2章 10話 窮地
ダリアに向けられていたリアナが操るロボットの腕の先が、ゆっくりとリアナに向けられていく。
リアナは咄嗟に背後に飛び退くと、先程までリアナが立っていた場所にロボットの腕が振り下ろされる。
「姉上! さすがに勘はいいなあ。この倉庫に現れた時に妖精外套を纏っていないのは焦ったけど、最後の最後に見せてくれた。感謝する」
リアナのロボットのパーツが光の中から次から次へと飛び出していく。
「閉じない! 強制解除よ」
光は少しずつ弱まっていくが、ロボットが無理やりに出ようとして火花をまき散らす。そして背中部分以外の全てを出し切ってやっと光は閉じた。
「俺は軍部をつかさどっているのだ。姉上の言葉だけに従う者ばかりではないのだよ。姉上の妖精外套には星を発つ時に仕込ませてもらった」
「操作権を奪われたか。どうしてあなたはそこまでして戦う」
「訓練だけで満足するものか。戦争に臆病な姉上ではまとめきれないのだ。俺は全てをまとめ上げて、強国に育て上げる」
「闘争本能を持つ者ばかりが軍にいるわけではありません」
「だから姉上が邪魔なのだ。旗頭は1人で良い」
「話を聞いて確信いたしました。あなたは上に立つ器ではない。あなたでは国民は付いて来ない」
「人気だけで政治はできない。人気があっても王族にはなれないのだ」
「あなたは特権意識に囚われている。誰でもはなれないからこそ、王の在り方を考え続けないといけないのよ」
「だったら一生考えていろ。これだけじゃないんだぜ、姉上! 準備は万端だ。出ろ! 昆虫制武走機」
ダリアの叫びに呼応するように、倉庫内に置かれていたコンテナが開き、中から4足歩行の虫のような姿をした機械が這い出してきた。
その機械は全部で10機だ。手足は鎌のように鋭く光り、背中には2基の砲台らしきものが取り付けられている。前方には目に見えるレンズが2枚ある。
「この兵器は我が国民の命を消費しない。量産の暁には命を持たないバリサスの兵器どもと対等な条件で戦える。実験台になってくれるとは嬉しいなあ、姉上!」
虫型の兵器は機械の摩擦音を鳴らしながら、リアナに向かって行く。ジアッゾはその中の1機に光線を放つが、命中する前に拡散されて足止めすらできない。
リアナは対抗しようにも残された武器は槍が1本。操作権を奪われたリアナのロボットからの攻撃への対処で精一杯だ。
このままでは俺達が負ける。そもそもこの戦いに勝者はいない。たとえ俺達が勝ったとしても、姉弟のいがみ合いの末に手にした勝利でしかない。
これでは勝者として胸を張る事は難しい。
それならばどうすればいいのか。まず、すべきことがある。
「キャレット、この場から全員で逃げたい。出来るか」
「委員長から我への渇望。無下になど出来ぬ! リアナ、後方に跳躍しろ! ジアッゾ、此処に飛来しろ!」
リアナは俺達の方を一瞥すると、言われた通りに後ろに飛ぶ。すると既に移動していたキャレットにリアナは腕を掴まれ、2人とも俺のすぐ前に瞬間移動をして戻って来た。その頃にはジアッゾも俺の横に降りていた。
「全員、我の体に捕まれ」
虫型の兵器とダリアの目が俺達に集中する。俺がキャレットの腕にしがみ付いたその瞬間、その目が5メートルほど後ろに下がった。いや俺達が下がったのだ。キャレットの能力で俺たちは瞬間移動した。
背後を見ると風景が平面になっている。そして再び瞬間移動する。それを何度か繰り返すと、真っ暗な外に出た。前方には倉庫のシャッターが俺達を見下ろしている。
何とか外には出られたけど、倉庫の中から近づいてくる金属音が聞こえる。
再度瞬間移動すると道路に出た。
そこに止まっていた大型のワゴン車が扉を開けた。
「乗ってください」
顔を出したのはミリアナさんだ。俺達は即座にワゴン車に乗り込むと、運転席に座るミリアナさんがアクセルと踏んだ。
「どこに行きますか?」
どこに行くか。ただ逃げればいいというものではない。一般人を巻き込まない場所が良い。運が良い事にここは街はずれで今は夜だ。人の往来は少ない。それなら。
俺は窓から外を見る。
「山に向かってくれ」
「承知しました」
この近くには山がある。多田篠公園は広いけど住宅街を通る必要がある。だが山へ行く道には工場ぐらいしかない。
だからここから人を避けて行ける場所なら山が最適だ。
