3章 15話 サゲ

 年季を感じられる畳の上には4人の男が、ビールの缶とおつまみが載せられているテーブルを囲んで座っている。10畳ほどの部屋の隅には4枚の布団が敷かれている。

 

 その中のリーダー格の男がビールを仰ぎ飲むと、横に座っている品川の肩を叩いた。


「この民宿とも今日で別れると思うと寂しいなあ、佐平次。いや嬉しいと言うべきだな。がっはっは。さあお前も飲め。功労者よ」


「いえいえ、あたしは言われた通りに動いただけです。計画を立てたあなたこそが最大の功労者です。あたしなんか、あなたの活躍に比べれば何もしていませんよ」


「その通りだが、それを言わないのが俺の凄さだよな。あんなに上手くいくとは、俺も自分が恐ろしくなってくるなあ。がっはっは」


 男が大口を開けて笑うと、品川は「よっ! 武功者」と言いながら手を打って囃し立てる。


「分かっているじゃないか佐平次。

 いやあ見事にスパっと切れたな。お前のクラス委員長、名前は何ていったけ? まあ死んじまったから思い出す必要は無いか。

 『たがや』を再現した橋の上、今でも奴の首を切った感触で腕が震えてしまう。いや、これは酒の飲み過ぎで震えているだけかな、がっはっは」


「武者震いですよ。さすがは英傑」


 品川が煽てると男はどんどん陽気に、そして声が大きくなっていく。

 

「計画もこれにて終了だ。目的だった佐平次の委員長を始末できた。

 俺達が罠を張っているとも知らずに、多田篠公園にのこのこやって来た時には笑いが止まらなかったな、がっはっは。

 まあ『鰍沢』の為にせっかく用意した降雪機が無駄になったのは、少し残念ではあるがな」


「結果良ければ全て良しです。さあ、今日は飲み明かしましょう」


「お前達もどんどん飲め」


 男は残りの2人にも酒を勧めると、「それじゃあ、あっしも」と次々と酒とつまみを消費していく。

 

 男3人の自慢話や武勇伝を聞く品川は、その全てに合の手を入れてご機嫌を取り、男達の機嫌を高めていく。

 その間、品川は酒を一滴も飲まず、おつまみに一切手を付けない。

 

 次第に大宴会でもしているかのような騒ぎになってきた。


 これだけの大声で騒げば民宿の女将にも、民宿の周囲に建つ民家の住民にも迷惑になる。それでも品川は褒め称えるのを止めようとしない。


「おいおい佐平次。今日は随分とご機嫌じゃねえか。いつもはすぐにたしなめてきて、酔いが回る前に白けちまうのに」


「今日は特別です。何せ大願成就の日ですから」


「そうか。そうだよな。今日ぐらいは騒いでも罰は当たらねえな。がっはっは」


 男は空になった缶をゴミ箱に投げ入れて、缶を掴むとブルタブを引っ張った。


「いや待てよ。今日は陽気すぎやしねえか」


「そんな事はありませんよ。我ら英雄を湛えているだけです。ですよね、皆さん」


 品川は他の2人に囃し立てると、それにつられてその2人も「よっ! 我らの英雄!」と煽りを入れ始める。

 

