第10話 イケおじと隣人

幸いにして購入した小説は非常に面白い。皮肉屋の主人公、愛想の悪いヒロイン、陽気なペット。始めの数頁だけで非常に引き込まれる内容だと感じる。しかし、中々難しい言い回しや古風な漢字・単語を多様しており、いちいち検索しないと理解しにくいのも確かだ。

そういうわけで書斎のデスクトップパソコンの前に移動した(もちろん会社のPCとは別の私物である)。調べつつ、小説にどっぷりと――

「シノ、私が言いたいことは分かるな?」

「はい……分かっていますよ、ナコ」

彼女達の会話が始まったようだ。少なくとも、今回はラジオ的にでも聞かないほうが良いかも知れない。

「わたしはこの度大変なご迷惑をおかけしまして、えー、大変反省をしております……」

「おう、そうだな。ちゃんと、改めてご挨拶しておくんだぞ」

「もちろん……」

「で、体調は大丈夫なのか?」

「うん、そっちは……まあ無理がたたっただけだからさ。イラストの締切りも大丈夫」

「でも、その原因って仕事だけじゃなくて……まあ、無理するなよ」

佐須杜さんは心配そうにしているようだ。礼儀正しく、優しく、そして金髪。あまり会ったことのないタイプだが、好感が持てる人物だ。

「ありがとう、いつも迷惑かけてばかりでごめんね」

「いまさらだ。気にすんなよ」

二人共良いパートナーシップを築けているように思える。素晴らしいことだ。若さを失った私には少し眩しすぎるくらいだ。

「……ところで、ナコ」

「どうした?」

「イラストなんだけど、ラフから全然違うものにしちゃって大丈夫?」

「は!?急にどういうことだよ!」

「いや、さっきのお隣さん、目島さんさあ……結構素敵な方だったじゃない?」

……雲行きが怪しくなってきたな。

「まあそうだな。顔立ちは整っていたと思う。私達よりも十個近く上だと思うけどな」

「いや、まさにそこ!イケおじじゃん!しかも料理上手で紳士的!」

「きっも」

「……だ、か、ら、今回のイラストもそういう感じの方向性でさあ……」

私はここで書斎を出た。もちろん、しっかり扉を閉じて音が漏れないようにして、だ。これ以上聞くのも失礼だし、あまり聞いてプラスになるとも思えなかった。

……やはり、壁の穴を塞ぐ必要がありそうだ。応急処置でも自分で可能なら挑戦してみようと思う。

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