第20話〈守るべきもの〉1

虎太郎が住むこの地域にはハミダシ者達が集まる二つのグループが有り、一つが虎太郎の所属する鉄鬼でもう一つがラファエル。


其の二つは特別に敵対している訳では無いが、大きな抗争を避ける為互いのグループには手を出さないのが暗黙のルールだった。




夕方8時、この日はバンドメンバー全員が初顔合わせする予定日。


スタジオ近くの喫茶店では、先に来ていた秋人と鈴が「最近練習どう?」「普通~、いつも練習一人だし」と上手く続かない会話で時間を持て余している。


「オウ、待たせたな!」


虎太郎と後輩が到着したのは数分後だった。


「紹介するわ!バイトの後輩でベースのマルや!」


「丸山っス、初心者っスけど頑張ります!」


慌てて頭を下げる丸山の挨拶が済むと、安心したように二人は椅子に座る。


「予約した時間迄まだ結構あるな!王様ゲームでもやるか?」


「良いっスね!」


「そんなの駄目だよ~、今の内に音合わせする曲順とか決めないと~」


全く冗談の通じない秋人をからかい「王様~俺だ!」と虎太郎は更にふざけるが、予想していたよりも笑いが取れなかったからか「冗談や、冗談、しばくぞ」と笑って強引にごまかす。


とりあえず落ち着こうと二人は飲み物を注文して待つが、静まり返る四人は他人のように余所余所しい。


そうなるのも無理はなかった。


何故なら四人は互いに理解しあえる程の時間を過ごしておらず。


まだバンドとしての何も始まっていないからか、全員が緊張しているのは紛れも無い事実だった。


そんな中、虎太郎の携帯電話から仕事人の着信音が響く。


「オウ、どうした?」


「虎、今日も集会来んのか?そろそろ血が騒いできたんちゃうか?」


「今は忙しいからな」


「そんなん言うてほんまはバイク乗りたい禁断症状出てきてるんちゃうか~?」


「アホか!しばくぞ!バイクも乗らんから後輩に貸してるしな」


電話の相手は竜也。


聞き耳を立てるつもりは無くても、その場で話す虎太郎の会話はバンドメンバーに筒抜けだった。


「まあ冗談はこれ位で、最近‥‥、ラファエルの奴達人数増えてきてるし特攻隊長がおらんのはマズイやろ‥‥」


返答に詰まる虎太郎に「それに、もう先輩ごまかしきれんぞ‥‥」と竜也は心配そうに話しを続ける。


「オウ、解っとる‥‥」


言葉を返した後の間が、この先どうするか虎太郎が選んだ答そのものだった。


「今の俺には自分との戦いがあるんや」


打ち明ける虎太郎。


その言葉の意味が、もう族には戻らないという事なのが竜也にはすぐに解ったようだった。


それは同じチーム内でも仲の良し悪しは有り、その中でも二人は特別に仲が良かったからだった。


「こないだ言ってたバンドか?」


問い詰めるでも無く竜也は明るく尋ね「オウ、そうや」と虎太郎は短い返事を返す。


「まあ俺だけは応援したろかな、成功しなさそうやし」


「アホか!しばくぞ!」


笑い合う二人にしか解らないような会話だったが、笑顔で電話を切る虎太郎に待っていたメンバー達もホッと胸を撫で下ろしていた。


「大丈夫?急用?」


秋人は心配そうに尋ねるが「オウ、何でも無い」と返事を返す虎太郎は、いつもどうり素っ気ない。


「今日は天気良かったっスね」


飲み物が出揃った状態でもぎこちない雰囲気なのを打開しようと、マルは話し掛けるが「オウ、そうやな」と当然会話は続かない。


全員の口数が少ないまま数分が過ぎると「何か緊張するね‥‥」四人の表情に笑顔が戻ったのは、秋人の正直な一言からだった。


「しばくぞ、練習で緊張してどうすんねん」


虎太郎は強がりを口にするが、同じように緊張しているのは隠しきれていない。


それでもムードメーカーが虎太郎なのは言うまでもなく。


「予約の時間そろそろやな、行くか」と立ち上がる虎太郎に連れられ、四人はスタジオに向かう。


 スタジオの料金は一時間2000円、逸れを四人で割るので特別高くはない。


店に着くとカウンターで器材を受け取り、四人は部屋に向かう。


「何号室はこっちやな」


「さすがっス!詳しいっスね」


慣れた様子で虎太郎は先頭を歩き防音室に入るが、実際はまだ二回目で始めて入る二人とたいして差は無い。


「じゃあ始めるか」


PAのセッティングを済ませた虎太郎の一声で曲を弾き始め、メンバーの緊張は次第に溶けていく。


まだ互いの音が主張しあっているような状態だが、音合わせは下手なりに順調に進んでいった。


 数十分が過ぎると「練習が足らんな、ベースが泣いとるぞ」と先輩面した虎太郎は、手本だと言わんばかりにギターを掻き鳴らす。


「人の事言えないよ~、虎君だって二曲目テンポ合ってなかったよ~」


まだ初心者なマルを庇う秋人は、珍しくふざけて食いつく。


「しばくぞ、俺は疾走感を出してるんや」


冗談だと解っているからか、攻撃的な口調とは裏腹に虎太郎の表情は明るい。


「一人だけ走ってたらおかしいよ~」


だが調子付く秋人に巻き込まれたくないからか「虎さんは悪くないっス、俺の練習不足っス」とマルは頭を下げ、話しを終わらせようとする。


「私は二人共良かったと思うよ」


鈴の援護参加で、会話は更に混戦していき。


「やっぱりそうやろ!」


「え~?そうかな~?」


「俺が悪いんっス、もっと練習するっス」


まともな会話が無かった喫茶店での時間が嘘のように、それぞれの言い分は止まらず終着点が見えない。


「でも‥‥、これだけ言い合えるなら音楽性の違いは心配無いよ~」


「お前が言い始めたんやろが」


全員の笑い声が狭い防音室に響く。


その笑い声が音合わせの結果を物語っていた。


出来ない部分も互いに認め合い、仲間としてやっていけると。


それから数時間後カウンターでマイクとマイクケーブルを返し、支払いを済ませる。


「今から軽目の反省会やるか」


虎太郎の提案に三人が頷き、店を出ようとした時「あれっ‥‥?」


「あっ‥‥、久しぶり‥‥」遠慮気味に声を掛けてきたのは、解散した元メンバーの祐司と智也だった。

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