引継ぎ
放課後。
僕と毛利さんは、教室を後にすると、連れ立って歴史研の部室として使われている校舎の4階、端の端、理科準備室へ向かう。
僕が部長になったのだから、歴史研の部室はこんな辺鄙な所じゃあなくて、もっと便利なところに移転できないものだろうか?
などと考えつつ、部室の扉を開けた。
中では、今日も伊達先輩と上杉先輩が、ポテチを肴にジュースを飲んでいた。
「いらっしゃい」
「来たね!」
伊達先輩と上杉先輩がいつもの挨拶をしてきたので、僕らは挨拶を返す。
「「こんにちは」」
僕と毛利さんは椅子に座る。
早速、僕は話を切り出す。
「ええと…。部長の引継ぎがあると聞いて来ました」
「ええ。このノートを渡すわ」
伊達先輩はそう言うと、古びたノートを手渡してきた。
僕はそれを受け取ると、開いて少しばかりペラペラめくって中を確認する。
お城巡りの経路と料金が大まかに書かれていた。
ちゃんと100つの城のルートなどが書かれているようだ。
「なかなか、すごいですね」
「中には何年も前の古い情報もあるから、どこかに訪問するときは念のため調べて」
「古い情報ですか?」
「鉄道料金や割引サービスが変更になってるから」
「なるほど…」
確か、この経路は鉄道研究部が協力してくれたと、学園祭の時に聞いたことがあったのを不意に思い出した。
面倒だから鉄道研究部に…、と思ったが鉄道研究部に知り合いがいなかった。
まあ、経路ぐらいネットで調べればいいか。
「訪問する順番と日程は、どうすればいいですか?」
「それは、部長が決めていいわ。これまでと同じように、夏休みとか長い連休の時にいくつも回った方が効率的よ。ノートにも効率的に回れるように書いてあるわ。時間のある時にじっくり読んでみて」
「わかりました」
ノートをさらに、ペラペラとめくってみる。
北海道と九州、沖縄は飛行機を使うのか…。
確かに沖縄は飛行機か船でしか行けないからな。
LCCの航空会社を使うように書いてある。
旅費の大部分は、歴史研OB、OGからの寄付で成り立っている。
とはいえ、旅費は足りるのだろうか…?
「ええと…。旅費はどうすれば?」
僕は尋ねた。
「顧問の島津先生が管理しているから、その都度申請して」
「わかりました…。しかし、旅費が足りなくなるということはないですか?」
「急に部員が沢山増えたりしなければ大丈夫よ。例年、新入部員は2人ぐらいだから、その程度だったら何とか足りるわね。グランクラスとか乗らなければ」
「グランクラス?」
「JR東日本の新幹線の最上級車両で、飛行機のファーストクラスみたいなものよ」
“飛行機のファーストクラス”が、どのようなものかわからないが、金持ちブルジョワが乗るのだろう。
きっと、金ピカな席だ。
お金とか、それ以外でも、困ったら毛利さんと相談して決めればいいか…。
そもそも、普段は特段やることもないし。
部長、何とかなるかな。
伊達先輩は続ける。
「新入部員と言えば、勧誘のための部活紹介のオリエンテーションが、体育館で今週金曜にあるから頑張ってね」
そうか。忘れる所だったが、全1年生向けに部活紹介オリエンテーションがあるんだった。さっきも島津先生が言っていたような。
大人数の前に立つのは、緊張するが仕方ないな。
話す内容を考えないと…。
少し世間話をして過ごしていると、上杉先輩が立ち上がった。
「アタシ、そろそろ行くわ」
突然なので、僕は少し驚いて尋ねた。
「え? どちらへ?」
「バイトの面接があるんだよ」
「バイト?」
「3年は、お城巡りがないからね。バイトでもして家計を助けないと」
「そうですか…」
上杉先輩みたいなギャルを雇ってくれるところがあるんだろうか?
「だから、部室にはあまり来れなくなるけど、寂しがらないでね」
上杉先輩はニヤつきながら言った。
別に寂しくはない。
「面接、頑張ってください」
僕は社交辞令的にそう言って、上杉先輩を送り出した。
「あと」
伊達先輩が話題を変えた。
「私も部室には、あまり頻繁に来ないようにするわ」
ということは新入部員が入るまでは、僕と毛利さんの2人きりか。
伊達先輩は話を続ける。
「生徒会の溜まっている案件があるから」
「そうですか」
「武田君にも、生徒会の仕事で手伝ってほしいものがあるのだけど」
「えっ? 何ですか?」
「古い書類をスキャンしてPDFデータ化していくという仕事があるのだけど」
ああ…、以前、松前先輩がそんなことをやると言っていたな。
PCを使う仕事は僕に回ってくるのだ。
仕方ないので、手伝うか。
「いつから始めますか?」
「なるべく早い方がいいわね」
「じゃあ、明日からでいいですか?」
「いいわよ。じゃあ、明日の放課後は生徒会室に来て」
「わかりました」
その後も、少し雑談をして、お昼になる前に解散となった。
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