カラまないで、上杉さん

 金曜日。


 学校に着くと、今日も伊達先輩と仲間が校舎前に立って、顔と名前を売り込んでいた。


 今日がいつもと違うのは、もう一方の生徒会長候補の北条先輩たちも校舎の入り口を挟んだ反対側で、伊達先輩と同じように両サイドに男子生徒を二人立たせて、顔と名前を売り込んでいた。


 僕は伊達先輩に近づいて挨拶をする。


「おはようございます」


「あら、おはよう」


 僕は北条先輩のほうを指さして言う。


「北条先輩も始めたんですね」


「そのようね。ちょっと、焦ってるみたい」


「伊達先輩が勝ちそうなんですか?」


「それは、わからないけど。向こうも何もしないよりかは良いと思ったんじゃないかしら」


 わからない、といいながら伊達先輩には、すこし余裕も見られる。

 自分の『エロマンガ伯爵』の一件がどう左右するか、気になるところだが。

 もし、伊達先輩が落選ということになれば、ちょっと責任感じるなあ。


 ん…?、いや、勝手に部屋からエロマンガを持ち出した上杉先輩のせいにしよう。


◇◇◇


 そんなこんなで、放課後。


 例によって歴史研究部の部室に顔を出す。


 扉を開けると、上杉先輩だけが椅子に座ってスマホをイジっていた。


「来たね!」


「あれ? 伊達先輩は?」


「生徒会長選挙の件で用事があるから、今日は来ないよ」


「そうですか」


「なんか、残念そうだね」


「そんなことないですよ」


「何?、私だと不満なの?」


 上杉先輩、絡まないでよ。


「そんなことないですよ」


 僕はカバンを机の上に置いて、椅子に座った。

 伊達先輩がいないから、今日はポテチなしかぁ。。。

 カバンの中から、ペットボトルのお茶を取り出して、少し飲んだ。


「でも、意外だったなあ」


 上杉先輩はスマホをイジるのを止めて話し出した。


「何がですか?」


「キミの部屋にエロ本があったことだよ」


「その話、まだ引っ張るんですか?」


「男子だからしょうがないのかなぁ」


「男子だったら誰でもエロ本の2,3冊は最低持っているんじゃないですか?」


 知らんけど。


「ふーん。男子は、いつもエロいこと考えてるとか聞くけど、そこらへんどうなの?」


「いつもじゃあないですよ。少なくとも僕は」


「そうなの?」


「僕は、そんなにエロいほうじゃあないと思いますけど」


 他の男子のエロさなんて知りようもない。

 クラスにずっとエロいこと言っている男子もいるにはいるが…。


「その証拠に、上杉先輩の接近にいつも耐えてるじゃあないですか」


「ええっ!? あれでエロい気分になったりするんだ?!」


「そうですよ。ちょっと、気を付けてくださいよ」


「へー」


 上杉先輩はそう言うと、ガタガタガタと椅子を引きずって、僕の隣まで近づいた。そして、彼女の右手を僕の左肩において、顔を近づけてきた。


 ちょっと、ちょっと、ちょっと!

 かなり近い!


 上杉先輩はニヤリと笑って言う。


「どう? エロい気分になった?」


 僕をからかうのはやめてほしいな……。

 僕が返答に戸惑っているとその時、“ガラリ”と背後で扉を開ける音がした。


 僕は振り返った。上杉先輩も顔を上げて扉のほうを見た。

 そこにいたのは、同じクラス文学少女・毛利歩美だった。

 彼女は僕らを見ると、すぐに、「ごめんなさい!」と言って扉を閉めた。


「上杉先輩、まずいですよ!」


 僕は上杉先輩の体を両手で押し戻して、毛利さんを追うために立ち上がった。

 タイミング悪く、変なところを見られてしまった。ただでさえ、『エロマンガ伯爵』の一件があるのに、これ以上変な噂(『エロマンガ伯爵、部室で午後の情事』とか)を立てられたら、学校来れないよ。


 それに、伊達先輩の生徒会長選挙にも影響が出るかもしれないから、なんとか誤解を解いておかないと。


 幸い毛利さんは足がそれ程速くなかったので、二階と三階の階段の踊り場で追いついた。

 僕は毛利さんの腕を掴んだ。


「ねえ、今の誤解だから!」


 毛利さんは無言で向こうを向いたままだ。


「上杉先輩とは何もないから! 変なことしてた訳じゃあない」


 毛利さんはまだ無言なので、僕は畳みかけるように、事情を話す。


「上杉先輩は、人との距離感が普通じゃあないんだよ。それに、冗談がキツイっていったことあるだろ? あの人の冗談は、いつもあんな感じなんだよ」


「じゃあ…」、ようやく毛利さんが小声で言葉を返した。「上杉先輩とは何もないの?」


「誓って何もないよ」


「付き合ってないの?」


「まさか! 絶対にない」


「そう」


 毛利さんが、ようやく僕の方に向いた。

 彼女の瞳に涙が溜まっているのが分かったので、僕はギョッとなったが、驚きつつも何とか次の言葉を発した。


「彼女とは、本当に部活の先輩後輩以上の関係とかないから」


「わかった」


 毛利さんは、そう言うと、トボトボと力なく階段を下りて行った。

 とりあえず誤解は解けたかな??

 安堵のため息をついて、部室に戻った。


 上杉先輩が話しかけて来た。


「どうだった?」


「変な誤解は解けたようです」


「よかったね」


「上杉先輩、ちょっと自重してくださいよ。あんな風に男に接近したら、他の人が見たら誤解するし、僕以外の男にあんなことしたら、逆に押し倒されるかもしれませんよ」


「大丈夫、キミにしかしないから」


「じゃあ、僕が押し倒しますよ」


「キミにはできないでしょう?」


 上杉先輩はちょっと笑って言った。


「いやいやいや。男はオオカミなんですから、気をつけてください」


 だめだ、この人といると精神、その他いろんなものが消耗する。


 そういえば、毛利さんは何で涙目だったんだろう?

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