008 適性試験

 なんとか魔石を換金してもらった俺は、大量の金貨を受け取った後、さっそく冒険者登録に移っていた。




「――で、では適性試験を行いますので、裏手にある訓練所まで移動をお願いします」




 俺の背後に、保護者よろしく付き纏うカルロさんとギルドマスター・エクセリーヌさん。

 熟練の受付嬢とて、二人の大物に見られながらだと緊張するのか、ビクビクしながらも訓練所まで案内してくれた。



「……あの」


「なぁに?」


「なんだ?」



 訓練所に到着した俺は、恐るおそる二人に振り返って尋ねた。



「その……俺、何かしました?」


「あら? どうかしたのぉ? 何かやましいことでもあるのかなぁ?」


「い、いえ……どうしてついてくるのかな……って」



 失礼を承知していてみた。

 するとエクセリーヌさんはうっすらと微笑んで、カルロさんは視線をすっとそらした。



「せっかくだからぁ、ちょっと暇つぶしついでにあなたを観察してるの」


「か、観察……」


「俺ぁ、アレだ。ディゼルに頼まれちまったからな。せめてきょう一日は面倒見てやるよ」


「し、師匠が……」



 エクセリーヌさんは少し怖いけれど、カルロさんは雰囲気と異なっていい人そうだった。



「ホントはな……遠くから見てるだけにしたかったんだが、なんつーか見てらんなくってよ」



 魔石の件のことを言っているのだろう。カルロさんは目を合わせてくれなかったが、ポリポリと頬を掻いて気恥ずかしそうにしている。



「この子、むかしっから面倒見がいいのよぉ。こんなナリだけど、子供から好かれるしぃ。ねえ?」


「恥ずいんで、そんな話しないでください」


「うふふ、とってもかわいいでしょぉ?」


「あ、あはは……」



 とりあえず笑って返しておいた。

 


「あ、あのぉ……そろそろ適性試験の方を初めても……?」


「あ、はい。すみません、お願いします」


「で、では……」



 恐るおそるといった感じで、受付嬢が地面からにょきっと生えた四角形の制御卓コンソールを操作する。



「アルマさまは付与魔術師ということですので、これから出現する機械兵に付与魔術を――」


「ちょっと待ってえ、この子特殊だから、こっちの方がいいかもぉ♡」


「え、あ――」



 無理やり制御卓コンソールに割り込んだエクセリーヌさんは、慣れた手つきで操作を始めた。



「あ、あの、それはAランク冒険者さまの訓練用に作られた――って暴走状態!? なに選択してるんですか!?」


「ふふ、これぐらいが丁度いいんじゃあないかしらぁ?」


「だ、だめですマスター! アルマさまは付与魔術師ですよっ!? Aランク冒険者の前衛職でも倒すのに数日かかった擬剣聖機械兵シュヴァリエ・オートマタですよっ!?」


「だいじょぶ♡」



 訓練所の中央に設置された魔法陣から、一体の機械兵が転移してきた。

 全長三メートル。白と黒の装甲をまとった人型兵器が、身の丈ほどの大剣を背中から抜き——斬風をかせる。



『■■■——ッッ!!!!』



「ランクで表すとA+と言ったところかしらぁ?」


「まだ足りないですよ、マスター。こいつぁ、バフォメットの変異種オルタを玩具のように弄んでましたから」


「まあっ!? ――それなら、えいっ」


「ああっ!? マスター何してるんですかっ!? 付与魔術を――しかも《剛体強化フィジカル・ハイ》まで!? 正気ですかっ!?」



 白と黒の装甲を、蒼色のオーラ歪みが包み込む。



 エクセリーヌさんの《剛体強化フィジカル・ハイ》……しかも拾段階ザ・テンスを施された擬剣聖機械兵シュヴァリエ・オートマタが、歪な音を関節から鳴かせて咆哮を撒き散らした。



