第12話 311年12月 領主のつとめ

その1 ジョン・ザ・ネームレス

<前回までのあらすじ>

 アルフレイム大陸への道を探すため混沌海研究所を訪れた一行は、研究所を警備するウォ―ドゥーム隊に手荒い歓迎を受ける。

 ウォ―ドゥーム隊をしばき倒すと、パワード所長とケリス博士がやって来た。両博士に話を聞くと、サンディの心に一つの疑問が浮かぶ。まさか、ケルディオン大陸そのものが一つの魔域なのでは?と。サンディの言葉に笑みを深くする所長。

 するとそこに魔域警報が鳴り響く。場所がネビュラ島と判明すると言葉を濁すケリス博士。彼によれば、ネビュラ島には元デナーレ王国人の男がいるというが……?




【シェラルデナ(シェラ)】(PC、人間/女/17歳):祖国ハーグストン王国再興を夢見る姫剣士。旧臣と祖国再興に向け動き出した。

【パテット】(PC、グラスランナー/男/48歳):流浪の吟遊詩人バード。典型的グララン。『雀を名乗る不審鳥』を飼っている。

【サンディ】(PC、エルフ/女/41歳):ガンマンに憧れる銃士マギシュー。溺れたのは黒歴史。

【ジューグ】(PC/GM兼務、リカント/男/17歳):キルヒアの神官戦士。重度のシスコンだが、最近はシェラが気になる様子。

【ケイト】(支援NPC、ナイトメア/女/20歳):キルヒア神官にして真語魔法使いソーサラー。ジューグの異母姉。


【ノエル・ディクソン】(人間/女/15歳):ハーグストン王国最後の騎士を名乗る少女でベルミア衆の一人。シェラに忠誠を誓う。

【クラミド】(ディアボロ/女/25歳):魔将ディロフォスの娘だったが、戦う能力がないため父に勘当された。シェラに仕えて学問で才を開花させる。


【ケイゴ・ラガム】(シャドウ/男/18歳):ラガム海賊衆第十六代頭領。海賊の在り方を変えようとしている。

【ヴィクトリア・ドーズ】(人間/女/20歳):“ドーズの鬼姫”と恐れられる黒ドーズ公。ケイゴとは夫婦漫才を繰り広げる仲。

【トゥンガラ】(リザードマン/男/自称永遠の17歳):ギヨーの海賊親分。おっさん呼ばわりすると怒る。


【マキシム・パワード】(ドワーフ/男/188歳):傍迷惑な混沌海研究所の所長。専門は奈落の魔域。

【ケリス】(リルドラケン/男/270歳):混沌海研究所の研究者。専門はアルフレイムからの漂流者。





 奈落の魔域が発生したのは商都アガタより北西に位置する島、ネビュラ島。その島をまとめているのが自称“名無しの”ジョン。かつてはデナーレ王国の禄を食んでいたという。


(本当に大丈夫か?)


 ジューグは嫌な予感がしてならない。

 テオドラ元王女はデナーレ人とは言え、元々デナーレに滅ぼされた国の人間だ。シェラとしては憎む理由は薄い。だが、“名無しの”ジョンとやらはデナーレ王国に仕えていたというではないか。実際に顔を合わせた時彼女が冷静でいられるだろうか。




 シェラ一行はパワード所長とケリス博士を伴い、アガタ港に停泊していたケイゴの船に乗り込んだ。

 

「では、船上で軽く彼の来歴について話すとしようか」

 ケリスが言うと、シェラはうなずいた。


 “名無しの”ジョンは30歳。元はデナーレ王国の貴族で、ハーグストン王国や他の周辺諸国との戦いに従軍して武功を立てたという。


「ところが5年前、西方のギギナール王国との戦いで大敗を喫し、多くの兵を失ってのう」

「ギギナールに負けたのか……」


 シェラの記憶が確かならば、ギギナール王国の国王はエルヴィン・クドリチュカ。大破局期の勇者の名を名乗り、デナーレ王国前王朝のヘドヴィカ王女を擁してギギナール島のバルバロス領を制圧し、王国を建国。デナーレ王国と長年抗争を続けているはずだ。


「彼は大敗の責任を負って名を失い、再起を賭けて西南オーベルン藩王国への使者となったのだが……そこで遭難。部下たちと共にネビュラ島に漂着し、現地の争いを収めたことで島の太守に推戴されたという」

