混浴

 げた箱付近で声を掛けられて、僕は振り返る。

 そこには卓球部の羽柴部長と、ボーイッシュな短い髪の小柄な女子=卓球でマンツーマン指導をしてくれていた卓球部員の福島さんが立っていた。


「やあ、武田君」

 羽柴部長は手を挙げて挨拶した。


「あ、どうも」

 僕も挨拶を返す。

 2人そろって、何の用だろ?


「2学期の終業式の後、待ってたんだよ」


「え?」


 上杉先輩の奴隷をやらされている期間中、卓球部にも行けという指令で、ちょっとだけ練習していたのだ。

 終業式の日は確か、生徒会室の掃除をして、その後、上杉先輩にトン汁を作らされてたんだっけ?

 そうか、やっぱり卓球部に行くことになっていたんだな。

 どうでもいいと思っていたので、無断でバックレた形になってしまったようだ。

 まあ、正直に事情を話せばいいだろう。

「生徒会の用事で呼び出されていたので、行けませんでした」


 羽柴部長は、少々呆れた様子で話を始める。

「まあ、そのことは、もういいよ。でも、今後も卓球やるんでしょ?」


 その言葉を聞いて僕は驚いた。

「え? いや、もうやりませんよ」

 奴隷契約は先日で終了したので、当然、卓球を続ける理由はない。


 羽柴部長は話を続ける。

「島津先生からは、武田君は卓球部に入部するって聞いてたよ」


 僕は、さらに驚いた。

「はあ?! そんな話はしてませんよ」


「おかしいな」

 羽柴部長は首を傾げた。


 羽柴部長、嘘ついてないか?


 次に、福島さんが話しかけてくる。

「武田君が卓球部に入ってくれるっていうから、大会に出れるように連盟に登録しようと思っていたんだけど」


「大会?! 僕みたいなド素人が大会なんて、そもそも無理でしょ?」


「そんなことないよ。武田君は上手いよ。それに、お願いしたいこともあったのに」


「お願いしたいこと?」


「混合ダブルスっていうのがあって、私とペアを組んでもらおうと思っていたんだけど」


「いやいや、実力が違いすぎるから、ペアなんでとんでもないよ。他の男子部員と組めば良いじゃん?」


「うちの卓球部は男子が女子より少ないのは知ってるでしょ? だから、私は相手が居なくて」


 確かに卓球部は男子部員が少ないのだが、僕が大会に出なければいけない理由にはならない。


 部長が再び口を開いた。

「武田君なら、大会でも良いところに行けるよ。ワンチャン優勝もありうる」


「さすがに、それは無いのでは?」


「卓球を究めて、僕と一緒にドイツに行こうよ」


「ドイツ?」

 そうか、たしかドイツには卓球のプロリーグがあるって、以前、言っていたのを思い出した。

 羽柴部長はそのプロリーグを目指している。

 それを僕を誘ってる? いくらなんでも無茶苦茶だよ。

「いや、僕はプロとか、全く考えてないですよ」


 卓球どころか、他のスポーツでもプロを目指そうと思ったことなんかない。

 仮に目指しても、いままで何もやってこなかったのに、プロなることは、きっと無理だ。

 プロの世界はそんなに甘くはないだろう。


 それでも羽柴部長は話を続ける。


「良いことを教えてあげるよ」

 羽柴部長はニヤリと笑って言う。

「ドイツのサウナは…、混浴だ!」


「なん…だと…?」


「それに、ヌーディストビーチもある」


「そ、それは…?」


「全裸で海水浴だ。当然、そこには全裸の女性も居る」


 マジか。


「どうだい、ドイツに興味出ただろ?」

 羽柴部長はドヤ顔で言う。

 何でドヤ顔? ドイツのサウナが混浴なのは羽柴部長の手柄じゃないでしょ?

 

 僕は答える。

「そ、そうですね…」

 ちょっとドイツに興味出たかも。


「じゃあ、卓球部、入部でよろしく」


「え…? えーと…。いやいやいやいや、入部しません」

 まずい、混浴でごまかされるところだった。


 よく考えると、混浴と卓球、関係ないし。

 混浴したいと思ったら、卓球関係なしにドイツに行けばいい。

 いや、混浴のためだけにドイツに行くとか、物好きで、金と時間に余裕がなければありえない。高校生には無理な話だ。


 ダメだ、この場に居たら、この2人に卓球部に引き込まれる。

 さっさと、ここから立ち去ろう。


「今日は、用事があって急いでいるので、すみません…」


 そういって、僕は逃げる様に2人に背を向け、下履きを靴に履き替えて、急いで校舎を後にした。


 それからは、VRゴーグルを買いに池袋の量販店に向かう。

 東京メトロの雑司ヶ谷駅に行き、そこから1駅の池袋駅まで。


 家電量販店で無事VRゴーグルを購入。軍資金はお年玉だったが、目的のVRゴーグルはそれほど高くないので余裕で買えた。

 

 その後は自宅には、まだ帰らない。

 というのも、歴史研究部の部室に行かずに、自宅に居たら上杉先輩が乗り込んでくるかもしれないからだ。

 彼女と顔を合わせないためにも、なるべく自宅に戻らず、街を徘徊するという風に決めていたのだ。これは、松前先輩のアドバイス。


 とは言え、今日は終業式のみで、時間はまだ昼。

 夜まで、どこで時間をつぶそうかな…。

 あてもないが、とりあえずサンシャインシティ方向に向かった。

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