第50話 パーティと隣人⑥

「続きまして、年間新人賞の発表です」

私は様子がよく見えるように、最前列まで来ていた。壇上には開始の挨拶をしていた偉い人が居て、端には司会役の人が進行を務めている。

「本年の年間新人賞は……人栄シノ先生です!」

その発表の瞬間、わあという声とともに拍手が沸き起こる。儀礼的、というわけでもないがさほど驚きはないという拍手だった。もしかしたら、彼女が獲得するというのはある程度予測されていたのかもしれない。全然把握していないが、結構な売れっ子なのだろうか。

拍手に迎え入れられつつ、人栄さんは壇上に上がる。大丈夫だろうか、という私の心配をよそに、彼女は実にリラックスした様子だ。壇上で彼女が一礼すると、ひときわ大きい拍手が巻き起こる。

「人栄先生から一言頂く前に……担当編集である弊社の佐須杜より人栄先生の紹介をさせて頂きます」

壇上に佐須杜さんも上がり、司会の人と交代する。

「高いところから失礼致します。担当編集を務めさせて頂いております佐須杜でございます。私の方から簡単に先生のご紹介をさせて頂きます。先生は、本年の1月に弊誌にてデビュー。これは新人向けの賞を獲得したことに伴うものです。そこでは『衝動』という作品で、家族愛をテーマに掲げつつ、じっとりとした重厚な世界観と耽美な画風が評価され、大変な話題を呼びました」

彼女のデビュー作は、やはりというべきか、家族をテーマにしたもののようだ。おそらく彼女自身の経験を大いに反映したものなのだろう。

「その反響を受けて、複数の短編やイラスト集を出版し、こちらも大きな話題を呼びました。今回の受賞もそれらの活躍を評価してという形になっております。しかし、えー……」

と、そこで佐須杜さんは一度話を止めて、ちらりと私の居る方を見たような気がする。なぜ、と思う間もなく彼女は話を再開する。

「えー、最近連載を開始した作品におきましては、今までの家族というテーマを下敷きにしつつ、そこからの脱却、あるいは回復を狙ったようなものになっており、えーっと……こちらは若い20代の女性が隣家に住む年上の男性に恋をしていくというものになっています。こちらはデビュー作での重い雰囲気をわずかに残しつつも、絶妙なバランスでの明るい気配を感じさせるもので、これからの活躍にも弊社一同ますますの期待を寄せている次第です」

そこで話は終わったのか、佐須杜さんは一礼する。しかし、まるでどこかで聞いたことのあるようなストーリーラインに、呆然としてしまった。問場さんと仁部さんがまるで私のことを知っているかのような話をしていたが……もしかしなくてもこの話を読んでいたからなのかもしれない。

私の様子を知ってか知らずかは分からないが、壇上の人栄さんは私に向かってウィンクを飛ばしてきた。その胸元にはプレゼントしたペンダントが輝いていて、それはそれで誇らしいが、身体が熱くなるのを止められなかった。

彼女は事前に用意していたであろう原稿を読み上げ、たどたどしく、つっかえつつも無事にスピーチを終えた。再度割れんばかりの拍手に会場は包まれ、人栄さんは壇上から降り、すぐに私のもとに来る。

私はなんと言っていいか分からず、口元を動かすことしかできない。

人栄さんは悪戯っぽく「ごめんね」なんて言っているが、私の情緒はもうぐちゃぐちゃだった。別に怒っているわけではないが――彼女の新作のストーリーラインに込められた気持ちに気が付かないほど、私は鈍感ではないのだ。


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