「なるほどな」


「じゃあ現地では慕われてるってことかな。でもそれと奈落の魔域が繋がらないなあ」

 首をかしげるパテット。

「行ってみればわかるもんでしょ」

「それもそうだな」

 サンディの言葉にシェラが同意した。




 ネビュラ島は二つの島が横に並んで繋がったような形状、言い換えれば中央部にくびれがある。そのくびれの南側海岸に首府のジョンストン城があった。

 

 港に接近すると、小高い丘に城があるのが見えるが……


「なんか様子が変だな」

「城が燃えてるとか?」

 望遠鏡を覗き込んだジューグが、かぶりを振った。

「いや、パテット。燃えてるわけじゃない。あー……スケルトンがわんさかいるぞ」


「接舷したらすぐに露払いしないと大変そうだな。ボート漕いで上陸するのでも構わないぞ」

「というか、下手に接舷すると避難民が押し寄せてきそうね」

「私たちだけで先行して様子を探ろう」


 シェラ一行は船からボートを下ろしてもらって、少し離れた位置から上陸して城に向かった。




 間もなく目に入って来たのは城を取り囲むスケルトンの大群。城門では兵士たちが防戦中のようだ。


「助太刀だ! いくぞみんな!」

 シェラが剣を抜き放った。

「可能な限り数を減らしてくれ」


 例によって無慈悲な火力がスケルトンを焼き払い、骨片に還していく。

 撃ち漏らしにシェラが斬りかかった。

「ジューグ!先行してくれ」

「あいよ」

 城門で戦闘していた若い戦士の隣に滑り込む。


「……援軍?」

「まあな」


 城門の櫓を見上げると、タビットが矢継ぎ早に指示を出しながらスケルトンを撃っている。どうやら彼女が総指揮官のようだ。


 ジューグが城門前のスケルトンの攻撃を完封すると、あとは掃討戦に移った。




「ありがとう。助かった」

 若い戦士はネビュラ隊十番隊隊長のウィルド・ブレッティと名乗った。

 城門の櫓から降りてきたタビットはネビュラ隊の総隊長モニカ・ヤコブソンとのことだ。


 シェラが名乗ると、モニカは訝し気な表情をする。


「……ハーグストン?」


 ウィルドは不思議そうな顔をしている。どうやら、ハーグストンという単語に馴染みがないらしい。


「……ハーグストン」

 声の主を探すと、いつの間にか櫓に現れたリカントの少女が無表情でこちらを見下ろしている。


「お嬢様!」

 少女はウィルドを見てこくりとうなずくと、再び口を開いた。

「終わったの?」

「……ええ、まあ、ひとまずはですね」


 お嬢様に答えて、モニカはシェラに向き直った。

「本気かね?」

「戦に大義は必要かもしれないが、人を救うのに大義は必要か?」


「どのみちおたくら本国に居場所ないんじゃない?……もしかしてこっちの子は現地雇用?」

 いまいち話を呑み込めていないウィルドを見かねてか、サンディが訊いた。

「私やお嬢様はあっち組だけどね。そこのウィルドはネビュラ生まれだよ」


「ひとまず、彼女らに敵意はないよ」

 ケリス博士が請け負うと、タビットは腕組みをする。

「……確かにね。やるんだったらアンデッドとつぶし合わせてたろうさ」

 モニカによれば、アンデッドたちは北西からやって来たという。


「少なくとも島外の関係を持ち込むつもりはない。奈落の件を手伝うつもりで来たんだ」

「アルフレイムでの因縁はアルフレイムでケリをつけろということ」肩をすくめるサンディ。

「ひとまずは……ジョンに会わせてくれんか?」





「ええと、では、御案内します」

 ウィルドが言うと、お嬢様、ことリカントの少女は無表情を崩さずすたすたと歩きだした。

「あ、あのお嬢様?」


「なんか言ったらどうだそこの……リカント?」

 返事はない。

「ふん、しかしデナーレでリカントってどうなのさシェラ」

「どうだろうな。人間優越の風土ではあったと思う」

 歴史的に被支配種族だったことはあるが……と珍しく言葉を濁した。




 太守の間にいたのは30前後の人間の男と、ドワーフの男。人間の男の方が太守ジョンだろう。


「太守ジョン・ザ・ネームレスだ」

「名前からして名無しのジョン!?」

「言ったじゃろ。今は名を奪われておると」


「おう、ケリス博士にパワード博士」

「おうよ。元気そうで何よりじゃ。それで、だな……」


 言葉を濁すケリス。シェラが堂々と名乗ると、太守も訝し気な表情をする。


