第23話〈天井の無い夜〉2
「お前はコレや!」
勝利宣言さながら虎太郎は問答無用でビールを手渡し「この一本だけだよ~」と受け取りながら嘆く秋人の正義感は、適度に麻痺してしまっている。
「とりあえず乾杯やな」
そう言って虎太郎は持っている缶ビールを突き出し、突き合わせる二人も笑顔を返した。
「美味し~!」
「コレ苦いよ~」
初めてアルコールを飲んだ二人は、それぞれ感想を口にするが評価は全く重ならない。
「しばくぞ、ビールはそういうもんや」
笑い飛ばす虎太郎は、もう二缶目に手を伸ばしている。
「それよりもコレお金払うよ~」
買い出しした量の多さを気遣い、秋人は財布からお金を出そうとするが「そんなんええねん」と睨みを効かす虎太郎は、受け取ろうとはしない。
「次はコレ飲んでみようかな~」
虎太郎程ではないが意外と早いペースで飲む千夏と比べ、秋人だけは一向に進んでいない。
「ツマミばっかり食うな、もっと飲め」
一口飲むたびに顔をしかめる秋人を見て虎太郎は面白がり笑うが「だって苦いんだよ~」と冗談ではなさそうな秋人のリアクションは、完全に顔芸と化している。
「それよりも大丈夫かな~、絶対怒られるよ~」
抜け出した事を気にしているせいか秋人はちらちらと時計ばかり見ているが「今更そんな事気にしてんのか?」と主犯である虎太郎は全く気にもしていない。
「コレ飲んでみたら?」
ずっと二人のやり取りを笑って見ていた千夏だったが、秋人を気遣いさりげなく他の飲み物を手渡す。
「コレ美味しい~、コレなら全然飲めるよ~」
「じゃあ勝負してみるか!」
余興代わりとでも言わんばかりな虎太郎の挑発に「私も参加する」と千夏も加わり、三人での飲み比べが始まる。
決して豪勢ではない公園でのささやかな宴会だったが、賑やかに笑い合う三人には掛け替えの無い時間だった。
「もう駄目だ~、絶対勝てないよ~」
序盤こそ良い勝負だったが明らかに飲むペースが違うのを悟り、虎太郎と張り合うのを秋人は諦め始めている。
「‥‥そろそろ戻らないとマズイよ~」
時計を見て思い出したように秋人は口にするが「しばくぞ!夜はまだまだこれからやろ」と虎太郎が聞き入れるわけもない。
「それにもう呑めないよ~」
今にも眠ってしまいそうに公園のベンチにへたり込み一人占めする秋人を、飲み比べ勝者の二人は笑う。
「花火戦争ってした事有るか?」
そう言って買い出しした袋の中から、虎太郎が花火を取り出し見せると「したことは無いけど、そんなの駄目だよ~、名前からして絶対危ないよ~」と秋人は起き上がり大袈裟に引き止め、虎太郎に睨まれる。
「したい、した~い!」
喜び跳びはねる千夏を「花火戦争は駄目だよ~、やるなら普通の花火だよ~」と秋人は止めるが、すでに千夏は中身を取り出し物色し始めている。
「どれにしようかな~」
そう言って楽しげに花火を選ぶ、そんな千夏の手を止めたのは降り始めた小雨だった。
「ほ~ら~、天気も駄目だって言って~るよ~」
場の空気も読めず完全に酔っ払いと化した秋人は、横たわり今にも眠ってしまいそうに瞳を閉じ。
二人雨模様を眺める少しの静寂の間に、いつのまにか秋人は眠ってしまう。
「やっぱり楽しい事って続かないのかな‥‥」
気を使わせまいとして千夏は明るめに話すが「すぐに止むやろ‥‥、ほら呑めよ」と優しく返事を返す虎太郎は、それでも察している。
敢えて何も言わない虎太郎は、小さく頷く千夏が心の内を話しだすのを待っているようだった。
「私まだ死にたくない‥‥」
逸れ以上何も言わず泣き声を押し殺す千夏に、隣りに座る虎太郎は静かに頷き返す。
辺りはそんな二人を守り隠すように、雨音だけが響いていた。
「ゴメンね‥‥」
そう言って、ひとしきり泣いた千夏は冷静を装い「ただ来てくれる友達も少なくなって、忘れられていくのかなって‥‥」と造り笑顔を浮かべ、ごまかそうとするが「‥‥俺は絶対忘れんぞ」と言いきる虎太郎は、真剣な表情で視線を逸らそうとはしない。
「またまた~、そんな事言っても何も出ないよ」
何事も無かったかのように千夏は笑って茶化そうとするが、逸れを聞き流せない虎太郎は「好きやからや、忘れる訳無いやろ」と語気を強め、まるで時間が止まったかのように辺りは静まり返る。
今にもまた泣き出しそうな表情で言葉を返せない千夏と、逸れ以上何も言わない虎太郎。
まだ止まない雨が二人の心音代わりのように響いている。
「返事は気にせんでええから‥‥」
先に口を開いたのは虎太郎だった。
余計な負担を掛けたくないからなのか、虎太郎は答えを求めようとはしない。
「うん‥‥、ありがとう‥‥」
雨音に掻き消された千夏の返事は、それでも充分感謝している事が虎太郎には伝わっていた。
「決めた!手術受ける!」
立ち上がり高らかに宣言する千夏に「手術の日行くわ!約束や」と虎太郎は右手の小指を突き出す。
「虎君はそれよりも喧嘩しないっ!」
千夏は虎太郎の擦り切れた右拳に手を添え、心配そうに見つめる。
「‥‥逸れも約束するわ」
虎太郎は渋々と了承するが、千夏は安心した様子で笑顔を返す。
二人の指切りする声に起こされた秋人は「あれっ‥‥、花火しないともったいないよ~」と雨が降っていた事も忘れ、虎太郎のライターを借り花火に火を付ける。
気付けばいつのまにか雨は止んでいた。
見上げる夜空は曇りでも、水溜まりに映る花火は流星群のように輝いていた。
「星空みたい‥‥」
水溜まりを見つめ呟く千夏が見上げると、虎太郎が優しく微笑んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます