テレワークから始まる年の差の恋もある
みょうじん
第1章 隣人テレワーク
第1話 テレワークと隣人
テレワーク。この制度が我が社に導入された。正直、『ようやく決まったのか』という程度の感想しかない。当社は意外とお硬く、検討をし始めてから実施まで一年もかかっているのだから、そんな感想でも仕方がないだろう。しかし、一度決めたらとことんやるという方針の下、すでに本社も売っぱらわれてしまった。
少々、思い切りが良すぎやしないかと思わなくもない。実際、6年以上通ったビルだったので少し寂しい気もする。しかし、毎日の通勤から開放されたというだけでもQOLが急上昇なのだから、まあいいだろう。今まで隣の席で仕事をしていた後輩の
いずれにせよ、ある意味ではここから新生活が始まるのだ。
そういう感じで自宅での仕事であるが、かなり快適だと思う。もちろん、テレワークに付随する事象として、人と顔を合わせる機会は極端に減ってしまった。せいぜい日々の買い物のときに店員の方と話をするくらいで、後は殆ど全てWebを通じてしかコミュニケーションを取っていない。ちなみに件の後輩は『先輩の仏頂面でもいいから直接拝みたいですよ!』とか言っているから、もしかしたら彼女にはテレワークが合っていないのかもしれない。
少なくとも、個人的にはあまり気にならず、むしろ無遠慮な問い合わせの電話への対応等から開放されて、楽になったと思う。もとより私自身が外交的な人間ではない――人間嫌いというわけではないのであしからず――ということが多分に影響しているのかもしれないが……何と言うべきか、それより何より人寂しさを紛らわせる現象が発生してしまっているのだ。
今日もそろそろその時間がやって来る――
「ああー!しめ、締切が、締切があ!やばい、まずい、もう笑うっきゃねえ!」
どたばた音とともに叫びにも似た声が聞こえてくる。同居人、ではないがある意味ではそうなのかもしれない。端的に説明すると、お隣さんの悲鳴というか慟哭というか、まあそういったものだ。
私の住んでいるマンション。まあまあ古ぼけているがその分2LDKという一人暮らしには十分に広い間取り。一室をベッドルームに、もう一室を書斎にしているが、従前は書斎を全然利用していなかった。この度、テレワークをきっかけに色々と模様替えをして書斎を整えていたところ、もともと本棚があったところの壁に穴が空いていることを発見したのである。引っ越してきたときに空けてしまったのか、元々存在していたのかそれは分からない。私の掌よりも少しだけ小さいくらいで、手を広げて重ねてみても指の隙間から暗い空洞が覗いている。
本来なら管理業者に連絡してなんとかしてもらうべきなのだろうが、面倒で放置してしまっている。会社の機密書類を書斎に色々置いてしまっているということもあるが――それより何より、他人を私の城に入れるのは好まない。カレンダーを設置して目に入らないようにしているので、彼女の声がなければその存在を思い出すこともないし、さほど問題はない。
とにかく、私の置かれている状況、あるいは私の仕事環境については分かってもらえたと推察している。まあまあ騒がしい彼女の声が聞こえてくるので私もあまり人恋しさとかそういう類の心境に陥っていないというわけだ。
まあ――
「うおー! 一筆入魂!」
中々愉快。少なくともそれだけは伝わっているだろう。
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