2章 1話 第3太陽系

《1学期末試験終了後》


「点数は上がっているのにクラス内の順位は下がっているって、どんな事態だよ」


 この高校ではテスト翌日に全てのテストの点数と順位を知らされる。だからテスト明けの解放感を味わう暇が無いまま現実を突きつけられる。


 俺に出来る事は、後ろの席のフューレに愚痴をこぼすぐらいである。


「仕方が無いんじゃない? ここにいるみんな、それぞれの世界の代表として来ているのだからね。それに委員長の成績は学年全体で見たら、上位クラスにいるじゃないか」


「そうかもしれないけど、クラス内の順位が25位だぞ。26人中で。平均が79点もあるのに。むしろ26位が誰だって話だよ。委員長としての威厳が無くなる」


 俺が通う高校は進学校としても有名である。その為かテストが難しい。中学の時とは授業範囲の違いあるものの、テストの難易度が格段に上がった事はわかる。

 暗記をするだけでは点数が取れないテストとなっているのだ。


「委員長に威厳は必要ないと思うけどな。今のままでも十分にカッコいいよ」


 カッコいいなんて言葉を面と向かって言われたのは初めてだ。少しだけ恥ずかしいけど、嬉しくもある。


「そ、そうか。ところでフューレの成績はどうだったんだ」


「僕かい? 平均点が90点で7位だよ。凡ミスが多かったね」


 完全に負けた……。だけど90点で7位ということは、俺の平均点が10点上がれば10位以内には入れるのではないだろうか。これは希望が湧いて来た。まあ、その10点の大きさに目をつぶればだけど。

 

 と、反省はこれで終わりだ。

 期末試験は終わった。来週の土曜日からは夏休みだ。今日は木曜日なので、後6日間の軽い授業を受けると、晴れてこの厄介なクラスメイトから少しの期間離れられる。

 だから、テストの結果よりも楽しい事に目を向けよう。


「フューレ、試験も終わった事だし遊んで帰らないか」


「いいね。どこに行く?」


 どこに行こうかとふと外を見ると、灰色の空である。そう言えば今日の天気予報を見るのを忘れた。

 これはしまったぞ。傘を持ってきていない。


 雨に降られる前に行動しなければ。


「取りあえず学校を出よう。歩きながらでも考えたらいい」


 こうして俺とフューレは校舎を出ようとしたのだが、屋内から一歩足を出すと狙いを定めたかのように雨が降り始めた。

 

 しかも結構強めに。

 

「ぐぬぬ」


「降って来たね」


 フューレは鞄の中をまさぐっている。しばらくすると動きが止まった。


「どうやら僕は傘を忘れてようだ。委員長の傘に入れてもらっても良いかな?」


「ごめん。俺も傘を忘れた」


「それは困ったね。僕の道具で雨を避ける物はあるけど目立ち過ぎる。探したら傘みたいな道具はあるかもしれないけど、かなり大変なんだよね。探すの。遊びに行く時間が無くなっちゃうかもしれないのは嫌だな。

 早いのは事務所の忘れ物の傘を借りる事だけど、この校舎は離れているからね」


「そうだな。多少は我慢するしかないか。それじゃあフューレ、ダッシュするぞ」


「うん。それしかないね」


「いくぞ」と言って鞄をわきに挟んで、足を前後に開いてスタンディングスタートの姿勢を取ると、背後から声を掛けられた。


「困っているようだな。共犯者たちよ」


 振り返ると右手を伸ばした【キャレット】の姿があった。キャレットは自分を【ダークマター】だと言っていたけど、未だによくわかっていない。


 キャレットは長靴を履いている。しっかりと雨対策をされている。俺よりもきっちりとしている。


「天からの滴はさぞ心を凍えさせるだろう。心配するな。我が一部を貸し与えようぞ」


 キャレットは大仰な話し方をするので、何を言っているのかわからない時がある。初めは頭を抱えるしか出来なかったけど、日に日にキャレットが何を言いたいのかが理解できるようになってきた。


「傘を貸してくれるのか? 俺とフューレで2本なんだけど」


「了承した。我の力をもってすれば、2本程度は些細な欲望の吐露に過ぎない。顕現せよ! 天を覆う城壁」


 キャレットはそう叫ぶと、天井に向かって手を差し出した。改めて見てもキャレットは動作の一々がオーバーである。一緒にいると恥ずかしいと感じたのは初めだけで、既に慣れてしまった。