「褒められるのは気分が良いなあ。だが何か引っ掛かるな」


「今日は難しい事は考えずに、どんどん飲みましょう。あたしはちょっと厠に行ってまいります。お二方はあたしの代わりにお願いしますね」


 品川は素早く立ち上がると、音も出さずに部屋の入り口へ移動した。


 煽てられていた男は品川を目で追っていく。


「いや待て佐平次。何かを企んではいるのではあるまいな」


 男が腰を上げるようとすると、品川は襖を開けて外に出る。


「あたしは次の役目がありますんで」


「おい、待て」


 男が手を伸ばしたその時、品川と入れ替わるように民宿の大旦那が慌てた様子で部屋に駆け込んでくる。

 大旦那は有無を言わさず男の手を掴んだ。


「あなたは小柳三九郎様ですね」


「いや、俺は」


 男が否定しようとすると、机の下から声が聞こえてきた。


『このお方こそ川越藩主、小柳三九郎です。ある人を殺し目的を達成して逃げおおせた、天下一の英傑です』


 大旦那の表情が青ざめていく。


「やはりそうでしたか。大変です。隣の方が仇討ちをするとおっしゃっています」


 男が机の下を見ると、そこには携帯電話が置かれていた。画面は通話中の文字と、スピーカーモードの文字が表示されている。


「これは……、そうか! 『宿屋の仇討ち』だ! 俺は関係ない。三九郎は俺じゃない。お前達も見ていないでこいつを引き離せ」


 男は手を振りほどこうとするが、大旦那は離そうとしない。更に3人の民宿従業員が部屋に入ってきて、残りの2人も押さえつけようとする。


「私は信じます。そんな事が出来る顔じゃありません。しかし」


 大旦那の声を遮るように、廊下から声が聞こえてくる。


『嘘を付くとは卑怯な奴め! なおさら許してはおけぬぞ! しかし宿屋を血で汚すのは旦那に申し訳ない。明朝、宿の外で敵討ちとしよう。

 残りの2人も助太刀するであろうから一蓮托生だ。1人でも逃すなよ。その時は宿の者も皆殺しと心得ておけ』


「わ、わかりました。縄を持ってこい」


 大旦那がそう叫び、部屋に入って来た新たな従業員の手には縄が3本握られている。


「品川! 貴様は裏切ったな!」


 男達3人の抵抗は全く意味をなしていない。まるで台本通りに動いているかのように、次から次へとスムーズに縄で縛られていく。


 そして男達3人はミノムシのように、縄でぐるぐる巻きにされて畳の上に転がされた。


「これで逃げないだろう。お前達、部屋の外で監視だ。24時間体制だ」


 民宿の従業員達は部屋を後にすると、大旦那は3人を見下ろしながら息をゆっくりと呼吸を整える。


「逃げるんじゃないぞ」


 大旦那が部屋を後にする。残された3人は突然の事に言葉も無い。

 静まり返った部屋の中で、リーダー格の男はため息交じりに呟いた。


「途中まで上手くいっていたんだがな」


「勘違いをしているな。上手くいっていたのは初めだけだ」


 部屋の外から声がするのでリーダー格の男が顔を上げると、入口付近に首を切った筈の1年6組委員長、相山の姿があった。


「お前は! 生きていたのか……」


「首がずれて気持ち悪いけどな」


 そう言う相山の首が少しだけずれている。


「そうか。事前に『首提灯』を再現して、胴と首を離していたのか。まんまとやり返されたという訳か。

 佐平次は俺達を裏切って、お前の側に立った。俺もここで終わりか。愛する落語に最期を看取られるとはな」


 リーダー格の男は落胆で顔を伏せた。


「俺はお前が好きじゃない。

 クラスメイトに危害を加えたし、何もしたくない俺に手を出してきた。だけどお前の文化を守ろうとする考え、やり方が極端すぎるだけで納得できる部分もある。だから最後までお前に合わせてやる」


 リーダー格の男が顔を上げると、相山は口角を上げた。


「佐平次は居残りを商売にしている奴だ」


 男はその言葉を聞いて苦笑いを浮かべた。


「ちくしょう。あいつはどこまでオコワにかけるんだ」


「旦那の頭がごま塩ですから」


 男は天井を見上げると、顔の力を抜いてため息をついた。


―――――――――――――――


「委員長、おかえり」


 手を振るフューレの近くには浦島と安長、品川の姿もある。

 ここは落語や物語に襲われて、品川と出会った小さな公園だ。夜も深い時間なので、俺達以外に誰もいない。


「上手くいったの?」


「問題なく」


「そうなんだ。今回は何も分からないまま終わっちゃったよ。僕がした事は委員長に夢の話を聞いたぐらいだ」


「それが重要だったんだ。ありがとう」


 それに訳が分からない状況でも、気心が知れたフューレはいてくれるだけで安心する。


「委員長がそう言うなら、良かったかな」


「良かったさ。祝賀会の前に品川、敵は本当にあの3人だけなのか? 解決と見ていいんだな」


「支援者っつう意味では、物語世界の多くの人が関わっているけれど、あの3人が失敗したから黙るだろう。後の事はあたしに任せてください」


「そうか。それじゃあ頼んだよ」


「今回の件は本当にありがとうごぜえました」


 品川は深く頭を下げた。


「高校を卒業するまでは、今回だけにしてくれよ。その後は委員長じゃないから、俺がいない場所でしてくれ」


「肝に銘じさせていただきます。

 あたしは委員長の男っぷり見誤っていたようだ。これからは委員長に協力を惜しまないつもりだからよ、これがあたしの連絡先だ。何かあったら頼ってくれても構わねえ」


 品川が差し出した和紙には、電話番号とメールアドレスが筆文字で書かれている。俺がその和紙を受け取ると、品川は両手を袖に入れた。


「あたしはこれでけえらせて貰うよ。あの3人を連れて行かなくちゃあならないもんで」


「ああ、また学校で」


「それでは皆様方、本日は迷惑を掛けまして。あたしはこの辺りで席を外させてもらいます」


 品川が軽く頭を下げて、民宿の方へ歩いて行った。


「私もそろそろ帰らせてもらいますね。実を言うと私達の方も面倒な事になっているようなんです。彼が言ったように、今回の件は落語の世界だけが起こしたのではないようです。

 他の物語の世界も関わっているようなので、少し私も話を聞きに行ってきます。

ごめんなさい。お1人で大丈夫ですか?」


 安長が申し訳なさそうに手を握ってくる。暖かくて柔らかい感触が手を覆った。


「だ、大丈夫。俺は帰るだけだから」


「そうですか。今日は委員長と一緒にいれて楽しかったです。大変だったと思いますが、これからも私達の委員長でいてくださいね。さようなら」


 安長は小さく手を振ってから公園を出ていった。次に浦島が俺の前に立った。


「俺は軽く考えていたのかもしれない。委員長は毎日のようにこんな騒動に巻き込まれているのかい?」


「流石に毎日じゃないけど、騒動にはよく巻き込まれている」


「俺が騒動に巻き込まれた委員長にしてあげられる事は、本当に少ないんだ。だからせめてこれだけは渡しておきたい」


 浦島は財布の中から、裁縫針のような物を取り出した。その針を受け取ってよく見てみるが、ただの針にしか思えない。


「それは釣り針なんだ。実際に釣りに使うのは難しいけどね。お守りみたいなものさ。その針があれば邪を払ってくれる。心配しなくても阿字ヶ峰さんには効果が無いよ。委員長にとって邪となる者に効果があるんだ。財布にでも入れて、肌身離さず持っていてくれ」


 細いし大きくも無いから邪魔になる物ではない。持っていてもデメリットが無いのなら、好意はありがたく受け取っておく。


「ありがとう。大切に持っておくよ」


 俺は針を財布のカード入れに差し込んだ。


「じゃあ俺もこれで帰るよ。じゃあな」


 浦島が背中を見せて歩いていく。


「俺たちも帰るか」


 これでやっと落ち着いて寝られそうだ。

 そう思ってマンションに帰ってみれば、廊下に見事な馬が立っていた。顔は俺の部屋の隣家に向けている。

 

 どうやら隣の住民は、『野晒』が再現されていた時に、俺の下に美人な女性がやって来たのを見て、馬の骨を拾ってきたようだ。

 

 俺は馬に「後ろ通ります」と言ってから自分の家に入り、隣の事など気にせずに布団に潜ってぐっすりと寝た。

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