ツンデレ美少女幼馴染のキャラ崩壊を食い止めるべく死力を尽くしていたら、いつの間にかラブコメが始まってました。
itsu
第1話 ツンデレ美少女幼馴染とかいう奇跡の存在
昼休み。
それは俺を息の詰まる学校生活から一時的に解き放ってくれる、人生のセーブポイントだ。別にロードができるわけではないが、体力は回復する。
右手には菓子パン。左手にはちょっぴり背伸びをしてブラックコーヒー。イヤホンでクラシックを聞けば、意識高い系高校生
もちろん、クラシックは嘘偽りである。
俺が聞くのはもっぱらアニソンかゲーム実況。高校生なんてそんなもんだ。
教室の自分の席は、残念ながら窓側ではなく中央寄り。
そこが俺に許された特等席である。
最近ハマっているアニメのオープニングを無限ループしながら菓子パンを頬張っていると、俺の席の前に巨大な影が現れる。
気になって視線だけを上げる。
何がとは言わないが豊満な突起物が威圧するように俺の目に飛び込んでくる。
デカすぎんだろ……。
「ちょっとアンタ!」
ダンッ! と力強く机を叩かれる。
俺はびっくりして仰反る。
なぜだか怒り心頭な様子の幼馴染、早乙女あかりが目の前に立っていた。
「な、なんだあかりか。なんで怒ってるの?」
「はあ? 別に怒ってないけど」
怒ってるじゃん。
女子っていつも感情と言葉逆にするよね。そういう呪いにでもかかってるの?
八重歯を剥き出しにして俺を見下すあかり。自慢のツインテールが心なしか戦慄いている気さえする。
「あんた昨日、私のメッセージ既読スルーしたでしょ」
「え?」
俺は首を傾げる。
当然覚えているが、ここは知らんぷり。
昨日の晩、あかりがいつものごとくメッセージを送ってきた。
だいたい中身のない内容だから適当に流していい感じの頃合いに切り上げるんだけど、昨日はちょっと返答に困ったんだ。
『明日、一緒に登校していい?』
いやなんで。
そもそもお前が高校に入学した時に「アンタと一緒とかありえないから!」とか言って登校時間ズラしたんだろ。
その一文に不気味な気配を感じた俺は、伝家の宝刀「ごめん、寝てた!」を行使する決意を抱いたんだった。
「ああ……なんかあの時すごく眠くてよく覚えてな――」
「言い訳するわけ!? 清太の分際で!?」
俺の身分とは。
もしかしたらあかりの中では俺に人権はないのかもしれない。
とかなんとか思っていると、あかりが勢いに任せて手を振り上げた。
やばいブたれる。すぐに手が出ちゃう系美少女ことあかりさんは、俺に対してだけ独裁政権なのだった。
「ご、ごめんなさい!」
咄嗟に両腕で顔を守る。
ゴミを散らかさないように菓子パンとコーヒーを机に置く配慮も忘れない優等生の鑑。先生からの評価は『大人しくて素直な子』で通っています。
しばらく待っていると、いつまでたっても衝撃はこない。
おずおずあかりを見ると、振り上げた手は下ろしていた。
「……ふん、まあいいわよ。今回は許してあげる」
「あ、ありがとう」
どうやら気分ではなかったらしい。
命拾いした俺はコーヒーを飲んでリラックスする。
俺にとってこの状態は、昼下がりのコーヒーブレイクと何ら変わらない……。
「……お詫びに今日の放課後、屋上に来なさい」
「屋上? 学校の?」
「そうよ。それ以外にどこがあるのよ」
とたんに顔を赤らめてもふもふツインテールを弄り回すあかり。
俺も弄りたい。
しかし急にしおらしくなったものだ。愛の告白でもされるのだろうか。
いやあかりなら呼び出しておいて俺に告白を要求する急展開もありえそうだ。
「絶対に来なさいよ。じゃないとタダじゃおかないから!」
「は、はい!」
ピッと指を向けてくるあかり様。
俺は内心で敬礼をしつつ赤べこの物真似を披露した。迫真である。
殴る蹴るの暴行を受けるのは流石に嫌なので素直に従っておく。
話は終わりだとばかりに無駄に大袈裟な所作で踵を返して、あかりは教室を出て行った。
嵐が去った心地だが、ホッとすることはない。
クラスの連中が俺に注目しているのがわかる。
あかりはよくも悪くも目立つんだ。容姿端麗、文武両道、おまけに巨乳でツインテールというシルエット。自信家で声も大きいときた。
学校ではそれなりに有名人枠。当然ながら男子から学年を問わず度々告白されている。そのくせ女友達は多い。
そんなだから、たまに俺の教室に乱入してくるとこうして大衆の目に晒される羽目になる。
あかりに対して俺には何もない。
顔は中の中。背も平均的。運動はさほど得意ではなく、勉強も赤点をのらりくらりと回避する程度。
趣味はオタク活動。特技は格ゲー。読書は学校じゃ小説だけど家ではもっぱら漫画か薄い本。
あまりに釣り合いのない凹凸コンビ。
あかりに好意を抱く男子には『調子に乗ってる』とか陰口叩かれるし、女子にはあかりに構ってもらって勘違いしてる陰キャ呼ばわり。
あかりと関わっていていいことなんてあまりないが……けれどたった一つだけ、上のデメリットを帳消しにして余りあるメリットがある。
――ツンデレ美少女の幼馴染とか、願っても手に入らんでしょ。
はい。
それだけの理由です。
ラブコメに理解のある俺は知っている。いま俺に与えられた環境は天文学的確立で実現されている神の奇跡なのだと。
悟ったのは小5の時。
当時ハマっていた王道ラブコメ漫画に登場する超絶好みドストライクのヒロインを見て、俺は謎の既視感を覚えた。
俺はその謎を突き止めるべくホームズのごとく違和感を探っていったんだ。見つけたのは案外すぐだったが。
探偵ごっこをしていた時、その当時からツインテールだったあかりに「幼稚園のとき交わした結婚の約束を忘れたかッ!」と理不尽なビンタをお見舞いされ、ああこれだと思った。
父さん、ラブコメは本当にあったんだ。
それから俺は冴えない男子を演じ続けている。
そう、演技だ。勘違いするな。
その気になったら俺だってめちゃモテコーデで彼女の一人や二人……いや無理だな、やめよう。
別に彼女とかいらないし?
俺は知っている。
あかりが俺に好意を抱いていて、それを隠すためにキツい言葉や手や足や頭突きや噛みつきが出てしまうことを。
俺を殴ったあと、またやってしまったと後悔しているあかりを度々陰から見守っていたりするから間違いない。
理不尽な罵倒、暴力、確かに苦しい。
しかしそれも若さゆえの愛情の裏返しと思えば可愛いものだ。本人もしっかり反省しているようだし。
俺は生暖かい目であかりの成長を見守る後方腕組み親父面幼馴染なのだ。
そんなあかりが俺を放課後の校舎に呼び出すとは、ちょっと意外ではあった。
平手打ちを我慢したのもそうだ。
いつものあかりとは何か違う。
放課後になる前に、ちょっと様子をうかがっておくか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます