師匠の資金繰り

「はあ……金を貸してほしい? 久々に会ったかと思えば、ディゼルよぉ。知ってるぜ、俺ぁ。アンタ、ギャンブル漬けらしいじゃんかよ」



 メラクの裏路地にある酒場。

 一般人には知られない、知る者ぞ知る会員制の酒場で、儂はとある男と会っていた。

 


 名を、カルロ・モラヴィア。

 かつての仲間――〝槍牙列聖グングニル〟と呼ばれていた男の息子だ。



「空腹で行き倒れてる姿もよく目撃されてるそうじゃねえか。あの〝赫炎列聖ダイ・ハード〟と呼ばれた無敵の男がよぉ……終いには、かつての仲間の息子に金を貸せ? ――情けなくて俺ぁ、どんなツラ下げて親父の墓に手を合わせればいい?」



 ククク、と喉を震わせて、精悍とは言い難いカルロは、無精髭をさすった。

 カウンターに肘を置き、今にも潰れてしまいそうなカルロに、儂は腕を組んだまま言った。



「――二〇人だ」


「あ?」


「二〇人……おまえと会う前に、金を貸してくれと頼みに行った人数だ」


「ほお……そりゃあ、なんつーか必死だな。自慢できる話じゃあねぇが」


「儂もそれだけ必死ということだ」



 グラスに満たされた水を口に運び、カルロを見遣る。

 今にも眠ってしまいそうな体勢だ。うつらうつらと、首を傾かせている。



 いかにもダメ男風で金など持ってないさそうな奴だが……カルロは現在、メンカリナン王国最大にして最強のクラン《双頭の番犬オルトロス》の団長を務めるSランク冒険者だ。



 日当で金貨百枚はくだらないカネを稼ぎ、依頼は王国だけでなく近辺の友好国からも指名が入る。その上、複数のA級ダンジョンを保有し独占してもいた。

 


 《双頭の番犬オルトロス》には各国の貴族の子息や王族も加入しており、権力も強い。もはやクランが一種の貴族階級となっているような、そんな超大型クランだ。



 その団長ともなれば、保有している財産も桁違いなはず。

 だからこそ儂は、五年ぶりにカルロに会う約束を取り付けた。



「マスター……酒だ。一番強いヤツ。なんでもいいや。――ディゼル、アンタは?」


「いや、儂は水でいい」


「相変わらずストイックかよ。ヒック……ギャンブル漬けの癖に、酒の一つも飲みやがらねえ」


「酒は筋肉を分解する。儂は一生涯、酒を飲まンと誓ったのだ」


「へっ、そりゃ正解だ。ギャンブルに加えて酒にハマっちまったら女にも逃げられるぜ」



 女……か。

 瞼の裏で、一人の女性の顔が浮かんだ。



「……もしかして、アンタ……まだあの女が」


「思い出させないでくれ、カルロ。また酒場が吹き飛んじまう」


「……へいへい。チッ、酒飲みの肴といったら思い出話だろうに……」



 眠気覚ましと言わんばかりにグイッと酒をあおり、カルロは「それで……」と話題を変えた。いや、本題に移ったというべきか。



「アンタには恩がある。槍に夢中だった親父におふくろを紹介させて、百二〇歳差のとんでもなねえ夫婦を爆誕させやがった。アンタがいなければ俺は産まれてこなかったつうわけで――」


「相変わらず、酔ったらその話しかしないのな。親父に似て殊勝な男だ」


「おふくろがうるせえんだ……親父が死んで数年経つってのに、まだ生きているかのような素振りで話して聞かせやがる」


「エリは、まあ……ベタ惚れだったからなあ」


「他にも色々恩がある。だからアンタの頼みならある程度聞いてやるが……理由を聞かせろよ。ギャンブルで金をすったから借りにきたのか? それならそれで構わねえが」



 とうとうカウンターに突っ伏したカルロ。表情は読めないが、声は真剣そのものだった。

 だから、儂は正直に話すことにした。



「弟子をとった」


「……ッ」


「十年ぶりにな」



 ビクッと体を震わせて、カルロが起き上がる。

 その表情には、一切の眠気など介在していなかった。



「だから、カネがいる。食料に筋トレ機材に転移石、他にも諸々」


「……あー、そうかい。確かによぉ……人材育成には莫大な費用がかかる。特にアンタの場合はな。その分、倍になってかえってくるから一種投資みたいなもんだと……十年前は囃されてたな」


「……」


「……俺が言えた義理じゃねえが……そいつは、大丈夫なのか?」



 大丈夫か、と言うのは、おそらく信用できるのか、という意味だろう。

 それに関しては、胸を張って答えられる。



「大丈夫だ。小僧は……あンなことにはならない」


「へっ……そうかい。そう信じたいね。んで――理由はわかった。金は貸してやる。ていうか、どうせ二〇人全員からも借りてんだろ? 俺も貸す必要あるか?」


「確かにそうなンだが、今回は弟子だけでなく儂も鍛え直そうと思ってな」


「はぁーん……道理でまた、筋肉に鬼が宿り始めたワケだ……。弟子はどんな感じよ? どうせまた付与魔術師だろう?」


「うむ。小僧は、半年で儂と拳を交わせるようになり、八ヶ月目で《天鎧強化フィジカル・ブースト》の三段階ザ・サードまで耐えられるようになった」


「……」



 沈黙がしばらく続き、カルロは酒を喉にゆっくり流し込むと、ようやく口を開いた。



「おいおいおい……おいおいおいおいおいおい、おいおいおいおい」


「長いながい」


「ちなみに、拳を交わせるって、どんなレベルで?」


「半年めはお互い素のスペックで。最近は互いに《剛体強化フィジカル・ハイ》の十段階ザ・テンスで殴り合っている」


「……アンタ、そいつホントに人間種か? そうでなくっても生きてるか? それだけの期間で、付与魔術師がアンタと殴り合えるレベルって……」


「カルロ、いるんだよ。天才ってヤツが、世界にはな」



 付与魔術と筋肉に愛された、本物の天才が。



「そいつぁ、期待大だ。おもしれえ」


「だろう? 儂も触発されて肉体カラダを鍛えなおしているところだ」


「アンタは十分だろうがよ。……まあ今は、戦力がほしいところだ。ここんとこ、魔人どもの動きが活発でな。俺たちのクランも大忙しよ」


「何級だ?」


「さあね。一級相当だと思うが……王国ウチだけでなく各国にも喧嘩を売り回ってるらしい。それに合わせて、戦線も激化してる。挟み撃ちだけはなんとか避けてえところだが……」


「うむ。では、儂が手を貸そう」


「……は? マジ?」


「それで手を打ってくれんか。金は正直、返せそうにない。他の二〇人にも色々無茶を吹っかけられてな……だから、この肉体カラダでかえせるなら――」


「交渉成立だ、よっしゃあッ! 早速明日から頼むぜ!」


「あ、あの、カルロ? 儂、弟子の教育があるから……できればもうちょっと後に……他にもバイトが……」


「あぁ? 知らねえよ、寝る間も惜しんで働け」


「ぴえん」


「十九時にうちの拠点に来てくれ。夜間シフトの十班と魔人の捜索にあたってもらうからよ」


「あの……朝には帰れます?」


「その辺の事情は説明しておいてやる。だから走って帰れ」


「……」



 そんなこんなで、金貨千枚を仲間の息子から借りた儂は、さらに増えた借金の皺寄せに涙を噛み締めながら、ダンジョンに戻った。



 

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