第26話〈ポリシー〉1
千夏が手術室に入ると、落ち着かない母親は座るでもなくオロオロと右往左往している。
待つ四人には会話も無く、何か話しだせるような雰囲気ではない。
ただ静かに時間が過ぎていくなか、最初に口を開いたのは父親だった。
「千夏が無断外出してたって看護婦から聞いたけど、君達何か知ってるか?」
「今そんな話ししなくても・・・」
母親は引き止めようとするが「今聞かな何時聞くんや」と聞き入れない父親は、静かな怒りに満ちている。
「俺達と一緒に居ました」
正直に虎太郎は話すが、父親の眼は変わらず冷たい。
「どう騙して連れ出したんか知らんけど、もう家の娘には近付かんといてくれへんか?」
「違うんです、相談に乗っていたんですよ」
秋人の弁明も虚しく「そんな髪形してる子達の言う事なんか信用出来る訳無いやろ」と父親は聞く耳を持たず、バッサリと切り捨てる。
「せっかくお見舞いに来てくれたのに、何もそんな言い方しなくても・・・」
「お前はええから黙っとけ」
それでなくても緊張した状況なのに、二人がお見舞いに来た事で夫婦が更に険悪になっているのは間違いなかった。
「スミマセン・・・」
虎太郎は小さく一礼すると買っていた御守りを母親に手渡し、静かにその場を立ち去り。
同じように秋人も両親に一礼をして、慌てて虎太郎の後を追う。
「ほら~、そんな髪形してるから誤解されるんだよ~」
虎太郎に追い付いた秋人は軽口を叩き咎めるが「しばくぞ、これは俺のポリシーや!誰に言われても一生変えんわ」と聞き入れようとはしない虎太郎のこだわりには、むしろ逆効果のようだった。
手術が成功したとメールで連絡が来た次の日。
お見舞いに来てくれた感謝と投薬治療で経過観察が有るので退院がまだ先になる事が書かれてあり、両親との手術室前での出来事については何も書かれていなかった。
其の連絡を受けて先にお見舞いに行ったのは秋人だった。
数日後に自分が退院する連絡も兼ねていたが、病室の入り口で母親に引き止められる。
「また今度来てくれる、今は誰とも会いたくないって言ってるから・・・」母親は申し訳なさそうに頭を下げ、秋人を通路に連れ出す。
「手術は成功したんだけど薬で髪がちょっとね・・・」
術後の安心感からか上機嫌な母親の口は軽く、今にも千夏の身の上話しを始めそうだ。
どう返事したら良いのか解らない秋人が愛想笑いを返すと「ごめんなさいね」と察した母親は笑顔で一礼をして、そそくさと病室に戻って行く。
「せっかく買ってきたのにコレ、可愛いじゃない・・・」
母親は残念そうに自分が買ってきた帽子を手に取り話し掛けるが、千夏はシーツを被ったまま頷き顔を出そうとはしない。
坊主頭になった位で大袈裟だと言わんばかりに母親は「短くても可愛いわよ」と気休めを言うが、思春期の千夏にとってただ事でない事は其の行動が示していた。
結局千夏と話す事が出来ず、病室に戻った秋人の携帯が鳴ったのは一時間後の正午だった。
「もう、お見舞い行ってきたか?」
「行ったけど会えなかったよ~、何か薬のせいで髪の毛が・アレらしいよ・・・」
妙な気を使い所々小声になる秋人だが「アレって何やねん?」と聞き直す虎太郎は、曖昧な言葉では納得しそうにない。
「病名知らないから解らないけど、映画とかでよく有るような抜ける感じだと思うよ~」
其れらしい答えで何とかその場を凌いだ秋人は「そういえば、やっとこっちも退院だよ~」とすかさず話しを逸らす。
「おお・・、おめでとう」
「心が込もって無いよ~」
明らかに適当な返事を返す虎太郎に秋人は思わず笑い。
「しばくぞ、骨折のお前はどうでもええねん」と虎太郎も笑い飛ばす。
「今日行くの?今は行かない方が良いよ~、こないだ怒られたばっかりだし~」
秋人は引き止めるが「お見舞いにそんなん関係無いやろ」と其れを虎太郎が聞き入れない事は互いに解りきっている。
「まぁ行く前にやる事が有るけどな・・・」
意味深な言葉を残し電話を切った虎太郎が向かった先は、行き付けの古い床屋だった。
「毎度~!どうぞどうぞ」
陽気な中年の店主は爽やかな笑顔と手振りで、虎太郎を座席に誘導する。
「今日もいつもの感じで良いかな~?」
顔馴染みな虎太郎の好みを、店主はだれよりも理解している。
「一生貫く言うてたもんな~、今時珍しく気合い入ってるからおっちゃんよう覚えとるわ」
店主は陽気に話し続け。
「ポリシーやな、ポリシー」と如何にも使いなれていない言葉で理解を示す。
懐かしむように鏡に映る自分を眺める虎太郎は、覚悟を決めるように一息吐く。
赤髪のリーゼントは、まだ切る必要もない位に整っていた。
「今日はコレにしてもらうわ」
もう決めていたかのように虎太郎は貼り出された髪型を選び。
少し驚いた様子の店主は一瞬固まるが「コレも気合い入っとるな」と慌てて笑顔で取り繕う。
虎太郎は其れを見透かしたかのように笑い返した。
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