 キャレットが力を入れると2本の真っ黒な傘が空中に現れた。キャレットはその傘を掴む、俺とフューレに差し出してきた。


「さあ。使ってくれ」


 そう言えばキャレットが力を使うところ間近で見たのは始めてだ。

 こうして物を生み出せるのか。見た目はどこにでもありそうな傘だけど、本当に大丈夫なのだろうか。


 恐る恐る傘を手に取り、バンドの金具を外して開いて見ると、それは傘そのものである。雨に濡らしても水が中に垂れてこず、傘としての機能が十分にある。


「ありがとう。それにしても、キャレットの力はどういったものなんだ?」


「我の深淵なる力は想像にあり。空間に充満する暗黒物質を凝固させて物質となす。簡単な物質ならば、こうして容易に再現可能なのだ。はっはっは」


「つまりダークマターを集めて物を作っているのか。ダークマターってそんな万能物質なんだな。知らなかったよ」


「うむ。何を隠そう我が血肉を構成する物は暗黒物質なのだ。そして宇宙に散らばる精神を融合させ、この仮初の肉体で包含した」


 話が壮大で理解が出来ない。考えても俺では正解を見つけられないと思う。もう何でもいいや。


「そうか。キャレットは宇宙なんだな」


「うむ」


 キャレットは嬉しそうに頷いた。満足しているのならこれで良いか。

 

「そうだ。今からフューレと寄り道して帰る予定なんだけど、キャレットもどうだ」


「勿論付き合うとも。共犯者の願いは我の願いでもあるからな。さあ、共に行かん」

 

 キャレットはスキップで校舎から出ると、傘をくるっと回して開く。こうして見ると小学生の純粋無垢な女の子だ。自然と優しい気持ちが湧いてくる。


 まあ、俺よりも試験の結果は良いんだけどな。


「フューレ、行こうか」


「そうだね」


 俺とフューレが並んで歩いている。前方ではキャレットが水たまりを踏むことで跳ねた水を見て、「飛び散れ、飛び散れ」と言いながら楽しそうに笑っている。


 たまに俺の足に掛かっているのだが、可愛いので許す。


 ちなみにフューレは水が掛かりそうになると1歩下がるので、今のところ大丈夫だ。さすがの抜け目のなさだ。


 楽しそうなキャレットを眺めていると、その向こうに珍しい光景があった。


 それは【サイボーグ】の【ジアッゾ】と、【第2王女】の【リアナ】が並んで歩いている。ジアッゾとリアナ、そしてフューレは同じく第3太陽系の出身で、お互いの事を知っているようなのだけど、まだ俺はその事について聞けていない。


 と言うのもこの3人、もしくは2人での会話をあまり見た事が無い。どうも避け合っているようなのだ。

 3人に問題があるのか、3人が所属する世界に問題があるのか。わざわざ聞く事でも無いので、今まで敢えて話には出さなかった。

 だけど目の前にはジアッゾとリアナが並んでいる。

 

 これは良い機会である。


「ジアッゾ、リアナ」


 俺が声を張りながら手を振ると、2人が振り返る。ついでにキャレットも俺に振り返ってから、改めて2人を見ると「ジアッゾ、リアナ」と俺と同じく手を振った。


「あら、委員長じゃない。何かありまして?」とリアナが俺に向かって歩いてくる。


 リアナはいつ見ても背筋がピンと伸びている。体育で疲れていても、だらけている姿を見た事が無い。


「やあ委員長。あなたがキャレットといるのは珍しい」とジアッゾも近づいてくる。

 ジアッゾは全身が機械との事なのだが、機械特有の異音は聞こえないし猫背気味だ。


 映画で見られるサイボーグとはあまりにも違うので、どうも機械であると信じられない。


「2人こそ一緒にいるのは珍しいな。どうしたんだ?」


「偶然よ。わたくしの帰宅時間と、彼の帰宅時間が見事に合ってしまいましたの。わたくしも油断をしていました」


 ジアッゾは鼻で笑う。


「それなら僕の姿を見た段階で待てばいい。もしくは言い訳を考えてその場に留まればいい。つまるところ君は、俺が原因で帰宅が遅れるという事実を承認出来なかった」


「あなたの言い方。とても鼻につきますわ。あなたの過剰な自意識を、わたくしに押し付けないでもらえるかしら」


「反論としては不適切だ。イエスともノーとも取れない表現で煙に巻く。逃げの言葉としては卑怯と言う他ない」


 仲が悪いなこの2人。

 別々の方向を見ながら罵り合っている。

 

 普通ならば取りあえず2人をなだめて、さっさとこの場所から退散するのだが、俺は委員長である。クラスメイトの仲が悪いのなら、普通ぐらいにはしないといけない。


 待てよ。これは委員長の仕事なのだろうか?


 だけど俺は普通の委員長ではない。クラスメイトを無事に卒業させないと、俺の世界が終わると脅しを掛けられている。


「そうだ。これから遊んでから帰ろうと思っているんだけど、2人も一緒に行かないか」


 ジアッゾとリアナは罵り合いを止めて顔を合わせた。

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