第9話 俺はお兄ちゃんだぞ!!

 俺たちは涼華に連れられて、住宅街の中にこぢんまりと佇んでいる喫茶店にやってきた。

 店内に入ると、カウンターに立つ俺と同い年くらいの店員が満面の笑みで出迎えてくれる。

 大人数は入れない。けど落ち着いた雰囲気で、ゆったり自分の時間を楽しむのには最適な環境だ。


「家からそう遠くないのにこんな店知らなかったよ。よく見つけたな涼華」


「たまたまだよ。ここは個人経営でネットにも情報が出回ってないから、多分あかりさんも知らないと思う」


「今時それは経営として大丈夫なのか……?」


「わかんない。でも潰れる気配はないよ」


 店内を見渡すと、客は俺たちしかいない。

 店員も何が楽しいのか終始ニコニコしている女の人しかいない。

 これで潰れないって裏でどんな商売してるんだ?

 金持ちの酔狂だろうか。

 しかしあかりの目を撒くにはちょうどいい。

 今度一人で来るのもいいかもしれない。

 店員さんに席を案内された俺たちは、テーブルを囲んで早速話を進める。


「さて、久遠さん。さっきは威圧するようなことを言ってごめん」


「別にいいけど……その横の子は誰なの?」


「俺の妹の涼華だ。あかりとも面識がある」


「お兄ちゃんの妹です。よろしくお願いします」


「あ、うん。久遠友美です。よろしく」


 久遠さんは困惑気味に頭を下げる。

 あかりの異常について俺に文句を言いにきたのに、いつの間にか涼華を交えた三者面談のような形になったのだから無理もない。

 逆に涼華が状況に順応しすぎなんだ。つねに冷静で感情を滅多に表に出さない性格だから、なにを考えているのかもわからないし。


「あかりさんのことで困ってるの?」


 涼華が俺を見て聞いてくる。


「まあ、そうなんだけど……どこから説明したものか」


「いいよ、別に。なんとなくわかってたから。今朝あかりさんが家に上がった時に少し話したけど、いつものあかりさんとはちょっと違ったし」


「そうなのか? なにを話したんだ?」


「お義姉ちゃん呼びを強要された」


「なにそのホラー」


 涼しい顔してとんでもないカミングアウトをしてくれたな妹よ。

 それちょっとどころの違いじゃないんだわ。

 お兄ちゃん、自分も知らないうちに婚約しちゃったんだよ?

 『私のお兄ちゃんを取らないで!』くらいは言って欲しかった……。


「ちょっと待って。あかりが家に上がったって?」


 久遠さんが神妙な顔で俺たちを交互に見る。


「さっき言っただろ。俺とあかりは幼馴染なんだ。家族ぐるみの関係だから、たまに勝手に家に上がってくるんだよあいつ」


「それ本当だったの!?」


「失礼だな、俺は嘘なんて一つも言ってない!」


 天変地異を目の当たりにしたような愕然とした顔をする久遠さん。

 まあ百人聞けば百人が鼻で笑うほどには釣り合わない関係だという自覚はあるけども。


「ちなみにヤンデレのくだりも本気だからな」


「……それだけは信じたくない」


「でもあかりが久遠さんを無視している事実はあるわけだ」


「ぐっ、そ、それは」


 久遠さんは言葉を詰まらせる。

 否定したいけど材料がない、半信半疑の状態だろう。

 俺はコップの水を飲んで頭を冷やしてから、久遠さんに提案する。


「久遠さん。協力してくれないか」


「協力?」


「そうだ。俺はあかりのヤンデレ化を元に戻したい。久遠さんはあかりに無視されている状況を元に戻したい。

 たとえ久遠さんが現実を受け入れられないにしても、最終的な着地点が『あかりを以前の状態に戻す』ことなら手を組むことができると思うんだ」


「それは……確かに」


「俺たちの利害は一致している。そうだろ涼華」


「シンクロ率120パーセント」


 さすが俺の妹だ。

 ちょっと棒読みだけどもきちんと俺の意図を汲み取って相槌を打ってくれた。

 二対一。

 身内票でズルしてる感も否めないが、バレなきゃ犯罪じゃないんだよ。


「で、でも協力って、具体的にどうするのよ」


「プランはすでにある。あかりは学校では授業中以外は俺にくっついている。俺があかりの相手をしている間に、久遠さんには裏で霊媒師とか超能力者とか催眠おじさんとか探してほしい」


「やっぱりふざけてるでしょ」


「ふざけてない。科学でもオカルトでもいいから少しでも効果がありそうなモノを手当たり次第に試すんだ。それしかない」


「金属バットで頭を殴る?」


「涼華、そんな猟奇的な方法は却下だ」


 あかりなら二、三発は平然と耐えそうだけど。


「……まあ、やりたいことはわかった」


「協力してくれるか?」


「あんたの提案に乗るのはなんか癪! ……でも、あたしはそこまで考えてなかったし。わかった、協力する」


「本当か!」


 俺は感極まって立ち上がる。

 よし、これで駒が手に入った。

 あかりとの孤独な戦いに苦しむことも無くなったわけだ。


「じゃあ色々やりとりも増えるし、連絡先を交換しよ」


「あ、そうか。うん……うん?」


 久遠さんがスマホからコードを見せてくる。

 俺はそれを読み込もうとスマホの電源を起動するが、パスワードを入力する前に手が止まる。


 やばい。

 俺いま女の子の連絡先ゲットしようとしてるじゃん。

 狙ったわけじゃないんだ。向こうから言ってきたわけだし?