「儂は、今は名無しのジョンと名乗っている。横にいるのが、金庫番のホルガ-・ストランド」

「御紹介に預かりましたストランドです。デナーレ王国では財務官僚の末席におりました」

 ストランドは官僚同士の権力争いのとばっちりを受けてジョンの軍に従軍することになったという。


「そっちのタビットがモニカ・ヤコブソン。元傭兵じゃ。儂より戦上手でな、ここでは兵を預けている」

「……なるほど。我々は我らの信条に基づいて救援に参った次第です」

「……さようか」

 シェラとジョンが真っ向から向かい合う。


「併せて、貴国の情報をできる限り頂きたく」

「この島のことか?」

「それと本土の情報を」

 ハラハラしながらやり取りを見守るジューグをよそに、太守は片眉を上げた。

「儂はこれでもデナーレの禄を食んでおる身ぞ?」


「禄って……あんたねぇ」

 モニカも心配になって来たのか、シェラの顔色を窺う。


「今の情勢じゃ、祖国も他人も同然じゃろて」

 パワードは肩をすくめた。


「私は知りたいのです。隣国の民が何を考えているのかを」

「知ってどうする?」

「せめて付き合い方の糧にはなるでしょう。それが例え、刃を向け合おうとも」

「……」

「私は、私の祖国を救い、私の友人たちに幸を共有できるまでに至りたいその一心でここまで歩みを続けて参りました。その歩みのためならば、例え蛮族と共謀し挟撃を図る隣国人であっても、己が血と誉を以てその意思を貫くまで……そう私は考えております」

「……まあ、よかろう」


 太守によれば、ネビュラ島はいくつかの火山からなる火山島で土地が火山灰で覆われており、そのため村同士の漁場争いが絶えなかった。

 島の者たちはジョンらデナーレ軍の船が漂着した時、こぞって味方に引き入れようとしたが、その最中ジョンは違和感を覚えたという。

 違和感の正体は、レドルグという魔神だった。

 魔神を討滅したジョンは島のまとめ役を任され、島の中央にあった城塞を再建して人々を集住させ、争いを終わらせたという。


「今の人口はおおよそ3000人ほど。主要な産業はさっきも言ったとおり漁業だ」

「十分都市国家レベルだねえ」

(魔神、魔神かぁ…ケルディオン魔域説的にどうなんだろうなぁ)


「島の北西にはセファイド城という城がある。どうやら魔法文明期から続く城のようなのだが……アンデッドが多数住み着いているので手を出しかねておった」

「向こうはそっちに手を出しまくってるみたいだけど?」

「こんな襲撃は初めてだよ。だからこそ放置してたんだけどね」

 モニカはかぶりを振った。


「島の話はひとまず置いておこう。儂のまことの名はヨハネス・シュミット。デナーレ王国では子爵の家柄だった」

 ジョンことシュミットは13歳からあちこちの戦に駆り出されていた。『お嬢様』ことリカントの少女はハーグストンとの戦いに参加した時に拾ったとのことだ。


「メアリー。御主は名乗りは上げたのか?」

「……メアリー・エルドリッジ。旧デリーネ公国エルドリッジ村出身」

 デリーネ公国はハーグストン王国の構成国の一つだ。だが、メアリーがこちらに向けてくる視線はひたすら冷めている。シェラに対する同胞意識はないようだ。


 5年前にジョンは西方のギギナール王国との戦いに従軍したが、敵軍に誘き出される形となって命からがらの敗走となった。


「で、干されたと」

 サンディの言葉にジョンはかすかに頷く。

「陛下、そして第一王子殿下はたいそうお怒りでな……あそこでミロシェ様が助け船をくださらなければ、儂はここにはおるまいよ」

「ミロシェ……第二王子だったか」

 ケイトはちらりとシェラの様子をうかがう。

「……」

 5年前時点では、ミロシェ王子が旧ハーグストン王国の事実上の総督だった。彼が力を持ち過ぎれば、兄の第一王子と王位を巡って内乱もありうると危惧されていたとジョンは言った。


「儂は、挽回を期してギギナールからさらに南西にある、オーベルン藩王国への使者を命じられた」

 ジューグはアルフレイム大陸とケルディオン大陸の間の海域を思い浮かべる。位置関係からすると、オーベルンはブラキストン陸橋の北に連なる土地だったはずだ。


「メアリーが密航していたときにはどうしたものかと思ったが……結果的には密航してくれてよかったかもしれん」

(そりゃ、どういう意味だ?)