「暴走状態に《剛体強化フィジカル・ハイ》……誰があんなバケモノ倒せるんですかっ!?」



 おっしゃる通りだった。可愛い顔して、やってることが正気の沙汰じゃない。



「さすがの俺でも……倒せるかどうか。酒、抜いてこればよかったか?」


「ふふ、ふふふ。だーいじょうぶ、ディゼルに似て脳筋そうだもん☆ あなたなら倒せるわあ。なにかあっても、私が助けてあげるからぁ。ね?」


「……いざとなったらウチのクランを呼んでやる」



 クラン単位じゃないとどうにかならないバケモノなんですか、あれ。 

 確かに、血走った目やら機械とは思えない轟く殺気。多関節のしなりをおおいに使った運足フットワーク等々、脅威ではあるが——



 あの師匠ディゼルと比べてしまえば、なんてことはない。

 あの人の方が、何倍も恐ろしく強かった。



『■■■ッ!!』


「……こっち来たぞ」


「きゃあッ!?」


「ふふふっ♡」



 真顔で報告するカルロさんと恐怖に叫ぶ受付嬢、そしてアトラクション感覚で楽しむエクセリーヌさん。



 一癖も二癖もある変人に囲まれて――「わたしはまっとうです!」――……受付嬢を除く、変人に囲まれていた俺は、意識を戦闘に切り替える。



「————ふゥ……ッ」



 これは試験だ。

 この結果が、冒険者ランクを左右するというのなら、出し惜しみはしない。



「《天鎧強化フィジカル・ブースト》――参段階ザ・サード


『!?』



 瞬間、破竹の勢いで突進してきた擬剣聖機械兵シュヴァリエ・オートマタ機体カラダが吹き飛んだ。

 



「――え?」




 受付嬢が驚愕の声を上げる中、黒紫をまとった俺は石畳を踏み締める。

 地面が特大の蜘蛛の巣状に割れ、刹那——初速からトップスピードに到達した俺は、追いついた機械兵オートマタへ上段回し蹴りを打ち込んだ。




「い、今……何が起きたんですか……?」


「アルマが殴ったんだ」


「な……殴った?」


「そして、壁に激突するよりも早く——」


「回し蹴りを打ち込んだ。恐ろしい速度ねえ……魔術だけでなく、武術の方もレベルが凄まじいわ。あの練度の脱力は、もはやディー君を超えている」




 訓練場の壁に激突し、跳ね返る機械兵オートマタの巨体。壁に同調するように張り巡らされたギルドマスターの結界が、機械兵オートマタを阻む。



 ありがたい。このまま連打ラッシュに持っていける。



 うめき声を上げて宙に落ちる機械兵オートマタへ、俺は拳を振り抜いた。



「〝全力殴りフル・レップス〟」


『■■――ッ!!?』



 装甲を突き破り、緑色の液体が噴出する。

 拳と共に突き抜けた衝撃波が機械兵オートマタの腹部を抉るように射抜き、貫通。

 間髪入れず、黒紫こくしが爆ぜる——




「GAAAAAAATSBYYYYY――――ッッッ!!」




 指一本うごかす余裕も与えない、渾身のラッシュ。

 思わず変な叫び声が出てしまったが、都合二〇発にも及ぶ拳撃で機械兵オートマタは完全に静止した。




「――ふゥ……なんとか倒せました」




 いい感じにあったまった肉体カラダに気分を良くしたまま、俺は笑顔で三人の元へ戻った。



「……どうかしましたか? なんか、固まってません?」


「……」


「……」


「……」



 ……もしかして、俺が変な叫び声を上げたせいで引かせてしまったか?

 あれは癖みたいなもので、ついつい楽しくなってくると出てしまうのだ。

 もし気持ち悪がらせてしまったのなら、謝らなければいけないが……。



「――ふふっ……ふふふ。ふふふふふふふ……」


「ま……マスター……このお方は……何者なんですか、一体……」



 とてつもなくいい笑顔を浮かべて気持ち悪い笑声をあげるエクセリーヌさんと、その隣で、なんとも言えない表情を浮かべて俺を見遣る受付嬢。



 制御卓コンソールには、《測定不能EX》の文字が浮かび上がっていた。



「——アルマ。おまえ、ウチのクランに入れよ」


「え?」


「ディゼルにも会えるぜ。俺の側近として、おまえには是非とも――」


「カルロぉ? ディゼルに勧誘するなって言われてるでしょお?」


「……じゃあ、そのうちでいい。近いうちにでも――」


「ディゼルに怒られるわよぉ~?」


「あ、あの……俺、合格ですか?」



 二人の会話を尻目に、俺は受付嬢に訊いてみた。

 すると、



「わたし――サレンっていいます。サレン・ショパールです、アルマさま」


「え、あはい。アルマです」


「サレンって呼び捨てでいいですからね? アルマさま。敬語もいらないです」



 合否を訊いたのに、なぜか名乗られた。会話が通じない系の女子か。

 再度、質問を投げかける。



「あの、俺、合格ですか?」


「はい。問答無用で合格です。ていうか、アレで落としたら国から抹殺されます」



 ちょっと大袈裟に誇張するサレン。

 栗色の短い髪を指先で払って、サレンは笑顔を作った。



「ようこそ、冒険者ギルドへ。ギルドを代表して、わたしが――」


「歓迎するわあ、アルマ。これからもよろしくねっ♡」


「――って、マスター、それわたしのセリフですから!?」



 それからなんやかんやあって、俺は無事に冒険者ギルドへ入会を果たした。

 


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