 でも女の子の連絡先なんてあかりと涼華以外では初めてだ。

 ただの協力者とはいえちょっぴり嬉しかったり。


「待って」


「な、なんだ涼華」


 涼華が俺のスマホのカメラを手で覆って阻止する。


「もしもあかりさんがお兄ちゃんの連絡先を確認した時に久遠さんの名前があったら不審に思われるんじゃない? 逆もそうだけど」


「た、確かに……!」


 俺は冷や汗をかく。

 あかりなら音もなく俺のスマホをふんだくってパスワードを解析して数秒のうちに情報を抜き取ってきてもおかしくない。


「じゃあ、どうするのよ」


「提案。久遠さんは私の連絡先を登録して。情報交換は必ず私を経由すること。記録が残らないように電話の方がいいかも。久遠さんが私の連絡先を持ってることは、適当に理由をでっち上げればいい。

 そうすればあかりさんに感づかれる可能性はグッと下がると思うけど、どう?」


「それはいい案だと思うけど、涼華に負担がかかりすぎないか? 今日は巻き込んじゃったけど、そこまでしなくても……」


「お兄ちゃんが困ってるなら、私は助けるよ。兄妹だから」


「す、涼華……」


 お前ってやつはなんて兄孝行な妹なんだ……!!

 お兄ちゃん帰りにプリン買っちゃう!


「その作戦でいこう。なんだ、兄貴よりも有能じゃん」


「まあそれほどでもある」


「なんであんたが誇らしげにしてるのよ」


 久遠さんと涼華が連絡先を交換し、これで協力関係が結ばれた。

 とりあえずの動きを確認した俺たちは喫茶店を後にする。

 久遠さんは俺たちとは反対方向が帰り道らしく、その場で解散する。

 俺と涼華も家に向かって道を歩く。


「ありがとな、涼華」


「別に、大したことはしてない」


 表情は硬いけど、涼華は家族思いのいい子だ。

 俺は軽く頭を撫でてやる。


「お兄ちゃん。このあと暇?」


「え? うんまあ。なんか買い物か?」


「うん、ちょっと遠いんだけど、駅の方に。付き合ってくれない?」


「いいよ。じゃあ暗くなる前に――」


「清太」


 全身の身の毛がよだつ。

 俺は足を止めて涼華から視線を外し、前を向く。

 そこには全身から漆黒のオーラを放つ悪魔あかりが今にも襲い掛からん威容で立ちはだかっていた。


「……ちっ」


 俺の横で舌打ちのような音が聞こえた。

 涼華を見る。

 涼華は変わらぬ無表情でそっぽを向いていた。

 まさか俺の妹が舌打ちなんてするわけないよな……。空耳か。


「清太、なにしてるの。こんな場所で」


「え、えーっと……これにはマリアナ海溝くらい深い理由がですね」


「お兄ちゃんのスマホのバッテリーが壊れたらしくて、一緒に近くの携帯ショップに行ってた」


 涼華が割って入って理由をでっち上げた。

 おいおい俺たち分かり合ってんねえ!

 これが血をわけた兄妹の絆!

 俺たちは二人で一つだ……。


「そ、そうなんだよ! ごめんあかり! さっき送った画像も昔行ったところと間違えちゃってさ、実は窓際のテーブルにいて外で小鳥が囀りまくってたんだ。混乱させるようなことして本当に悪かったよ!」


「…………本当?」


「本当だよ! なあ涼華!」


「もちろん」


 あかりはしばらく俺と涼華を空虚な瞳で見つめると、ふっと笑顔を作る。


「なんだあ。もう、心配させないでよ清太ったら! 私てっきり……」


 あかりは距離を縮めてくると、こちらを見上げるような姿勢で言う。


「……浮気してるのかと思った」


「す、するわけないだろ? こんなに可愛い彼女がいるのに」


 怖いこわいこわい!

 あかりの低音ボイスなんて初めて聞いたわ!

 ちびりそう。妹の前で幼児退行しそう。


「ねえ、これから買い物なんでしょ? 私も付き合うわ」


「き、聞いてたんだ……」


「ダメ?」


「もちろんいいに決まってるよ! な、涼華!」


「…………うん」


 あかりを交えた俺たちは三人で仲良く買い物したとさ。

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