 単純に置き去りにしなくて済んだ、という意味には思えない。


 ジューグが言うべきか迷った言葉を、サンディが口にした。

「そして遭難した、と。旧ハーグストンの統治状況はどうだったんですかねぇ」

「それを聞いたら、儂を斬りたくなると思うが」

「そこまでして……!」


 シェラの怒気が膨れ上がり、サンディがワイヤーアンカーの構えを取る。ジューグとウィルドが両陣営の前に飛び出て相対した。


「……何が欲しかったのか!? そこまで飢えているのか、貴国の王と民は!」

「太守殿なくして今のネビュラはない!」

 一喝するウィルドに向かって、ジューグはかぶりを振った。


「シェラ、俺たちは話をしに来たんだろ」

「抜くなら、ワイヤーアンカーで束縛するよ、シェラ」

「……分かっている。必要とされる人を斬るほど、私は堕ちてはいない」




「……天使の器。アレは結局、法螺話の類だったのか?」

 ジョンは問うた。天使の器はデナーレ側の開戦の大義名分だったはずだ。

「……天使の器は、魔動機文明の大共和国時代の基盤となった代物だ。確かに実在した」

「しかし、それを悪用できるのなら、我らは戦に勝っておりますまい」

 ストランドがかぶりを振る。

「……その口ぶりだと、デナーレは手に入れることはできなかったと?」

「南のドレイクと奪い合いになったとか、結局手に入れられなかったとか、はっきりした発表はない」




「……お話、有難う御座います。太守殿。このような尋ね方をするのはご無礼かもしれませんが、貴方方は本来の責務を果たす心積もりは今でもおありなのですか?」

「デナーレは祖国であり、ミロシェ殿下は命の恩人だ。……とはいえ」

 ジョンはかぶりを振った。

「他の者たちまでも、命がけの任務に付き合わせる気はないよ。メアリーに至っては、そもそもデナーレの民ですらない」

「……」

 それまで無表情だったメアリーが、初めて悲しそうな顔をする。


「ハーグストンの民とはいえ、生き方を決めるのは貴女だ。貴女が幸せなら、私はそれでいいと思う。私はハーグストンの民の安寧と幸せのために剣をとっているのだから。貴女が太守殿に尽くすのであれば、なおの事矛先を向ける理由はない。それが我らが愛した地を侵した者たちでも……」


―……(おもむろにダイスを振る)―


「わー、本物のオヒメサマってこういうこと言うんだねー。メアリー、メモっときなよ」

 メアリーの背後に突然現れた少女が言った。ただし、淡い金髪に羊のような角を生やしている。

「メフィ!?」

「お嬢様から離れろ!」

 剣を抜くウィルドを、メアリーが制止した。

「待って……!この子は、友達……」


「私はメフィス。メフィでいいよ」

「メフィス……と ああ、パテットだよー」

「何故唐突にメモったちゅん?」

「種族何?」

「なんだと思う?」

 メフィはサンディに逆質問をした。

「わからん!」


「でかい角生えてる時点で蛮族の確率が高いんだけど、言っていいのかな」

「いや言ってるちゅん。名前の響き的に魔神っぽくもあるちゅん」

「うん、マジンだよー。ミロッちはそう言ってた」

 雀を名乗る不審鳥の言葉をメフィはあっさり肯定した。

「お前らも魔神じゃねえのか?スズメを自称する不審鳥ども」

 自称雀をつまみあげ、ジューグ。

「僕等グラスランナー自身が魔神との関係を疑われてるから今更だね」

「水に沈めて浮かんでこなければ魔神ではなく浮かんでくれば魔神という識別法がある」

 サンディがしれっと言った。


「ミロっちって、ミロシェ第二王子のことか?」

「そそ」

「この子魔神を自称してるけど、これ以前からそうなの?」

「……そうよ」

「どこで合流したんだ? 大陸からか?」

「……」

「こーゆーのは堂々としてた方がいいちゅんよ、パテットを見るちゅん、クリーチャー率いてても誰も文句言わないちゅん」

「んー、どうするメアリー?」

「……ミロシェ殿下に会ったときから」


 メアリーの言葉に、ジョンは目を大きく見開いた。



(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る