023 勧誘③

「――せ、先輩とダンジョン踏破……いいんデスか、シャルが参加してもっ!?」



 俺とカティアが座るテーブル席の隣のテーブル席に座ったシャルルが、目を輝かせた。

 俺たちと店主しかいない喫茶店内に、シャルルの声が透き通る。



「ああ、頼めるか?」


「先輩の頼みならやります! デスっ! やらせてください、先輩っ! デスっ! きっとお力になってみせるデスっ!」



 事情を理解したシャルルは、俺とダンジョンに潜れることを大層よろこんでくれているようだった。



「先輩と二人っきりのダンジョン攻略……デス。きっと素敵な熱帯夜になること間違いなし! デスっ!」


「いや、二人っきりじゃないからな? カティもいるし、他にも呼ぶ予定なんだ」


「……デス?」


「ほんとほんと」



 信じられないと言わんばかりに表情を歪めたシャルルが、悠然とコーヒーを啜るカティアに一瞥をおくる。



「……先輩とカティアさんって、どういう関係なんデスか?」


「友達よ」


「あなたには聞いてないデス」


「……」


「……」



 も……もしかして、相性最悪か?

 しかし、シャルルがそこまで敵意を剥き出しにするのは珍しい。

 同期の付与魔術師で、今はメラクを離れていったカレン以来ではないだろうか。



「シャル……カティは不満か?」


「先輩に愛称で呼ばれてるところが許せないデス。それはシャルの専売特許のはずなんデスよ。お金も払ってます。デス」



 どこにだよ。っていうツッコミはかろうじて堪えた。



「それと、先輩がこのひとを見る目が許せないデス」


「え……? 俺、どんな目してる?」



「シャルの見たことないデス。強いていうなら、一学年上の有名人を昼休み中に見に行ってキャアキャアさえずってる雌豚とおなじ瞳、デス」



「おまえ、いつからそんな口が悪くなって……」



「シャル、先輩の前で猫かぶってました。デス。でもこの二年、ろくに会えず……しかも制約で縛られてから先輩に触れられず……もう、爆発してしまったんデス。先輩のせいデス。責任をとるのデス」


「……制約?」



 そこで、カティアが意味深な単語に興味を示した。



「シャルは、俺の半径二メートル以内に近づくことができないよう、魔術的な縛りを課せられてンだ」


「……?」



 そうだよな、その反応が一般的だよな。みんなそんな顔をしてた。



「さっき話した事件の罰みたいなもンだ。停学と、俺に近づけない制約。卒業するまでの間だけどな」


「シャル、先輩に触れられないからいつもこのシャツを使って慰めていました……デス」



 懐から取り出したのは、俺が魔術学園時代に着ていたワイシャツだった。

 それを頭から被り、くんくんと匂いを嗅いでくねくねしている。



「おま……いつの間にそれを」


「先輩が悪いんデス。洗濯室に置きっぱなしにしてたから、もらっちゃいました。デス」


「男子寮に入ったのかよ――まて、おまえまさか、他にも――」


「先輩の花柄パンツは額に飾って部屋に飾ってあります。デス」


「……アルマ。この子とどういう関係なの?」


「いや……なんで俺、責められてるの? ただの後輩だけど……」



 カティアの視線がとても痛かった。

 ま、まあ、今さら取り返そうとは思わないし、気がつかなかった俺も悪い……のかどうかはともかく。



「頼むぜ、シャル。カティとも仲良くしてやってくれ。こいつも無愛想であまり可愛げないけど、いい奴なンだ」


「いいデスよ」



 やけに快く承諾しつつにっこり微笑んで、




「これにサインしてくれるんでしたら。デス。よろこんで手伝わせてもらいます。デス」




 差し出してきたのは、一枚の書類だった。



「……契約書?」


「はいっ! デス」



 それは団長オルヴィアンシと対面した時にもサインした、契約書。

 そこに書かれている事項を確認して、俺は頬を引き攣らせた。



「なにこれ」


「見せて、アルマ」



 半ば強引に契約書を奪ったカティアが、一通り読み終えて、



「あなた、ふざけてるの?」



 眉根を釣り上げて、テーブルに契約書を叩きつけた。

 対してシャルは、微笑みを崩さず、当然のように言った。



「大真面目デスよ」


「アルマ、サインしなくていいわ」


「先輩。サインしないとシャル、手伝いません。デス」


「……」


 

 二人の射抜くような目線を受けて、俺はとりあえず笑うことにした。

 なんだこれ。よく噂に聞く不倫の示談みたいじゃあねえか。



「……この〝1.アルマは、シャルルを伴侶として認め、永劫に愛し身を捧げ、乙は、これを受託するものとする〟――って……つまり俺と結婚したいってこと?」


「はいっ! デスっ!」


「ははは、昔っからそういう冗談には乗ってきたけどよ……契約書もってくるって、洒落にならんぞ」



「——先輩。先輩が、シャルはここまでしなくちゃならなかったんデスよ」



 微笑みから咎めるような視線に変わり、俺は逃げるように契約書に目を落とした。



「〝2.アルマは、シャルルが死亡した際、その場で後を追わなければならない。また、乙は、甲が死亡した際、後を追うことを承諾する〟――な、なるほど……愛が重いな」


「えへへ……デス」



 極め付けは、第三項。



「〝3.甲、乙ともに不貞を疑った場合、良し悪しに関わらず死亡する〟――理不尽すぎないか、これ」


「照れます……デス」



 役所で手に入れられる婚姻届が霞んでしまうくらいには愛に溢れた契約書だった。



「先輩。シャルの本気、しっかりと伝わりましたか? デス」


「じょ……冗談じゃ、ないのか?」



 再三と、恐るおそるシャルルに視線を向けた。

 シャルルは、光をなくした瞳を柔和に細めると、舌打ちした。




「先輩。シャルのこと、妹として扱うのはもうやめてください。デス。一人の女の子として、先輩のことが大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大好きな女の子として、扱ってください。デス」




「……」


「……」


「……デスぅ」






 ――そんなこんなで、色々譲歩した契約書にサインした俺は、すっかり日が暮れてしまったので夕食をたべに夜の街へと繰り出していた。



「先輩、先輩っ! シャルは先輩お肉がたべたいデスっ!」



 先輩の間違いだよな? そうだよな?



「カティ、おまえはなにが食べたい?」


「肉よ。きょうはヤケ食いするわ」


「なんか機嫌わるいな……」


「先輩っ! シャル最近、占星術にもハマってるんデスっ!」


「おまえは多才過ぎる」



 こうして……できれば知りたくなかった後輩の本性を暴き出してしまった俺たちは、大きな代償とともに天才回復術師を仲間に引き入れた。

 

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