やはりキャレットの瞬間移動の欠点は酔う事だ。連続で瞬間移動をしたから、めちゃくちゃ気持ち悪い。
頭を抱えて泣き出しそうなリアナ以外は平気そうなので、俺の体質に合わないだけなのだろう。
俺は酔いに耐えながらリアナの肩に手を置くと、リアナは手を重ねて来る。
「わたくし、どうしたら良いと思う? 弟を殺すべきですか。委員長……」
リアナの声がかすれている。弟の前では気丈に振る舞ってはいたけど、本当の彼女は今にも崩れそうな目の前の女の子だ。
必死に恐怖をこらえていたのだろう。
「姉弟と殺し合うなんて悲しい事にはしない。それに意味が無い」
「だったらわたくしはどうしたらいいの? 妖精外套を奪われて」
「俺に考えがある。だから今は冷静になるまで、泣きたいのなら思う存分に泣け。ここにはリアナの敵はいない」
「敵は……。そうね」
リアナはそう呟くと、俺の胸に顔を埋める。エンジンの駆動音とタイヤとアスファルトの接触音に混じって、鼻をすする音も聞こえてくる。
ジアッゾとフューレは黙って車外を見ている。さすがのキャレットも大人しく座っている。
少しの時間が過ぎた後、リアナが顔を上げて充血した目で俺を見上げる。
「ありがとう。落ち着きましたわ。それで委員長の作戦を聞かせてくれないかしら?」
「その前に、あの虫型の兵器は何だ」
「あれは昆虫制武走機といって、現在開発中の兵器ですわ。装甲は宇宙船がぶつかっても傷がつかないほどに固く、4本の脚はそれぞれが鉄を切る鋭さ。肩には2基の砲塔があり、ビームを弾く障壁を張れる」
「とんでもない兵器だな。倒す方法に検討は付くか?」
「もしわたくしが知っている開発状況から進んでいないのであれば、方法はあります。
まずは装甲ですわ。
とても頑丈に作られているけど、弱い箇所がありますの。それは脚の関節と胴体の中心です。
上、もしくは下から見て中心に位置する箇所は熱放射の為に装甲が薄い。そしてバリアを突破する方法。
わたくしがバリアを生身で通ったように、あれは光線にしか効果がありませんの。だから実弾とか私が持っていた槍でしたら簡単に突破できますわ。脚と砲塔は頑張って避けてもらうしかありませんが」
「そうか。まだ、未完成なのはせめてもの救いだな。その弱点が残っているのなら戦える」
「逃げる時に見た限りでは、残っている筈ですわ」
「ジアッゾは実弾を打てるのか?」
「残念だけど今は無理だ。実弾を持つという事は、常に装備する必要がある。それでは実生活に支障が出てしまう。
家に帰れるのなら多少の用意はできるけど、戻る暇はなさそうだ。これは僕のミスだ。
離れていても呼び出す方法なんていかようにもある。準備を怠っていた」
ジアッゾが頭を下げると、フューレが話に入って来る。
「ジアッゾ君は変形が出来るのなら、手を武器にするとかできないのかな?」
「そうだな。例えばリアナの持っていた槍を腕に取り込むなんて事は可能だ」
「わたくしの武器が役に立つのなら、喜んで貸しますわ。
と言ってもわたくしが今出せるものと言えば、槍が1本に盾が1枚、それと妖精外套の背中ですわね。
申し訳ありませんが、わたくしも妖精外套が奪われる事を想定いなかったものですから、他の武器は王族の象徴たる槍と盾しかありませんわ」
「では山に到着したら、全てを出してくれないか。背中も含めて」
「背中をどうしますの?」
「僕がリアナの妖精外套を取り返してやる。電子の世界ならばテェンツァルス王国よりも僕達バリアスの方が優れている。
確か妖精外套は全てのパーツはプログラム制御で動作しているだろ。だから背中から全身へウイルスを流し込む」
「まさかバリアス人のあなたを信頼して、共に戦う事になるとは思いませんでしたわ」
「僕も同意見だ。リアナと帰りが一緒になった時は嫌な予感がしていたのだが、その予感がこのような事に繋がるとはな」
「あら、バリアス人が予感なんて曖昧な言葉を使うのね」
「人は変わるという事だ」
「フフフ、そうね。あなたも人ですものね」
リアナとジアッゾの間には、以前のギスギスとした空気は無い。変哲の無い友人のようである。これを使わない手は無い。
「戦いの方向性は決まった。では俺の作戦を話させてもらう」
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