど、時間が分かるというのはとても便利なので重宝している。


「毎度〜、馬の納品に来ましたよ」


 いつも馬を卸している商会にやって来た。

 中から丁稚さんが出てきて、すぐに主人を呼びますと言って、応接間に通された。


 ここはこの町でも一番大きい商会で、昔無謀にも冒険者になろうとして挫折していた俺をたまたま見かけたここの商人が声を掛けてくれたのが出入りするきっかけだ。


 どう考えてもお金の無さそうな村人が立派な馬を従えているので、安く買い叩こうと思ってたのさと正直に言われた時は唖然としたが。


 そんな俺が自分で捕まえて育てた馬だと教えたら、がっちり握手されて『専属契約しないか?』と持ち掛けてきた。

 結局俺が頷くまで手を放してくれなかったので、契約せざる得なかったのだが、結果的にかなりの幸運だったようだ。


「おおウードさん、ようこそ我が商会へ。うんうん、今日の馬も見事な仕上がりでしたよ。あれなら問題ないでしょう」


 応接間に入ってくるなり、大喜びの様子の商人。

 

 入って来るなり俺に金貨2枚を手渡す。

 ちなみに金貨1枚は小金貨10枚分だ。


「えっと、多くないですか?」


「いえいえ、ここまでの仕上がりなら少ないくらいですよ。…正直に言いますとね、今回の馬はとある貴族様の馬車用でしてね。数人のテイマーにお声がけしてたんですが、ウードさんの馬が一番いい仕上がりだったのです。だから、遠慮なく受け取ってください」


「なるほど、そういう事なら遠慮なく」


「それはそうと、そちらが例のお嬢さんですか?」


「ええ、そうです。そういえばマチスさんに会うのは初めてでしたか」


 いつもは、外で待っているのでこうやって対面するのは初めてだ。


「いつも父がお世話になっております。クレスと申します、よろしくお願いします」


 出来る限り丁寧に挨拶するクレス。

 特別教育を受けさせたわけでもないのに、良くできた子だ。


「これはこれはご丁寧にありがとうございます。私はマチスといいます。ここのマチス商会長をやっているんだ。お父さんにはお世話になっているからね、これからもよろしくね」


 温和な顔を崩さないマチスさんは、子供相手にもその姿勢を崩さなかった。

 本当に出来る商人というのは、相手によって態度をコロコロ変えてはいけないと本人が言っていた。


 しかし、こうもニコニコ顔のマチスさんって何かを企んでる時が多いんだよなぁ。


「さて、ウードさん。今日はですねもう一つお願いしたことがありまして…」


 ほら、やっぱきた。

 

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